第13話 魔力増幅装置PMA

 座学を済ませてから数時間、陽もだいぶ傾いたころ。

 ヒロたち五人は第三食堂で夕食をりにきていた。

 フェテレの性格は大概悪い方向にしか作用してこなかったが、そのせっかちさもたまにはうまく働く。

 早めに出たからか生徒とたまにすれ違う程度の混み具合で、ゆっくりと食事をするにはちょうどいい頃合いだった。


「それにしても……死ぬほどだるい……」


 お盆を置くなり、フェテレは椅子の背もたれを最大限に使って天を仰いだ。

 軟体動物のようにだらりと手を下げた姿は誰が見てもみっともない。


「まだ始まったばかりだぞ」

「分かっておるわそんなこと。明日の座学は全部寝て体力を回復する」

「また的外れなこと言ってる」

 

 五人分の水を持ってきたシオンは木製のジョッキをどかっと置いた。


「けど、僕も朝からハードワークでやばいかも」


 ニックの声もフェテレ同様疲労を含んでいた。


「ニックも少しは体力をつけたらどうだ?ミリエッタなんかピンピンしてるぞ」

「体力測定一位と比べないでくれよ。僕ひきこもりだぞ」

「……ニックは何位だったんだ?」


 ミリエッタが聞く。


「いや~、下から十番目だったね。」

「男女混合でそれはっ……恥ずかしすぎるな」


 フェテレはよじれた笑いをもらした。

 もちろんこれは完全に自分のことを棚に上げている。


「お前は最下位だろうが」

「魔法ができてるから十分だろ?なんたってワタシはディスチャージ一位の女だからな」

「おや、フェテレちゃんじゃないかい」


 皆が会話しつつ栄養重視の食事を腹の中に片づけていると、もう中年と言って差し支えない割烹着かっぽうぎの女性がフェテレに声をかけてきた。

 その脇には飯櫃いいびつが抱えられている。これはご飯のおかわりが入ったもので、昨日捕まったニックがたっぷりと木製のお盆に米を盛られていた。

 フェテレはそれに対していつも通りの刺々しい対応。


「ババアか。ちゃんと仕事しろ」

「おばちゃんって呼びなって言っただろ!」


 そのおばちゃんはヒロの目の前に座っているフェテレの小さい背中をバシンと叩いた。


「ッダァッッ!」というフェテレの悲鳴が上がる。


「今はまだ忙しくないんだよ」

「だからなんだ。食事の邪魔ださっさと行け」

「ちゃんと食ってるのかい?たくさん食べないと大きくなれないよ。ほら食べな食べな」


 もりもりと盛られていく米。こりゃだめだ、とニックが呟く。

 ニックが言うには『ちゃんと食ってるのかい』はすでに確定演出らしい。

「話を聞けアホ!!」とフェテレが言ってもおばちゃんは聞く耳を持たず、お盆の一画にはこんもりとご飯のタワーが出来上がっていた。


「残すのは厳禁だよ」

「ふざけるなおひつババア!!昨日よりも増えてるではないか!!」

「そういえば、学校はどうだったんだい。今日は朝から訓練だったんだろ」


「だから話を聞け!」というフェテレの言葉に全く動じず、おばちゃんは五人を見回した。


「そうなんです。午後の座学も済んで、なんとか一息つけました」

「それはご苦労様。でも甘いね~~。明日からもっとみっちり訓練漬けだよ」


 このおばちゃんは何年も訓練学校に働いている。おばちゃんの発言は経験に基づくもので、その言葉通りになるのは明白だ。

 それを知っているニックも落胆を隠せない。


「うわ……まじかぁ……」

「そんな情けない顔しなさんな!ほら、アンタもお盆貸しな」

「い、いや……僕は大丈夫です。食べ過ぎると動けないんで」


 お盆をおばちゃんと反対方向に逃がしながらニックが小さな抵抗を見せる。  


「そんなの気にしてちゃ体力つかないよ!ほらほら」


 だが、もう手遅れだ。

 モリ……モリ……モリ……としゃもじで三回ご飯をよそわれるニックの表情は、一回一回盛られるたびにどんどんと暗くなっていっていた。


「……おばちゃん、私もちょうだい」

「女の子なのにいい食べっぷりじゃない。見かけないエルフだけど見直したわ」


 暗いニックとは逆に、ご飯をついで満足気なおばちゃん。

 おかわりを求められる方が嬉しいのだろう。

 彼女は気分を良くしたのか、耳よりな情報とばかりに話を始めた。


「そういえばアンタたち。なんでも今年からRaZr(レーザー)も学校のスポンサーについたそうじゃないか。」

「レーザー?」


 ヒロは聞いたことのない単語に思わず首をかしげる。


「あれ?知らないのかい?三大PMA工房(メーカー)の一つだよ?まあおばちゃんもそのくらいしか知らないけどね!アッハッハッハ!」


 おばちゃんが腹から元気よく笑っていると、離れた席からおかわりの注文が飛んできた。


「おばちゃーん!こっちもおかわりくれーー!」

「あいよー!」


 おばちゃんはおかわりを求める声に向かってひとっ飛び。ヒロたちのテーブルから旅立って行った。


「動いてしゃべり倒すおひつだね」 

「こっちのキャパを無視してくるんだからおひつよりもっと厄介だ。ぅあー……見ただけで食う気力なくすぞ……」


 被害者二人はぼやいていた。

 ご愁傷様しゅうしょうさまだ。


「……それよりも、PMAの話を聞きたい」


 ヒロも気になっていたことをミリエッタが言った。


「ああ、俺も知りたい」


 その二人の言葉にシオンが反応した。


「そうだなあ……ニック君は知ってるよね?」

「もちろん。でも、ご飯山盛りにつがれちゃったからシオンちゃんにお願いしていいかな?」

「うん、別にいいよ」


 少しだけ間をとってシオンが続ける。


「三人はPMAの種類と特徴について何も知らないってことでいい?」


 二人ともそろって頷く。


「オッケー。じゃあ……授業でもまた説明があると思うから簡単にだけ教えるね」

「よろしく頼む」


 シオンは姿勢を正す。

 そしてすぐに説明を始めた。


「今日の魔力測定で触ったと思うけど、PMAっていうのは、本来戦闘に不向きなはずの人間の弱い魔力を外部魔力で増幅ぞうふくさせるための装置よ。そのPMAなんだけど、色々と種類や特徴があるの。それを語るにあたって外せないのが三つのPMAメーカーよ」

「……レーザーがそのうちの一つという訳だな」


 とミリエッタは一つ納得したようだ。


「そうよ。そして、あと二つがNakiaとFUGA。この三つを合わせて三大PMAメーカーっていうの。で、まず言っておきたいのは老舗のNakiaね」

「何か特別なメーカーなのか?」


 ヒロが尋ねると特に間も置かず答えが返ってくる。


「なんと言ってもPMA制作の元祖だからね。最初はここ独自の技術だったけど、後に技術や設計図が公開されて他の技術者も製作しだしたの。極端に言えば、他のメーカーのものは全部ここのパクリと言ってもいいくらいね。」

「なぜわざわざ公開したんだ?」


 途中から聞いていたのか、ご飯をき込みながらフェテレが言う。


「そっちの方が……楽にもうけられるからだよ」


 こちらも口をもぐもぐとさせながらニック。


「その通り。PMAの力を世間が知ると注文が殺到したの。するとすぐに需要が供給に追い付かなくなったわ。だから技術者たちに、一定のお金を取る代わりに作り方を教えたってわけ。そして特徴なんだけど、壊れにくさと使いやすさ、そして何より安いことよ。使用者が一番多いのもここのメーカーね。困ったらこれを使えって言われてるわ」

「定番って感じだな」

「……さすがは元祖」


 ヒロとミリエッタが感心していると、シオンは次の説明に入る。


「そして次がFUGA。ここはPMAカートリッジ専門のところだったんだけど、登塔者(クライマー)の要望を聞いてその人専用のPMAを作り出したの。専用PMCの流行を生み出したのが大きいかな。有名な登塔者が持ってるPMAはだいたいがここね。専用でPMAを作るから値段も高いけど、その分信頼性も高いわ。修理費用は安いからそのおかげもあって人気なメーカーね」


 シオンの口からはすらすらと言葉が出てくる。

 酒場のウェイトレスをやってるからか喋り慣れているみたいだ。


「専用つってもどんなPMAなんだ?」

「発射までの工程を少なくして発射時間を短縮したり、エネルギー切れの対策に予備カートリッジを取り付けたりしたものは見たことがあるわ」

「……確かに便利かもしれない」

「そして最後、今話題沸騰中の新進気鋭メーカーRaZrよ」


 話し出してボルテージが上がったのか、言葉に熱がこもっていた。


「シオンちゃん調子いいね」


 ニックに言われて気づいたか、シオンは少し恥ずかしそうにわざとらしく咳ばらいをする。


「そういう茶々はいいから、ニック君は早くたべないと」

「アイアイマァム」


 シオンのPMA講義が再開される。


「Razrはつい最近二大メーカーに加わって三大メーカーになったの。FUGAの改良もすごかったけれど、RaZrは戦闘スタイルにすら影響を与えたわ」

「随分と持ち上げるじゃないか」

「それくらい凄いのよ。RaZrの特徴は魔法を用いた近距離戦闘よ。両拳装着型ナックルPMA、その足版のレッグPMAなんてのもあるし、パーティーの幅を大きく広げたと言えるわ。魔法の制御をしなくてもそこそこ戦えるのが人気を後押ししてるしね。最初こそ動作不良ばかりでかなり批判を浴びたけど、今ではもうマシントラブルもなくなってすっかり一流メーカーの一員よ。気になるのはPMA本体の値段が高いことやカートリッジの消耗が多めってところくらいね」

「……では、すごいメーカーがスポンサーになってくれたということだな」

「ええそうよ。もしかしたらRazrのPMAも使わせてもらえるかもね。これでいいかな?何か言わなきゃいけないことないっけ?」


 食べ終わって三人を眺めていたニックにシオンが尋ねる。


「うーん……ないんじゃない?」

「それじゃあ今日は終わりね」


 話の区切りがついて飯もちょうど切り上げ時。

 そんな空気が流れ始めた。

 フェテレはあの白米を間完食しきれたのだろうか。 


「フェテレ、食べ終わったか?」

「ヒロ……無理だ…………食べろ、頼む」


 懇願しながらフェテレはご飯をこちらに寄こしてくる。


「まあ予想通りだ」


 ヒロはフェテレの残飯を片付けて満腹になると、伸び切らない背筋で席を立った。

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