第16話 武器を選べ

 ランニング後の空き時間もつかの間、訓練生たちは朝飯なりシャワーなりを済ませ、イレーネの講義を受けていた。


「魔力はエルフしか持っていないと思われがちだが、私たちにも微弱ながら魔力が流れている。魔力は基本的にエルフもモンスターも人間も持っているもの自体は同じで、違うのは量だけだ。個人差、もっと言えば種族差があるから私たちは魔法が使えない」


 生徒に向かう彼女はテキストを片手に、泰然と座学を進めている。


「しかし、我々にも元来持つ魔法属性というものがある。火、水、風、土の四種類だ。基本的に一人一つの属性を持っていて、私ならば土属性を元々持っている。後天的に新しい属性を身につけることもあるがそれは珍しく、ざっと200人に一人だと言われている」


 ここまでは最近この世界にやってきたヒロでも聞くことがあったくらいだ。この世界では基礎知識なのだろう。


「話が少し逸れてしまったな。四つの魔法属性の特徴を話しておこう」


 イレーネはそう言うと、チョークで黒板に文字を書き出しながら魔法属性の話を始めた。


「まずは火属性。要するに炎魔法だな。この魔法は燃焼による持続性のある攻撃で相手のスタミナも削ることができる。対少数でも対多数でも力を存分に発揮でき、攻めではピカイチ。しかし、防御はどの属性よりも劣る極端きょくたんな属性だ」


 火属性はフェテレだ。防御をあまり考えなくていい攻撃特化というのはぴったりかもしれない。


「次は地属性。通称土魔法は炎の逆で防御のスペシャリストだ。敵の物理攻撃も魔法攻撃も生み出した土魔法で阻害でき、仲間を敵の攻撃から守ることができる。敵の進路を塞ぐ土壁や足を取る沼など多彩な支援も可能で、撤退時には欠かせない属性だ。パーティーの役割上、一人だと防御や支援に魔力を大方おおかた使用するため攻撃にカートリッジを回すことができないことが多々だ」


 地属性はニック。引きこもりだったくらいだ。インドアの気質があるあいつには攻撃魔法よりも防御魔法というのは納得がいく。


「次は水属性。攻撃には水を圧縮するひと手間が必要だが威力の高い技を繰り出せる。カートリッジの消耗が比較的少なめなため防御にも手を回せ、敵の攻撃を減退できる水壁も強力だ。炎と土と比べると、突出していない代わりにパーティーのどこにでも入れる器用な属性だな。」


 水属性はシオン。何でもできそうで器用なシオンにはいい役割なのではないだろうか。水泳部だし水に親和性があるのかもしれない。



「最後の風属性は攻撃力が低い代わりに防御寄りの属性だ。敵の態勢を崩して動きを止める、ほかには攻撃を逸らすこともできる。攻撃手段には乏しいが、一人いるとパーティーの安定度がぐっと増すいぶし銀な立ち位置で、慣れてくると風を使った移動もでき、機動力は四属性の中でトップだ。」


 エルフの山里で足腰を鍛えたミリエッタに風属性はイメージに合う。

 属性は育ちや性格の影響も出ているんじゃないかと疑いたくなるくらい、ヒロが思った四人のイメージに魔法属性は合致している。


 ヒロが四人のイメージを勝手に思いながらイレーネを見ていると、彼女はチョークを手の中で弄びながら言う。


「これら四つの属性を魔力で増幅することで魔法が使えるんだ。もう分かると思うがこれはPMAがやっていることと同じだな。つまり、私たちは機械に頼ることで魔法を人間にも実現可能なものにしたんだ。以上四属性を説明したが、これはRaZr以外のPMAでの話だ。RaZr装備の者は火力が伸びてリーチが狭くなるためさっきの評価も変わってくる。とは言え、私個人の見解で言わせれば、どのPMAとどの属性の組み合わせでも活躍の場所は出てくる。考えすぎる必要はない。」


 そこで一息つくイレーネ。そして仕切りなおすようにメリハリのある口調で切り出した。


みな眠いかもしれないが、この講義の最後には君たちが待ち望んだPMA支給についての話がある。もう少し頑張ってくれ」


 彼女の言葉で、講義中微動だにしなかった教室が蠢きだす。


「まあ待て。その前にPMAのおさらいをしておこう。個人ごとに大幅なチューニングを可能としたFUGAの『シアーライン』登場でNakiaのアルベドシリーズの一強状態崩れたが、以前人気は衰えていない。技術革新のたびに近代化が繰り返れて洗練されていくアルベドシリーズはスペックの割に管理もほとんどいらず、現在でも初心者から一級登塔者クライマーまで多くの登塔者の支持を得ている。――――ニック・ディケンズ」

「は……はい!」


 いきなりの指名。

 慌てて収縮しきった声で返事をするニックに、イレーネは問いを投げかけた。


「Nakia、FUGAにRaZrというメーカーを加えて御三家と言うが、Nakia、FUGAに対するRaZrの設計思想の違いは覚えているか?」

「はい!敵のリーチ外から魔法を叩き込むNakia、FUGAに対して、RaZrは近・中距離の魔法使用を想定して設計されています。」

「正解だ。よし、座っていいぞ」

「はい!」

「簡単な質問でよかったな」

「すごいびっくりしたよ」


 ニックとこそこそ話しているとイレーネが元通り講義を続けていく。


「RaZrは距離を捨てた代わりに殺傷さっしょう能力が上がったことで、要求されるディスチャージ量が少ない。ここのナックル型の『ブロー』とレッグ型の『アキレウス』が出てからはドロップアウトした登塔者の復帰が相次いでいる。それくらい有名なメーカーだ。頭に留めておくようにな。――よし、PMAの確認が済んだところで、君たちの待ち望んだPMAを支給だ。前年までの支給品はアルベドシリーズのみだったが、今年からはRaZrもスポンサーに入ったことでブローとアキレウスもからも選べるようになった。仲間と話し合ってもいいからじっくり考えてから決めてみろ。私はしばらくここにいるからわからないことがあったら質問を受け付ける。希望用紙を出したものから昼まで休憩だ」


 教室の空気が緩むと、訓練生たちはそれぞれ机を寄せるなり、立って集まるなりしてPMAの相談を始めだした。 

 ざわめきが満ちていく。

 そんな中、ヒロはニックにとりあえずPMAについて聞いてみることにする。


「ニックはどうするんだ?」

「体力ないしアルベドかな。近距離は性に合わない」

「フェテレたちは?」

「決めている」

「……アキレウスだ」

「私は前からブローを使ってるからそっちかな」


 決めるの早すぎだろ。

 いや、元から決めていたのかもしれない。

 フェテレの選択したPMAは何だろう。


「フェテレは何のPMAだ?」

「アルベドだ」


 短く言うと、フェテレはこちらにも訪ねてきた。


「そういうお前は?」


 ヒロは返答に困った。本当に何も決めていない。

 どういう武器で、どういう特色があるのか。

 簡単に理解はしたもののいきなり選べと言われても急にはできない。


「まだ決めてない」


 そう返すしかなかった。


「ヒロ君も早く決めちゃえば?」

「どのPMAでもそれなりの働きができるから、逆に困るんだよなあ」

「昨日も言ったけど定番はアルベドだし、特に理由がないならアルベドにしておいたら?」

「……イレーネさんはアキレウスやブローには風属性が合うって言ってたよ」

「そっか、ヒロ君風かあ。攻撃力補うのにRaZrのPMAも捨てがたいわね

「そうなんだよなあ」

「……私はRaZrがいいと思う」

「テキトーでいいだろテキトーで」

「待って待って。こういうときはパーティーの役割から確かめた方がいい」


 思い思いに議論する四人に見かねたのかニックが状況の整理を提案する。


「フェテレちゃんが炎属性で僕が地属性の中・遠距離が二人。シオンちゃんとミリエッタが水・風属性の近・中距離。オーケー?」

「俺がいなくてもバランスがいいな」

「そんなことないよ。シオンちゃんとミリエッタちゃんは前衛だからガン攻め。フェテレちゃんも後衛だけど炎魔法は攻撃に向いている。そしておそらく防御担当は僕だけで心もとない。だから、支援や防御寄りの風魔法が中衛に一人欲しいんだ」

「じゃあアルベドでいいだろ」


 フェテレが端的に答えを口にする。

 その言葉に三人も同意のようだった。


「分かったよ。俺、アルベドにする」

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