第17話 担当教官のもとへ

 PMA支給から五日が過ぎてPMAの基本操作が身についてくると、訓練生たちはパーティーでの役割や属性を考慮して教官のもとに振り分けられる。

 教官は一人から五人の訓練生を受け持って三ヵ月の間教育を行う。

 ヒロの場合は一人。

 つまり一対一だ。


「ここでいいのか……」


 そして今ヒロがいるのは広大なジグラット二階の一画にある個人教官室の前だった。

 目の前には植物の紋様のついた木製の扉。


「すみませーん」


 無反応。


「すみませーーん!」


 今度はノックをしながら呼びかけてみる。


「間違ったか?」


 教官室は一個や二個ではない。多数ある教官室と間違えてしまったとしてもおかしくはない。

 ヒロは踵を返した。


「何か用か」

「うぉわっ?!」


 振りむいたヒロの眼前には長身長髪の男が覇気のない佇まいで立っていた。

 教官制服には似合わないひょろめの体型で年はおそらく30歳前後。

 一言で言うと弱そう。そんな見た目だった。

 教官の制服を着ているってことはこの人も一応教官なんだよな。

 ダンジョンで戦えるのか?


「……こんにちは教官殿。訓練生ヒロ・ハシバはアデリオ教官の下で指導していただくことになりこまで参ったのですが、どうやらいらっしゃらないようで……」

「お堅いのは苦手だから普通に頼む。ドア開いてるだろ?入っていいぞ」

「ありがとうございます。ですが、アデリオ教官の許可なしに勝手には……」

「俺がアデリオだ。許可する」


 思いとは裏腹に、この人物がヒロの担当教官であるアデリオ・トーであった。

 落胆した気持ちを抱えながら謝る。


「し、失礼しました」

「ほら、さっさと入れ」


 教官からしっしっと手で追い払われるようにして、ヒロは教官室の中へと入る。

 軋んだ音を鳴らしてドアを開け放つと古いインクの匂いがした。見てみれば棚以外にも本が床に積み上げてある。

 アデリオ教官はすたすたと進むと、執務机ではなく積みあがった本に腰かけた。


「なんでも、風属性の戦い方を教えて欲しいとか?」


 アデリオの背中は壁に預けられている。


「はい、そうです」

「来てもらってなんだが風属性は他の属性に比べて晩成型だ。まだRaZr系にも変えることができるが、本当にアルベドで教えてもいいんだな」


 ヒロは思わず固唾を呑む。

 決めたことを変えるのはあまり好きではない。

 決めたからには取り組んでなんぼだ。


「そのために来ましたから」

「話が早くて助かる。なら、座学で習った風属性の戦い方を言えるか?」

「風魔法を使った高軌道で敵を引きつけ、突風で敵たちの態勢を崩したり攻撃を逸らしたりすることで敵に隙を作り出します」

「では、攻撃はどうする?」

「攻撃は…………多少する?」

「自らが作り出した隙を仲間が殲滅する。例外はあるが、俺たちは基本的に攻撃はしない。防御、支援の二つを立派にこなすのが仕事だ。それじゃあ行くぞ。」


 アデリオ教官は立ち上がると、来たばかりの部屋を出ようとする。


「ちょっと……行くってどこへですか?」

「ダンジョンだよ」



 戦闘用の装備でヒロとアデリオがやってきたのはジグラット三階層。

 一階、二階は登塔者ギルドや訓練施設のためここが実質ダンジョンの一階。登塔者の始まりの地だ。

 低い天井や壁面のヒカリゴケがんやりと青く光り、光の入らないダンジョンの中でも登塔者が活動できるようになっていた。


「あれ?」

「ローゴブリンだな」


 通路の先にゴブリンが二体。ついにモンスターと初遭遇だ。

 その緑色の生物はフェテレよりもさらに小さい子供のような背丈。それなのに腹だけが必要以上に張っており、手足の筋肉も貧弱。


「弱そうだと思っただろ?」

「は……はい」

「だけどな、過小評価は身を滅ぼすぞ」


 ヒュンッ。

 ヒロの顔の横を矢が横切って行った。


「え?」

「俺が風魔法で逸らしてなかったら致命傷だっただろうな」


 突如向けられたモンスターの敵意に全身がそわそわとする。

 今まで全くなかった命の危険に体が過剰な反応を起こしているのだ。

 登塔者ってこんな簡単に死ぬもんなのか。


「今は出来上がる前だ。あまり悲嘆しすぎるなよ」

「はい……」

「それよりも俺が風を展開していたのは分かったか?」

「いえ、まったく分かりませんでした」

「風魔法はこういった地味なのも多いが、いずれできるようになってもらう」

「きょ、教官後ろ!」


 教官の背後には石の短刀を構えたローゴブリンが迫ってきていた。


「ゲァアア!!」

「ッ!」


 アデリオ教官は脇目で確認でもしていたのかローゴブリンの体を正確に捉え、奴の攻撃に合わせて重い突風をお見舞いする。


「ゴブァ……!」


 カウンターのように迎撃を食らったローゴブリンは低い呻き声を上げて地面に転がって倒れると、すぐさま短刀をアデリオ教官に向けて投擲とうてきした。

 だがそれも敢え無く弾かれてしまった。


「ゴ、ゴブ……ゴブ……」


 ローゴブリンは完全に戦意を喪失している。

 もう武器がないのだろう。こちらに惨めに背を向けて全力の逃走。

 弓矢のゴブリンも既にどこかへと姿を消してしまっていた。


「すごい……!」

「三階層のモンスターをを相手取っていわれてもな」

「ですが、二体相手に圧倒してましたし」


 最初は大丈夫なのかとも思った。

 が、実際に戦っている姿を見ていたらそんなものは消し飛んでしまった。

 これが魔法か。まるで超能力者だ。


「過大評価にも気をつけろ。力はセーブしてやったが、ヒロよりもかなり上のレベルの俺ですらゴブリンに簡単には止とどめを刺せないのがアルベドの風属性ってことだ。初心者にしたらハズレもハズレだ」

「いえ、やっぱり俺。風魔法使いたくなりました」


 装着していた白のPMAに無限の可能性を感じ胸を疼うずかせる。

 これは思ったよりも面白い武器かもしれない。


「お前、おかしな奴だな」

「そうでしょうか?」


 そう返すとアデリオ教官は苦笑していた。

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神様更生~天界追放された駄女神と下界でダンジョン攻略~ 日ノ原ちはや @chihaya-sun

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