きつねつき
安良巻祐介
「え、狐憑き?」と聞いたら、「いや、狐月、Fox moonですよ」と言われた。
大学の棟の合間、振り返った空に浮かぶ月は、強いて言えば幾らか黄色いかな? と感じるくらいで、別段いつもに比べて異常なようには見えなかった。
「あれはたぶん投影機のような役割を果たせればいいので、形自体をどうこうする必要はないんでしょう」
O君と僕とは、植え込みの陰から中庭の辺りを注視していたのだった。
「それじゃあ、あそこを歩いているN君は幻像だと言うのか。動きが明らかにおかしいから憑かれているのかと思ったんだが」
「狐はですね、他者が周りに居る時しか憑かない。要求を伝える相手や、悪戯をする相手がいないではどうしようもないですからね」
「成程」
「つまり狐月は、狐と名がついているだけで狐は関係ない。造られたものをその色と性質に擬えただけだ。怖いでしょう」
「怖いね」
背中になま暖かい光が当たっているのを感じる。足元に伸びる影が、細長く尖って行こうとしている。
中庭のN君は、両手足をぎくしゃくさせながら、ずっと同じところをぐるぐる回っている。
狐は関係ないと言われたのに、狐に片足だけ短くされて、コンパスみたいに畔の同じところを回ってしまう旅人の話を思い出した。
僕は震えが起きるのを感じながら、大学棟の後ろに常駐している黄色い月を、顧みるのも嫌になってきた。
「いったい、どこの誰があんな灯りを上げたんだろう」
「祭の夜には、ちょっとキネオラマが見たくなるのですよ。こんな風に」
「えっ」
驚いて隣を見ると、誰もいなかった。
僕はぽかんと口を開け、暗いキャンパスに立ち尽くしていた。
中庭の向こうには何かが倒れていたが、人ではなくて、大分昔に捨てられた人形か何かのようだった。
きつねつき 安良巻祐介 @aramaki88
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