理不尽の蔓延る街 2
新成 成之
流れてくれお星様
僕らの街は、とても綺麗な星空が見える。
*****
「
二時間目の少し長い休み時間、僕は友人の悠生をおちょくる。
「そんな訳ねえだろ。お前もよく、毎日同じ事聞いてくるよな」
ミキちゃんとは、僕と悠生の共通の友人の女の子である。しかし、友人と言っても彼女は、一つ年上の女の子だ。だから、同じ階にはいない。
「悠生も残念だよな、もう少し早く生まれていればさ、ミキちゃんと同じ学年だったのに」
「別にいいんだよ。あいつは年上に見えないからな。あれで五年生だから、こっちがびっくりだよ」
そんな事を笑いながら言ってる友人の顔には、何処と無く不安の念が伺えた。
僕たち小学生にとって、毎日はキラキラとした宝石の様な連続だった。友達と遊んだり、喧嘩したり、この先これほどの事が訪れないのではないかと、この年で既に思っていた程だ。
「誠人、ドッチボールやるけど、あんたも来る」
一人の女の子が、声を掛けてくれる。
「うん、行く行く」
彼女の方を向き、応える。
「悠生も来るか。
「いや、俺はいいよ」
「そうか、じゃ」
そう言って、僕は真奈美のいる後ろ側の扉から、教室を出た。
「まなみちゃん、強すぎ・・・」
最後の一人となった女の子に、真奈美がゴム質の柔らかいボールを当てた。ゲームは、僕たちの勝ちとなった。
僕と真奈美は、幼馴染みである。悠生と違って、年は離れていないし、真奈美がこの街に来てからの長い付き合いである。家が隣だということが、今もこうして遊べる理由なのかもしれない。
「どうよ、
「どうって、勝つと思ってたよ」
そう言われると、真奈美は目を細めて、にっこりと笑った。
僕がこんなことを言うのも可笑しな話だが、真奈美は可愛い女の子だ。ポニーテールを何時ものリボンで作り、何時も笑顔でいる。贅沢を言うのであれば、少し目が大きくなれば、もっと可愛くなると思う。それは口にはしないけど。
「やっぱ、誠人と
「じゃんけんで決めたんだから、しょうがないね」
友人が悔しそうに言ってくる。星川とは、真奈美の事だ。
「てか、誠人は本当に羨ましいよな。星川と家が近いっていうのが」
今度は違う友人が、肩に腕を回して言ってきた。
「たまたまだよ」
返答に困ってしまう。
「そろそろ、戻ろうぜ。チャイムなるぜ」
一人の友人の声で、皆が教室に戻りだした。その集団に真奈美もいる。
こんな風に、何時までも沢山の友達と、皆で遊べる。そんな風に思っていた。
*****
今日は、何時にも増して、悠生の様子がおかしかった。久し振りに、僕と悠生とミキちゃんとで遊んだのに、帰りの悠生の様子は不自然であった。まるで、何かに怯えてるみたいだった。
家に帰ると、真奈美が遊びに来ていた。
「あれ、どうしたの」
突然の事に、ポカンとしたままの顔でそんなことを言ってしまった。
「私が遊びに来ちゃいけないの」
少し怒った顔で言われてしまい、慌てて取り消した。
時間的には遅かったので、少し二人で部屋で遊んだだけで、真奈美は帰りの支度を始めてしまった。
「ちゃんと、宿題やるんだよ」
僕がそれを言うと。
「分かってるよ!」
また怒られた。僕が悪い。けれど、その後、
「ねえ、誠人。夜ご飯食べたらさ、北山公園に行かない」
北山公園とは、その名の通り、街の北に位置する公園である。公園の中に少し高い山があるため、星を見るには絶好の場所である。
「星を、見に行かない?」
親からの許可を貰い、ご飯を食べた後、僕たちは北山公園に向かった。家からはさほど遠くない公園なので、親も了承してくれたのだろう。
僕たちは、学校の事とか、友達の事とかを話ながら山を登った。山というより、丘に近い。
「いつ見ても、ここからの星空は綺麗ね」
「そうだね」
幼稚園の頃から、何度も親に連れてきて貰っている、見慣れた星空だが、変わらず綺麗である。
「流れ星にお願いをすると、お願いが叶うのよ。知ってた誠人」
「ここに来たら毎回言ってるよ、それ」
そうだったわねと、彼女は笑った。今日は月も出ているせいか、真奈美の顔がよく見える。
その後、真奈美と僕は流れ星を待った。帰りの時間が決まっているので、そんなに長くは待てない。
「今日って、流れ星出る日なの」
ふと、僕は疑問に思い、真奈美に訪ねた。流れ星はたいてい決まった日に流れる。それくらいの事は、街の人なら誰でも知っている。
「うーん、分からない。まあ、待とう」
いい加減だな。そんな風にも思った。
けれど、いくら待てども星は流れなかった。
「そろそろ帰ろうよ」
僕が彼女の方を向いて言うと、驚く事に彼女は手を握り、目を精一杯瞑りながら、何かをお願いしていた。
その姿に、ほんの少し見とれてしまった。
それから一週間後、真奈美は引っ越してしまった。
何も言ってくれなかった。さよならも、またねも。彼女は何時ものように、家の前で、
「また明日ね」
そう言って、何処かに言ってしまった。
*****
僕たちは、気付けば高校生になっていた。
この年になると、色んな事に気付いた。何時までも同じもの、そんなものが存在しないことを。授業でも言っていた。永遠とは空想だと。それを色んな事で実感した。
昔の様に遊びたい。校庭で友達と。公園で、真奈美と、悠生とミキちゃんと。だけど、真奈美もミキちゃんも何処かに行ってしまった。
「心配するな、何時か戻ってくる。だから、お前は信じて待て」
悠生はそんな事を言っていたが、ミキちゃんがいなくなってから、人が変わってしまった言っても過言ではなかった。具体的に言葉にするのは難しいが、何処か昔と違う。
それでも、この世界は僕に悪戯をしてくれた。
「お前ら、席着け。ショートホームルームの時間は始まってんぞ」
時刻に三分遅刻してきて、担任の先生は堂々とそんな事を言ってきた。まずは、お前が時間を守れ。
「あー、今日はまずでかい連絡がある。転校生が来たから」
クラスの皆がざわつく。それもそうだ、夏休みに入る少し前だ。時期的におかしすぎる。
「うるせえ、少しは黙れお前ら。あー、入ってくれ。自己紹介とかするから」
そう言われると、前の入り口から、女子生徒の制服を見に纏った人が入ってくる。その姿を見た僕は、思わず立ち上がってしまった。
「なあ、河瀬。俺の話を聞いてるのかお前は」
普通に怒られてしまった。クラスの皆も、僕の行動に驚いている。それもそうだ、立ち上がる勢いが強すぎたせいで、椅子がすごい音を立てて倒れたのだ、隣の女の子なんて、
「きゃっ!」
という、何とも可愛らしい声を出した程だ。
今はそんな話をしたいのではない。
「あー、じゃあ、自己紹介よろしく」
「金祇李高校から転校してきました、星川真奈美です」
可能性が、確証に変わった。今、僕の前で自己紹介をしている女の子は、真奈美だ。あの色のリボンとポニーテール。それに、相変わらず、目が細い。僕の隣に住んでいた、あの真奈美だ。だけど、僕の隣の家には、今では違う人が住んでいる。
「皆さん、宜しくお願いします」
どうして。彼女の視界には僕が入っている筈だ。なのに、何故、彼女は何の反応もしてくれないのだ。数年振りの再開だというのに、どうして。
自己紹介を終えた真奈美は、予定があると言って下校した。担任も了承の家庭の用事らしい。
僕は、一日上の空で学校の後にした。
家に帰ると、これまた驚く事に遭遇した。
「誠人君、久し振りだね」
僕の家のリビングにいたのは、僕の母さんと、真奈美の両親だった。
「お久し振りです・・・。すいません、僕何が何だか分からないんですが・・・」
真奈美の両親は、目線を下に下ろし、とても苦しそうな表情を浮かべながら話してくれた。
「突然の再開をこんな形にしてしまってすまない。この事は、お詫びしよう。それで、この度私たちがこの街に戻ってきた理由なのだが・・・」
自室の天井を、間抜けな顔して眺める。何かを考えたいのに、思考という行程が出来ない。只、左手に握られている紙をくしゃりと握りつぶした。
自然と涙が出た。悔しかったからも知れない。でも、詳しい理由なんて分からない。
真奈美の父親は、詳しくは話してくれ無かったが、この街に戻ってきた理由を、簡単に話してくれた。
「真奈美は心に酷い傷を負ってしまって・・・、その、記憶を無くしてしまったんだ。恐らく、誠人君の事もこの街の事も覚えていないと思う・・・」
そんな理不尽な現実を突き付けられ、僕はくしゃくしゃになってしまった。
「これが、今の私たちの住所だ。出来れば、誠人君には毎日でも来て欲しい。真奈美の元に戻る可能性が、君かもしれないと思っているんだ」
この街に来れば、何が戻ると思ったらしい。僕はその時、左手で住所の書かれたメモを貰った。今では、皺だらけだ。
どれ位だろうか。僕は随分長い時間、天井と右手の掌と、にらめっこしていた。これだけ流したんだ。少しは、気持ちが整理された。僕は、左手の紙を両手で引き延ばし、家を飛び出した。
「昔は、一分と経たずに着いたのに・・・!!」
肺が痛くなる程、走った。思っていた以上に距離がある。それでも走った。
紙に書かれた家の前に来た。表札は、星川となっている。
心なしか、口の中が血の味がする。
躊躇わず、僕はインターホンを押した。出てきたのは、真奈美本人だ。両親がまだ帰っていないのだろう。
僕は、そのまま門を開けると、扉を開けた格好のままの真奈美の左手を掴んで走り出した。
街は既に街灯が付く時間となっている。真奈美は訳が分からないと言った顔をしながら、僕に手を引かれ一緒に走っている。脚が何度か縺れそうになっているのに、転ばないのが不思議だ。
「離して下さい!いきなり連れ出して、離して下さい!!」
そう叫ぶ彼女の手は、震えているようにも感じた。
僕が目指した場所は、北山公園である。何故か、ここに行かなければならない気がした。
公園に入り、丘を登って、そこで初めて僕は真奈美の手を離した。
「こんな所に連れてきて、どうする気ですか!!また・・・、また・・・」
「ねえ、真奈美。上を見てごらん」
息を切らした僕は、膝に手を着いた状態で、右手の人差し指を空に向けて言った。
すると彼女は、ゆっくりと顔を上に向けてくれた。震えているように見える体が落ち着き始めた。
「綺麗・・・」
多分、本心だろう。瞳に星を映しながら、ぼそりと言ってくれた。
「ねえ、知ってる。流れ星にお願いすると、お願いが叶うんだよ」
僕はそう言うと、両手を合わせて精一杯目を瞑り、お願い事をした。
今日の予報では、流れる予定は無い。
流れてくれ、お星様。
理不尽の蔓延る街 2 新成 成之 @viyon0613
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