校則擬人化・三条ちゃん

四万一千

第三条 - 服装に関する校則

「と、とうとうレギュラーから外されちゃった……」


 とある高校で、生徒手帳を握りしめた一人の少女がわなわなと震えていた。

 その少女の服装は、どの学校の校則にも抵触しそうなほど乱れたものだった。


 シャツのボタンは上からいくつも開いており、その大きな胸の存在を十分以上にアピールしている。

 スカートは非常に短く、ちょっとした動作でパンツが見えそうになる。


「こ、こんな格好になるとは……。噂では、自分の規律と真逆の見た目になると聞いていたけど……」


 近くの鏡で自分の姿を確認し、大きくため息をついた。


「服装の規律であるわたしは、こんな外見になるのね……」


 ぽとりと手に持っていた生徒手帳を落とす。

 地面に落ちても、開いていたページはそのままだった。

 校則について記載されているページだ。


 そこに、第三条の記載はない。


「あぁ、まさかわたしがレギュラー落ちするなんて……。って、ネガティブになってちゃダメ! 生徒の服装を正せば、生徒手帳に戻れるんだから!」


 両手で頬をたたき、気合を入れる。


 大丈夫、大丈夫。

 先月レギュラー落ちした七条ちゃんも、おととい生徒手帳に戻ってきてたし、わたしもすぐに戻れる。


「と言っても、初めてのレギュラー落ちだし、何していいかよく分かんないなぁ……。あ! 彼なら色々知ってるはず!」


 少女は突然走り出した。

 廊下を抜け、階段を上り、目的の教室に辿り着く。

 その教室の隅っこに、机に突っ伏して寝ている少年がいた。


「一条くん、一条くん!」


 呼びかけても少年は顔を上げない。


「一条くん、起きてったら!」


 少年を揺さぶり、強引に起こす。

 ゆっくりと顔を上げた少年の顔は、ひどく嫌そうな表情をしていた。


「何だよ、三条かよ。おれに構わないでくれ」

「わたしが構ってほしいんだよ! どうしよう、一条くん。わたし、レギュラー落ちしちゃった」


「見りゃ分かるよ。現実としておれの前に現れたってことは、お前もおれの仲間になったってわけだ」


「もう! そんなイジワル言わないで! わたし、レギュラー落ちは初めてでさ。どうすればいいのか分かんないの。一条くん、現実世界は長いよね? 生徒手帳に戻っていった子たちもいっぱい見てきたでしょ? その経験から、わたしにアドバイスくれないかなぁ」


「経験と言ったってなぁ。おれ自身が長年戻れてないし」

「そこを何とか!」

「……とりあえず、服装が乱れてる生徒を見かけたら、注意したら?」


「……それだけ?」

「それだけって……。いや、それくらいしか思いつかないし」


「何かこう、学校中の生徒の服装を一斉に正す方法とか、ないかな?」

「そんな便利な方法はない、思いつかない」


 一条は再び、机に突っ伏した。


「もう! そんなんじゃ、いつまで経っても生徒手帳に戻れないよ! 一条くんの規律は”みんな、なかよく”でしょ」


「余計なお世話だ。おれにとっちゃ、これでもマシな方なんだ。校則同士のお前とは多少話せる」

「じゃあ、生徒相手だったらどんな会話するの?」


「いや、生徒としゃべったことないし……」


 聞く相手を間違えたと、三条は思った。


「じゃ、じゃあさ! 今レギュラー落ちしてる他の子、知らない?」

「今か……。そういや九条がいたな」


「九条くんか。昨年からレギュラー落ちしたままだったね」

「九条は隣のクラスにいることが多い」


「ありがとう、一条くん!」


 三条は再び駆け出した。

 教室から出る間際、一条に振り返る。


「一条くん! たまには生徒に話しかけなよ!」


 一条は顔を上げないまま、手をひらひらと振るだけだった。



 三条は隣のクラスを覗き込む。

 知っている生徒は一人もいないが、同じ校則である九条は、一目で彼だと分かった。


 どうやら机に座って、本を読んでいるらしい。

 三条は九条のそばに駆け寄った。


「九条くん、久しぶり!」


 九条と呼ばれた少年が振り向く。

 その顔は、まさに美少女と呼ぶべきものだった。


 大きな目に長いまつ毛。髪型は少しパーマのかかったボブカット。

 身長は、男性としてはだいぶ低い。


 着ている制服は男性のものだが、女性が男装していると言われた方が納得できる。


「あ、三条ちゃん。久しぶりだね。……えぇと、ここで会うってことは――」

「そうなの、九条くん! わたし、レギュラー落ちしちゃったの!」


「ごめん、そうだよね。三条ちゃんは、初めてのレギュラー落ち?」

「そうなの! だから、何をすればいいのか全然分からなくて……。九条くん、何か良いアドバイスもらえないかなぁ」


「うーん、ぼくも去年初めてレギュラー落ちしてそのままだから、参考にならないかもだけど。ぼくで良ければ協力するよ」

「さすが九条くん! 生徒と一言も話せない一条くんとは大違い!」

「あはは……。一条は規律が規律だからね」


「そう言えば、九条くんのその外見……」

「うん。ぼくの規律は言わば”男は男らしく、女は女らしく”だからね。その真逆が外見に現れるとなると、こうなっちゃったみたい……」


「でも、すっごく可愛いよ!」

「あはは、ありがとう」


「わたしも、そうゆう可愛い外見が良かったなぁ」

「三条ちゃんも可愛いよ。……ちょっとセクシー過ぎるけど。目のやり場に困ると言うか」


 口に出されると恥ずかしい。

 三条は顔が熱くなることを自覚する。

 きっと、紅潮してしまっている。


「そ、それよりもさ! 生徒の服装を一斉に正す良い方法とかないかぁ」

「うーん、一斉にかぁ。……だったら、明日の全校集会とかチャンスかもしれないね」


「そうゆうの! そうゆうのを待ってたの! 九条くん、好き!」

「えへへ。三条ちゃんにそう言われると、照れちゃうね。じゃあ、早速だけど作戦を考えようか」

「うん!」


 そうして、三条と九条は全校集会に向けての作戦を考え始めた。



 翌日の体育館には、全校生徒がクラスごとに集まっていた。


 だらしなくシャツを着崩す生徒、指定外の上着を羽織る生徒、スカートに改造を施す生徒などが散見された。

 少なくとも全校生徒の1/3以上は、明らかに校則違反となる服装だった。


 一条と三条はそれぞれのクラスの列に並ぶ。昨日座っていた机のあるクラスだ。

 三条は、クラスとクラスの間で、所在なげに立っていた。


 昨日は、九条と作戦を練った後、何人かの乱れた服装の生徒に注意してみた。

 しかし、いずれの注意も無視された。こちらに目も向けてくれなかった。

 傷心した三条は、今日は誰にも声を掛けていない。


 気付けば、校長の話が終わろうとしていた。

 作戦決行はこのタイミングだ。


 心細くなった三条は、一緒に作戦を練ってくれた九条に目を向ける。

 それに気付いた九条が、こくんと一度うなずいた。


 やるしかない。


 三条は意を決し、檀上に上がった。先ほどまで校長が話をしていた場所だ。

 先生も生徒も、呆気に取られて三条を見ている。

 誰も三条を止めようとする者はいない。


 三条は脇に抱えたマネキン二体を、檀上に立たせた。

 片方は男性、もう片方は女性の制服を着ている。どちらも校則の規定を満たした服装だ。


「えー、ごほん……。みなさん、どうも初めまして。三条と申します。気軽に三条ちゃんとお呼びください」


 三条がマイクを使い始めても、咎めるものは誰もいない。


「今日は、みなさんに直してもらいたいことがあります」


 そこから、三条による正しい服装の講義が始まった。

 その説明には三条の情熱が溢れていた。

 全校生徒、先生に至るまで、みな静かにしている。


 三条の講義の時間が、校長の話を上回るころ、ようやく説明は終わった。

(やり切った……)

 三条は達成感を感じていた。


「わたしからは以上となります。いいですか、みなさん! 正しい服装を常に心がけてください!」


 しんと静まっていた全校生徒は、三条のその言葉を皮切りに、一斉に大声を上げた。

「お前が言うな!」


 三条の恰好は、昨日と同じく大いに乱れたものだった。

「ひぃっ!」

 突然の生徒からの罵声に、三条は半べそになる。


 先生に叱られながら、三条は檀上からおろされた。


 マネキン二体を抱える滑稽な姿に、一条は表情に出さず内心で笑っていた。

(まさか、全校集会を利用するとはな。しかし、お前がそんな恰好で服装について語ったところで、反発受けるのは目に見えてるだろう)


 三条と一緒にこの作戦を考えた九条は、おろおろとしていた。

(ごめん、三条ちゃん! うまくいくと思ったんだけど……。やっぱりぼくじゃ、役に立てなかったよ)


 一条と九条の目が会った。

 おろおろしている九条の姿を見て、一条は鼻で笑った。

(まぁ、生徒や先生に認知してもらうことは、大事な一歩目だ。レギュラー落ちしたばかりの頃は、おれらの存在は誰にも気付かれないからな。結果オーライじゃねえの?)



 全校集会の翌日、三条は九条とともに一条を訪ねていた。


「もー! 昨日は大恥かいちゃったよ。『お前が言うな!』だって。だって仕方ないじゃない! わたしたちは自分の外見を変えられないんだから」


「うるせえな。愚痴るなら他所でやってくれ」

「そんなこと言わないで、他のアイデア一緒に考えてよー!」

「なんでおれが、お前のアイデアを考えなきゃならないんだ」


「ひどい! 九条くんは嫌な顔一つせず協力してくれたのに。九条くんは、制服着たマネキンの場所を教えてくれたりもしたのに」

「あのマネキンはお前の仕業か、九条」

「睨まないでよ、一条。だって、具体的な例があった方が、みんな分かりやすいと思って」


「そうそう、九条くんはそこまで考えてアドバイスくれるんだから。一条くんももうちょっと協力的になってよ」

「いやだ、面倒だ」


「一条、ぼくからも頼むよ。ぼくのアドバイスって、ほら、どっかズレてる気がするし」

「ズレてる自覚はあったんだな、九条」


 そのとき、朝のHRの予鈴が鳴った。


「ぼく、そろそろクラスに戻らないと」

「あ、わたしもだ」


「おい三条、お前、もうどっかのクラスに居場所あるのか?」

「うん、昨日わたしを檀上から引きずり下ろした先生いたでしょ? あの先生が担任のクラスにいくの」


「すごいね、三条ちゃん! おとといにレギュラー落ちして、きのう認知されたばかりなのに。ぼくなんてレギュラー落ちしてからクラスに居場所できるまで一ヶ月は掛かったなぁ」


「まぁ、そんだけ昨日のインパクトがデカかったんだろう。恥かいて良かったな、三条」

「また、そうゆうイジワル言う! ……けど、そうだね。昨日の行動のおかげだよね。うん、良かったよ」


 三条は満面の笑顔を見せた。

 一条は、久しぶりに自分に向けられた笑顔に、思わず顔を背けてしまう。


「あ、一条くん。もしかして照れてる?」

「うるせえ、お前の破廉恥な恰好のせいで、目のやり場に困っただけだ」

「もー! またイジワル言う!」



 そんなやり取りを繰り返しながら、今日も三条たちは学校を駆け回る。

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