第15話 息つくシャワールーム

全員が再びグラウンドに到着したのは出発から1時間半後、ちょうど日の出の頃だった


 メイサ教官の号令で解散すると一気に空気が弛緩しかんし、訓練生たちは各人の目的を持って塔へと足を運びだしていく。




「終わってみればのんびりしたもんだったな」


「最近はお店の方ばっかりだったからいい運動になったかも」




 シオンが背伸びで全身の筋肉を伸ばしながら言うと、ミリエッタもそれに同意する。




「……私もだ。それにしても、シオンのポーションスプレーの効き……すごいな。昨日の怪我が嘘みたいだ」


「効いてくれてよかった。すごいでしょ?」


「……ああ、気に入った。後で私も買っておく」




 二人がポーションスプレーについて語っていると、さっき走り終わったばかりのフェテレとニックもこちらにやってきた。




「三人ともおはよう……あ~、マジだるい」




 ニックはげっそりとした様子で足取りが重そうだった。




「朝のランニングはどうだった?」




 シオンが尋ねると、猫背のニックが上着の裾をぱたぱたとさせて風を体に巡らせながら




「シンプルに最低だね。変な歌も歌わされたせいですごく変な気分だよ」




 と力なく声を吐き出す。




「たぶんあれは全員の走る調子を合わせるためだ。昨日よりも走れたんじゃないか?」


「今日のは距離が長くて比べられないなあ。確かに遅れてる子はフェテレちゃんくらいだったけど」




 ゲシ。


 フェテレはニックの足を踏んづける。




「ハハハ……ごめんごめん。最後はついてきてたね」




 明らかに表情が引きつっているニック。


 あいつもランニングで疲れてるだろうし助けてやるか。




「というか汗でぐしょぐしょだ。こんなところで駄弁ってないでシャワールームに行くぞ」


「それもそうね。私もちゃっちゃと汗流したいし」




 シオンも乗ってくれる。さすが空気の読める女だ。




「ふむ、確かに」


「……ほら、行こう」




 ミリエッタがフェテレの手を引いて見事に三人のコンボを繋げると、5人は男女に分かれてシャワールームへと向かった。







 ランニングの後考えることは皆一緒で、他のシャワーは女訓練生たちが使用していた。


 ジグラットに来て数日で気づいたことだが、女の水場滞在時間は総じて長い。


 女登塔者はトイレに行くにしても集団行動。水飲み場で水分補給をすれば悪口に花を咲かせ、シャワールームでは体の汚れを落とすのと同じように口からもボロボロと訓練の愚痴をこぼす。




 シオンやミリエッタは他の奴よりも短い方とはいえ、昨日シオンがミリエッタの足の怪我を処置をしてやってからは話すことも増えたようだ。




「ミリエッタ、足の調子はもう大丈夫だった?」


「……申し分ない。先ほど見てみたがもう完治とは……。ジグラットから生まれた技術には驚愕きょうがくするばかりだ」




 三人で並んで熱いシャワーを浴び始めると湯気がむくむくと立ち上がる。




「あばばわわわわわ」




 ごくん。




「何飲んでるの!」




 シャワーの水で口を濯ゆすぐついでに飲んでいたらシオンが何やら驚いていた、




「喉が渇いてた一石二鳥だろ?」


「生活用水は飲み水用に比べて汚いの使ってるからやめときなよ」


「知ってるか?お前らの体の7割は水で――」


「ふざけないの」




 取り外したシャワーヘッドをこちらに向けると、シオンは高圧の水で顔面ピンポイトの攻撃を仕掛けてきた。顔を反らせば攻撃の起点を器用に変え続けられ、息苦しさに延々と顔をゆがめるはめになる。




「ちょっ……待て。あぶぶぶばば。やめっ……!プハァッ!分かったもう飲まない。飲まないからやめろ!!」


「しょうがないなあ」




 水の向きを逸らしてくれたことで視界が開ける。


 シオンの方を見てみれば、シャワーのハンドルを捻って水圧を元に戻したところだった。


 圧倒的敗北。


 そんな言葉が脳裏に浮かんだ。




「絶対にやり返す……」




 そう言うと、シオンはどこか機嫌が良さそうに




「ふふっ。できたらね」




 と余裕をぶっこく。


 その言葉が無性に癪しゃくに障った。




「背後には気を付けておけ。時と場合によっては刺す」


「忘れないでおくわ。そう言えばミリエッタ」


「……なんだ?」




 シオンがワタシの言葉を軽く流して呼びかけると、今まで髪を洗いつつ浮かれた二人を傍観していたミリエッタが反応した。




「ヒロ君退屈だったのか知らないけど、午後は早く終わるからもう一回走らないかって誘ってきたじゃない?」


「……そうだったな」


「行く?」




 探るような問い。




「……私は行こうと思っている。物足りなさもあったしな」


「お前たちまだ走るのか」




 ワタシが髪を洗い終わって尋ねると、




「私はいいかなあ。ヒロ君とミリエッタまでは体力持て余してないし」




 と石鹸を泡立てながらシオンは言う。




「……そうか。じゃあ私だけで行こう」


「そしたら今日の晩ご飯どうしよっか?一緒に行く?別々にする?」


「……遅くなるかすらわからないし先に食べてくれて構わない」


「分かった。二人と一緒に行っておくね」




 二人のここまでの会話で、ワタシはアビーのことを思い出していた。


 善は急げだ。


 聞いておかなければならないな。




「おい」




 体を洗っていたシオンの横顔に淡々とした声を飛ばせば、




「どうしたの?」




 と彼女は呼応する。おそらくワタシ以外も気になっている疑問だ。




「PMAはいつになったら自由に携帯できるんだ?」


「もしかして魔法ぶっ放したくなっちゃった?」


「違う。他の登塔者から頼まれたんだ」


「魔力測定凄かったからねえ」


「ワタシの力に気づくのも仕方がないというものだ。で?どうなんだ?」




 半ば強引にシオンから答えを引き出そうとする。




「座学でも実際に触りながら操作もするだろうし、早ければ今日の座学のときに自分のPMAを選んで明日明後日くらいには配布されるかもね」


「本当か!」


「確約はできないけど、これからを考えたらすぐにもらえるんじゃないかしら」


「なるほどな……」




 ワタシがそうつぶやくとシオンがちらりと一瞥いちべつして聞いてくる。




「満足いった?」


「ああ、今聞いたのだけで十分だ」




ハンドルを最初と逆方向に回すと、シャワーが止まる。


これならすぐにで始められそうだ。


さっそくアビーを仰天させてやる

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