第14話 朝のひとっ走り

 登塔者クライマーの朝は早い。

 早朝も早朝の3時半、自室の外からドアが20コンボ以上叩かれ『惰眠を貪ってんじゃねえ!!』と教官に怒鳴なれれば、洗顔と歯磨きを三十秒も経たない時間で済ませる。

 そうして準備を完了させ、寝巻きでもある無地のダサい半袖短パンでグラウンドに集合するのだ。


「急げ急げえ!」 


 教官の怒鳴り声が響き渡るグラウンドには生徒がぞろぞろと集まってきている。

 外灯の少しだけ強い明かりの下、ヒロは三つの集団のうちの一つに集まっていた。そこにはシオンとミリエッタもいる。

 今から行うのはダンジョンに必要なスタミナをつけるためのランニング。

 これは単純に体力測定から速さで分けたグループというわけだ。

 ヒロ、シオン、ミリエッタは上位グループ、中位グループには属するものはおらず、下位グループにフェテレとニックだ。


「ミリエッタ、走れるのか?」


 ミリエッタは昨日の体力測定で靴擦れを起こしている。ランニングで悪化するのはまずいはずだ。

 しかし。


「……昨日シオンからポーションスプレーを勧められたんだが……問題なさそうだ」


 ミリエッタが怪我をした方の足を気にするように背後下方を気にする仕草をとる。

 

「確かにあったが……あれで処置できるのか?」

「フェイザー製のポーションシリーズはよく効くの。スプレーは軽い傷にならもってこいね」

「……傷の保護からテーピングまで…………助かった」

「こんなのどうってことないって。ポーションは万能細胞って言われるくらいなんにでも効くから普段持ち歩いてるの。ヒロ君知らないよね?見てみる?」


 シオンは腰に巻いたポーチから香水のような小型のスプレーを出して見せた。


「へ~、便利なもんだな。ダンジョンの恩恵か?」

「素材は公表されていないけど、ダンジョン内のキノコ系モンスターから採取したものを使ってるって噂されてるわよ……それにしても、まだかしら」


 シオンがランニングの始まりを待っているとちょうど、男性教官が力強い声をあげた。


「集まったみたいだな!すでに聞いていると思うが、今日から毎日ジグラットの外周を走っていく。貴様らはすでに測定で基準を上回っているとはいえ気を抜くんじゃないぞ!俺に続け!」

「「「アイサー!!」」」


 教官は上位グループを先導していく。

 こっちは大丈夫として、フェテレはしっかりやっているのだろうか。


◇ 


 ザッザッザッザッ。

 闇もまだ深く靄のかかったジグラットには、歌に合わせ整った足音が響いていた。


「ウィーーー アークライーマー♪」

「「「ウィーーー アークライーマー♪」」」

「背ー負ーおったー 荷物♪」

「「「背ー負ーおったー 荷物♪」」」

「潜ったダンジョン マジきつい♪」

「「「潜ったダンジョン マジきつい♪」」」

「金貯め買うぞー PMA♪」

「「「金貯め買うぞー PMA♪」」」

「はいっ!」

「「「レーッフライッレーッフライッレーッフライッレーッフライッ――――」」」

「ウィーーー アークライーマー♪」

「「「ウィーーー アークライーマー♪」」」

「かーえーりーもー 走ーれー♪」

「「「かーえーりーもー 走ーれー♪」」」

「マガジン底つく PMA♪」

「「「マガジン底つく PMA♪」」」


 渦巻く眠気を抱えつつ夜が明ける前に起き上がってみれば、覇気のないゴミ集団に紛れてこの単純極まる”走る”という運動をやらされる。

 加えてペースが遅ければ、メイサという女が牧羊犬のようにガミガミと豚だのウジ虫だのと罵ってくる。

 不快な気持ちしか湧いてこない。

 さらに言うとこの歌だ。

 戦闘を走る女性教官がかすれ気味の声で歌を歌えば、それに続いて自分たちも歌う。


「なんで大声でこんな暗い未来の歌を歌わねばならん……」


 かったるい気持ちを露わにし、もはや歩くのと大差ない速度で走る。

 しかし、ここで甘えは許されない。


「おい腐れまな板ァッ!ちんたらするなッ!!」


 吠えるように檄を飛ばすメイサにはもううんざりだ。いい加減にどっかに行ってくれ。 


「クソッ……メスゴリラめ」

「返事はどうした!!」

「イェス……マァム!」


 やる気を絞り出すようにペースを上げる。

 そうしてなんとか下位グループの塊に追い付くと、一人の少女が話しかけてきた。


「すごい怒られてたけど大丈夫?」

 

 ワタシと同じくらいの身長で、長い金髪は腰まであろうかという長さの一つ結び。自分以外にもこんな貧相な図体の女がいたのかと内心驚く。


「あんなの言わせておけ。所詮(しょせん)怒鳴るしかできない脳筋女だ」

「ふふっ」


 少女がくすりと笑う。


「なんだ」

「メイサ教官に負けてたのによく言うなって」

「はああああ??!!」

「声大きいって……!」


 少女は慌てながらも口に人差し指を当て、静かにしろとジェスチャーをしてくる。


「お前もしかして私をなじるために……ハァッ……声をかけたんだろうな?」

「逆だって逆」

「逆?」

「フェテレさんは知らないかもしれないけど、私と一緒で小さいのに堂々としてて羨ましいなって思いながら遠くから見てたんだ」


 ほぉ……。こいつなかなかいい目をしているではないか。

 胸にだけ栄養がいってしまった輩とは一線を画している。


「私が目立つのは仕方ない。盗み見していたのは許してやる」

「ありがと。それでさ……良かったらなんだけどPMAの使い方教えてくれない?」

「なんで私が」

「今日もこの下位グループにいるくらいだから……ハァッ……私って運動能力が低いんだ。」


 と、息を上げながら少女は言う。


「そうだな。まあワタシもだが」

「フェテレさんはいいよ。だって……ハァッ……魔法ができるんだから。でも、私は魔法もダメダメで目も当てられないの。……本当は体だけでもいいから鍛えたいんだけど、なかなか体力もつかなくて。だからせめて、ハァッ……魔法だけでもできるようになりたいの!」

「お前、名前は?」

「アビー。アビー・マクダウェル」


 東からはもう太陽が顔を出そうとしていた。風景はどんどんと明るくなっていく。空には青と紅黄色のグラデーションが出来上がり、ジグラットから伸びる支流が姿を現していた。

 早くも地面が温まったのかいつの間にか靄は持ち上がっており、さっきまで視認できなかった下町の家々が見えている。

 身体はたまったもんじゃないが気分がいい。 


「よし、教えてやってもいいぞ」

「いいの?!」

「普段ならやってないが今日は特別だ。アビー……たった今からお前はワタシの弟子にしてやる。いいな」

「うん!」


 アビーの願いを受け入れてやると、彼女は邪気のない笑みで笑った。

 そうだ……こういうのだ。

 ワタシが民の願いに応えて感謝される。

 やはりこういうのが神だな。

 

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