Epilogue
27 もう一度未来へ 【前編】
しばらくロバートの身体の上で固まっていたリーゼラは、パチリと大きな瞬きをすると。
「そ、そう言うことですか。了解であります! ぐ
突然鼻息を荒げて服を脱ぎだした。
メイド服を完全に脱ぎ捨て、花柄のかわいらしいブラジャーのホックを外しかけたところでロバートは我に返り、目の前にあった顔に頭突きをかます。
「じみーに痛いですー」
下着姿のままリーゼラはベッドからゴロンと転がり落ち、おでこを抑えた。
「今ので地味な痛さなのか?」
おどろくロバートにキョトンとした表情を見せると。
「そんなことより、誘っておいてこれは酷いじゃないですか!」
口を尖らせ抗議する。
何かが猛烈にズレている気がしたが。
ロバートは、この楽しすぎる日常に笑顔をもらした。
○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○
シスター・ケイトの言う通り夢の中の記憶は思い出せていないようだが、ロバートが徐々に感謝と変わらぬ心を伝えると。
少女たちの態度は少しずつ変化していった。
おかっぱ頭だったココは、少し大人っぽいボブカットに髪形を変え。
最近はメイド服もシックなデザインなものに変えている。
「ロバート様、こ、ん、な、ところにホコリが」
そして今みたいにやたら近付いてきては、上目使いで見つめてきたりした。
形の良い胸をスリスリと擦り付けてくるのが気になったが……
そんなココをロバートは、背伸びした子供が恋愛ごっこしているみたいだと、温かい目で見守っている。
「さあさあロバート様急ぎましょう、授業に遅刻してしまいます」
がっちりと腕をホールドしてくるマリーは、相変わらずといえば相変わらずだが。
スキンシップの量が増えたような気がしてならない。
あまり体を密着してくるので二人で腕を組んで歩くというより、なんだか関節技の訓練をしながら登校しているみたいだ。
しかもロバートが痛そうな顔をすると、マリーは心の底から嬉しそうな顔をする。
――やはりこれは改善が必要だろう。
ロバートは心の底からそう考えていた。
教室でも変化があった。
「あっ、ロバートおはよう!」
休学中だったレイチェルが復学し、なぜかロバートの隣の席に来た。
どこかで司法取引があったんじゃないかと、ロバートは疑っている。
お互い夢の話はしていないが、登校初日にロバートの瞳をのぞき込むと。
「あたし頑張ってみるね」
レイチェルは小声でそう呟いた。
それ以来妙にグイグイくるが、青春を求めるロバートにとっては初の同級生の友達だったから、それは嬉しい出来事だったので。
司法取引の裏は取っていない。
今もロバートが魔改造した椅子に腰かけて足を組むと、レイチェルがうっとりとした瞳でその横に寄り添う。
友達だと勘違いしているロバートが薄っすらと笑うと。
その姿は、魔王とその家来にしか見えなかったが……
クラスの誰も突っ込むことができなかった。
水面下では。
「その、あたしの席はマシューの隣だし。前の方が授業もよく聞けると思うんだけど」
スカーレットが反対側の隣に座っているエリンに何度も席替えを申し込んだが。
「今の席を変わる気はないから」
エリンはそれを断り続けた。
スカーレットはマシューをすっかり眼中から外し、授業中も時折振り返ってはロバートを見つめる。
ロバートもそれに気づいていたが。
「さて、あいつの担当が最近話しかけてこないのだが……」
もうひとりのロバートがダンマリを決め込んでいるせいで、いまだスカーレットには話しかけていない。
最大の変化はエリンだった。
剣術の実習中に、簡単なアドバイスをすると。「フン」と、その時は無視されたが。
放課後。
「ねえ、あなた剣術もできるの?」
すごく嫌そうな顔で聞いてきた。
それ以来放課後実習室で,ほぼ毎日エリンの魔法の手ほどきや剣術の訓練をしている。
相変わらず会話は弾まないが。
――これも青春だなあ。
剣を振るたびに揺れる大きな胸を見ながら、ロバートはとてもご満悦だった。
そしてそれらの変化を温かい目で見守っているナーシャは。
「ねえ、あたしのことほっといたらダメだよ」
エリンより大きな胸のアピールが加速している。
授業中など人目もはばからずロバートの首に手をまわしたり、その大きすぎる胸を押し付けたりするせいで……
他のクラスからは『魔王のオッパイ教室』と呼ばれ始めている。
ロバートがそんな学園生活を満喫していると、ある日通信魔法板にアクセル名義で連絡が入った。
「週末、朝八の刻。帝都城公園、展望台レストラン」
それ以外は何も書かれていなかったが、ロバートは「了解」と返信し。
「あいつ、正体がばれたら急に態度がデカくなったな」
深いため息をついた。
○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○
「ロバート様、本当にあたしがついてきちゃってよかったんですか?」
リーゼラはあれ以来、やたら可愛い系の服を着るようになった。
今も帝都上展望台名物の百段階段をフリフリのミニスカートで登っている。
「それは構わない、むしろいてくれた方が話は進むが……」
ロバートは下から覗かれないか、心配で仕方がない。
「ああコレ、スカートの下にぎっしりフリルが詰まったペチコート穿いてますから、安心してください」
それに気付いたリーゼラが、スカートをたくし上げロバートにフリルを見せる。
突然の行為に、ロバートがおどろいて視線を逸らすと。
「いろいろ考えたんですけどあたし意外とこの格好、好きなんですよね。今まで着る機会がなかっただけで……ロバート様が喜んでくれるんならなお嬉しいです」
リーゼラは楽しそうに笑った。
「この階段を上ったのって、あのスリのおじいちゃんを背負った時以来じゃないですか、なんか懐かしいですね」
そしてリーゼラはその時の思い出話を楽しそうに話す。
レストランに着き、案内された場所にはアクセルの姿をしたクライと、豪華な貴族服を着こなしたそのスリの爺さんが待ち構えていた。
「久しぶりだね、先回はお忍びだったので失礼した。話は娘たちからよく聞いている。私の名前はクリス・モーランド、この国の公爵をさせてもらっている」
柔和な笑みをたたえ、貫禄ある態度でそう語ると。
「なんだ、お前たち面識があったのか?」
その横でアクセルの姿のクライが不思議そうに首を捻った。
「つまらんいたずらに引っかかってな……それよりわざわざ呼び出して何の話だ」
ロバートがふて腐りながらドカッと音を立てて椅子に座ると、リーゼラは慌てて二人にお辞儀をしながら苦笑いした。
「面識があるなら挨拶は省こう、先回の集団昏睡事件でブルーフィル家の密輸入が発覚した。今対応を協議中だが、モーランド公がお前に相談があると」
アクセルの言葉に、ロバートが公爵に顔を向けると。
「ブルーフィル子爵の子息はロバート殿とご学友だとか。家を取り潰せば彼も学園に通うこともできなくなるだろうし、密輸を企てておったのは家来の一部でな。そいつらだけを処分する手もあるが、それでは監督責任を含め対面的な問題も残る」
楽しそうに、そう話してきた。
「条件は何だ」
ロバートは運ばれてきたグラスの水を飲みながら、つまらなさそうに言い放つ。
「うむ、さすがに話が早い。娘のマリーと婚約してくれれば話を丸く収めてやろう」
公爵のその言葉にリーゼラがおどろき、アクセルが目を丸くした。
ロバートはグラスをゆっくりとテーブルに置き。
「食えない爺さんだな。あのガキが退学になろうと路頭に迷おうと、俺が気にしないことぐらい重々承知だろう」
ニヤリと笑い返す。
「多少は揺さぶれるかと思ったが……そんなにマリーのことが嫌いかね」
公爵も負けじとばかりに笑い返してきた。
「マリーのことは嫌いじゃない。ただ何かの道具のように扱われるのが気に入らん」
「道具? それは婚約による政治的駆け引きのことかね。確かに養子としてだが宰相殿のご子息との婚約は武器になる。しかし、そんなもの無くともわしは政敵一つ潰すのに苦労などせんぞ」
そう言って、さらに楽しそうに笑う。
帝国の最重鎮であるクリス・モーランドにとって宰相の地位など怖くないと、本人の前で宣言するようなものだが。
事実そうなのだろう、アクセルは苦笑いしながらグラスの水をあおっていた。
「そこじゃない、今回の集団昏睡事件……いや、その前のポーションの件もそうだったが、もうひとり黒幕がいると俺は考えていた。今の話でハッキリしたよ、マリーとココはお前にとって情報員か工作員なのか?」
リーゼラとアクセルがお互いに顔を見合わせた後、二人はロバートを見つめる。
「何が目的か知らんがあの二人はリーゼラの情報収集をしていた。部屋に取り付けてある盗聴器の類も、真の目的は俺じゃない。前々から不思議でしょうがなかったんだ、リーゼラに対するオリス公国の刺客が学園に現れることがなかったし、マリーもココもリーゼラが邪魔なはずなのに、一切攻撃や排除の動きを見せない」
ロバートは二人にも説明するようにそう付け加えた。
実際、リーゼラほど有能で目立つ工作員を見逃すほどオリス公国は甘くない。
見せしめに残忍な殺害を狙うはずだ。
そしてマリーとココの性格からは信じられないほど、リーゼラに協力的でもある。
どうせこんな話になるだろうと、確認のために連れてきたリーゼラに視線を向けると。
おどろきの表情で口を開けていた。
――うん、こいつ気付いてなかったな。
「面白い話じゃな、しかしそれが事件と何か関連があるのかのう」
楽しそうな顔つきの公爵に、ロバートは顔を歪める。
「ブルーフィル家は二つの事件のキーだ、案外あんたが裏で糸を引いているのかもしれないな。ある程度の情報がマリーとココに事前にわたっていたと考えた方が、腑に落ちる出来事が多すぎる」
ポーションの件では二人はエリンの動向を以前から把握していたようだし、今回の昏睡事件では部外者的立場なのに、率先してロバートやリーゼラに絡んできた。
「証拠でもあるのかね?」
まだ笑みを崩さない公爵に。
「必要ならこれから移転して二人を締め上げてもいい。後はそこにいる有能な魔導士がなんとかしてくれるだろう」
ロバートは展望台から見下ろせる学園の時計塔を眺めながら、そう呟いた。
「うむ、やはり来てよかった」
公爵はさらに笑みを深め、首のペンダントを外しロケットの扉を開くとテーブルにそっと置く。そこには一目で高価だとわかる魔法石が埋め込まれ、魔王マルセスダの紋章が刻まれていた。
「わしがこの国の……いや、この世界のマルセスダ教団のトップで、天神との交渉役をしておる」
クリス・モーランド公爵はそう言うと、ロバートとリーゼラに深々と頭を下げ。
「それでは世界について語ろう」
射貫くような眼差しで……
冷めた笑みをロバートに向けた。
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