28 もう一度未来へ 【後編】
「リーゼラ殿が帝国に忍び込まれてから、我々が厳重にお守りしていた。ブルーフィル家の密輸のしっぽはつかんでおったが、オリス公国の動向を知りたくてな……泳がせておったところに今回の件が舞い込んだ。そこで多少の工作はしたがのう」
公爵のその言葉にリーゼラは大きく口を開け、アクセルはおどろきの表情でペンダントをのぞき込んだ。
「わしは今公爵などと呼ばれておるが、貧乏貴族の次男でな。陛下に認めていただくまでは冷や飯食いじゃった」
そう言って窓の外の城下町を見下ろし。
「この国は戦乱の世から復興し、街は繁栄を極め始めておる。しかし貧富の差は開き、帝国に恨みを持つ他国からの侵略の動きも尽きん」
ひとつため息をついた。
「その中、魔王復活の事実を耳にしたときは身も凍る思いじゃったが……詳細を調べ、真実を知るにつれ、わしはある希望を抱いた」
「何のことだ?」
ロバートが眉を歪めると。
「今またその希望が、確信に近づいたということじゃ」
ロバートとリーゼラを交互に見て、嬉しそうに笑う。
「それから、もう知っておろうが……天神は運命の不確定要素を埋める存在。わしから会いたいと思ってもそれは叶わん。まあ、良いように利用されとるだけかもしれんがな」
公爵はそうつけ答えて、アクセルの姿をしているクライを見つめ。
「状況が変わった、協力は惜しまん」
低い声でそう呟き、ペンダントを戻す。
これが「世界について」の話なのだろうか。
ロバートにはよく分からなかったが、アクセルの姿をしたクライが慎重に頷いたので。
政治的に大きな取引が行われたのだろうと、ロバートは感じた。
するとモーランド公爵は、何事もなかったかのようにブルーフィル家の対応について話し出す。
密輸に関わっていた人物のみ投獄し、ブルーフィル家は取り潰さず降格。それでも魔法学園の学費の問題や貴族としての立場が悪くなることから、マシューの立ち位置は微妙だったが。
「ロバート殿が希望するなら、わしが学費を払い彼の後見人についても良いが。調べてもそれほど大した男じゃなかったな」
公爵の言葉に。
「確かに浮ついた男だが、それなりの苦労と努力は垣間見える。無理にとは言わんが、助けてもらえると嬉しい」
ロバートがそう言うと、公爵はとても楽しそうに笑う。
その後アクセルから、集団昏睡事件の事後処理の報告を受けたが……同席していたリーゼラは記憶があいまいなせいか、今ひとつピンと来ていないようだった。
「それから近日中に新しい教師が赴任する。俺と公爵からの推薦だから、一応報告しておこう」
何か悪そうな顔でそう話すアクセルに、ロバートはふと疑問を抱いたが。
……その時はまだ。
クライの性格を、ロバートは甘く見ていた。
帰りの百段階段で。
「ねえ、ロバート様。政治的な難しい話は良く分からなかったんですが……やはりあの集団昏睡事件であたしたち、何かあったんですか」
リーゼラがロバートに問いかけた。
ロバートは眼下に広がる街を眺めながら。
いつか自分の運命にあらがうために、しなくてはいけない事があるのだろう。
そう、覚悟を決めたが。
「済んだ事などどうでも良い、問題は俺たちがこれから何をするかだ」
ロバートはそう答える。
リーゼラはその言葉に、ロバートの顔をのぞき込むと。
「まあそうですけど、でもあれ以来あたしロバート様をもっと身近に感じることが多くって……ちょっと気になって」
嬉しそうに笑う。
その笑顔に、ロバートの心臓がドキリと音を立てた。
そして……
天神や世界や、過去の過ちや輪廻など飛び越して。
「俺はこの笑顔を必ず守ろう」
心の中でもう一度固く決意した。
○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○
「兄貴、今朝もご登校お疲れ様です」
マリーの関節技から解除されたロバートが教室に入ると、マシューが深々と頭を下げる。
どこから情報が漏れたのか、お家取り潰しと自分の学園退学を止めたのがロバートのおかげだと知り。
それ以来必要に絡みつくようになった。
ロバートとしても男友達ができるのは嬉しかったので、にこやかにそれを許している。
最もクラスメイトはその異常な事態をドン引きして眺めていたが……
ロバートが魔改造した自分の椅子に座り優雅に足を組むと、ついてきたマシューをレイチェルが手で払いのけるような仕草をする。
最近のいつもの光景だ。
「ねえロバート、こんな時期に新任教師が来て……しかもあたしたちのクラスの担任になるって。何でもそれを拒んだナーシャ先生を、その新任教師がサシで倒したって」
レイチェルが話題を振りながらロバートに寄り添う。
「あのナーシャを一対一で倒すとは、かなりの腕だな」
ロバートが首を捻ると。
「そうね、それで学園長がナーシャ先生を副担任に指名したみたい。なんかこのクラス魔王のおっぱい教室とか、お触り教室とかって言われてて問題があるからちょうどいいだろうって」
レイチェルもそう言って首を捻る。
二人はベッタリと寄り添う自分たちが、噂の元凶の一因だとは少しも思っていなかった。
そして朝のショート・ホームルームが始まる時間になると、青髪のとんがり帽子をかぶったローブ姿の少女が教室に入ってきた。
その澄んだ青い瞳と、幼さが残るが妖艶な美しさをたたえる整った顔立ちに、クラスが一瞬ざわめく。
「既に知っておるものも多いだろうが、今日からこの学園の教師となったキルケと言う。見てくれはお前たちと変わらん歳に見えるだろうが、あたしは不老不死の魔女だ……」
教壇に立ちたどたどしい自己紹介が終わると、クラスメイトがまた騒めき。ロバートに足を掛けたことがある元気な生徒が手を挙げた。
「先生! 彼氏はいますか」
どっと沸く教室に、不慣れなキルケは。
「いや、そう言う者はおらんが……その。心に決めた男ならおる」
恥ずかしそうに顔を伏せ、チラチラと魔改造された椅子に座るロバートを見た。
ロバートの脳内で、久々にもうひとりのロバートの声が聞こえる。
「な、なにやってんだ……あいつ」
ロバートはその声に、脳内で笑いながら。
「お前はお前の責任を全うするんだな」
そう答えると、振り返って眉間を引きつらせているスカーレットと、隣で目を大きく広げているエリンと、教壇で頬を赤らめているキルケを順番に見た。
「何のことだ?」
「あの三人の担当はお前だろう」
ロバートが楽し気にニヤリと笑うと、寄り添っていたレイチェルがわき腹をつねる。
「ねえ、何のことだか……後でじっくり説明してくれない?」
その冷えた声と、いまだ教壇であたふたしているキルケに……
「どうしてこうなったんだろう?」
と、二人のロバートは同時にため息をもらす。
それは残念なことにどこかズレていたが。
青春と呼べなくもない……輝かしい時の流れだった。
The end of sleeping beauty
最凶と恐れられた陰の大魔導士が、こっそり学園に通うのは迷惑なんだろうか? 木野二九 @tec29
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