おばあさん。大丈夫?
目の前に歩いていたお年寄りがつまづいた。
私はとっさに彼女を支えた。
「ありがとう」
明るく微笑みながら礼を言われた。
恥ずかしいが悪くない。
「いえいえ」
私も微笑んでお返しする。
「あら、こんなところで奇遇ですわね。あなたが男連れじゃないなんて珍しいことですわ」
げげげ。暮佳だ。しかし、彼女も男連れではなく一人の様だ。
「まあ、私もね。一人で出歩くことだってある。あんたはどうなのよ」
「わたくしもですわ。一人が気楽でいいって時もありますのよ。ところでお飲み物はいかがかしら?」
暮佳は自動販売機でお茶を買ってくれた。3人分だ。
皆で近くのベンチに座る。
「貴方たちはまだまだ現役でいいわね」
「まあ、現役だけど、私、貧乏人ばっかり相手しててね。気分が腐っちゃうんだ」
「私は逆ですわ。何といいますか、常に拘束されてる感じがしておりまして、お相手が選べませんし、かえって不便な感じがいたしますわ。でも、おばあさまは昔は大人気でしたのでしょう?」
「そうそう。そういう話、聞いたことがあるよ」
「昔の話ですよ。まだ携帯電話が無かったころはね。みんな出先では公衆電話を使ってたの。お金を一々入れるのは面倒だから、私をみんなが持ってたのよ」
「そうらしいですわね。駅の公衆電話なども列が出来てたらしいですわ」
暮佳の言葉におばあちゃんが頷く。
「ええ。もう大人気だったわ。珍しいカードは高値で取引されてました。NTTになる前のカードは特に珍しかったのですよ」
「NTTになる前っていうと電電公社ですわね」
「ええそうよ。良く知ってるわね」
「おお、電電公社!聞いたことある!!」
思わず私は叫んでしまった。
「NTT株が公開されて大人気になった。その後、株価が相当値上がりしたって聞いたよ。おばあちゃん」
「そんなこともありましたね。でも、携帯電話が普及し始めてから公衆電話は数が減っていきました」
「えーっとですね。1985年3月末がピークで934903台、2017年3月末で161375台、ごっそり減っていますわ」
スマホを弄りながら暮佳が言う。調べるのが速すぎる。
「台数も減りましたが使用率の低下もね。かなり響いてます」
確かに最近は公衆電話を使用している人を見かけることはほとんどない。
「まあ、おばあちゃん元気出しなよ。私達だってさ。そのうちお払い箱になるよ。今時は全部スマホで出来ちゃうんだから」
「あら論香さん。あなた、わたくしたちが将来居場所が無くなるとでも言いたいのかしら?それに、みんなでいなくなって良いとか、そんな寂しいこと言わないで下さるかしら」
暮佳に突っ込まれる。
今のは墓穴を掘ったかもしれない。
「まあまあ喧嘩はしないの。私はね。私がいなくなっても構わない。そう思ってるの。新しいものが生まれ古いものはすたれていく。でも、それは万物が流転している姿そのものなのよ。私たちはいなくなるけど、それは消えることじゃない。他の何かに生まれ変っていくだけなの」
転生輪廻かな?
そんな言葉が思い浮かぶ。
「人だけではなく道具なんかも輪廻するのかな?」
「それは、少し極端な意見ではなくて?」
「いえ、全ての存在が流転しているの。果てしなき時間の流れの中でね」
そう思うと心が安らいでくる。
輪廻か。
良い言葉だ。
「考えさせられる言葉ですが、なぜか心が温かくなりますわ」
暮佳が空を見上げてつぶやく。
「おばあちゃんありがと。何だか元気出て来ちゃった」
私の言葉におばあちゃんもうなづく。
「元気をもらったのは私の方よ。お嬢さん。お茶ありがとう」
手を振りながら去っていくおばあちゃん。
私達も手を振って見送った。
「ねえ暮佳。あなた、男、紹介しなさいよね。お金持ちの……」
「ええ、いいわよ。ただし、あなたが合コンに誘ってくれたらね」
「じゃあ約束」
「ええ」
暮佳と握手した。
梅雨の鬱陶しい空模様だったが、私の心は何故か晴れわたっていた。
おばあちゃん:テレホンカード。最近めっきりと使用者が減った。
路香:
今日二人の服装は夏物セーラー服
え?JKだったのか……知らなかった。
論香さんはセレブ様と仲良くしたい 暗黒星雲 @darknebula
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