遊星迎撃隊(序)
暗黒星雲
義体と精神移植
目の前に軍医がいる。名前は確かラインハルトだったか。
「秋山君。私の顔が見えるかね?」
「ええ、はっきりと」
初老の白人男性。髪は金髪だったろうが今はほとんど残っていない。
「ではまず右手から動かしてみたまえ」
右手を動かす。微かなモーター音を伴い自由に動く。手のひらを握ったり開いたりしてみるが異常はない。
「良いようだね。次は左手。よし。右足」
軍医の指示通りに体を動かす。モーター音以外には違和感はない。
「異常はないようだね。これから24時間は安静にしておくこと。鏡はなるべく見ない事。食事の必要はない。入浴は禁止。明日の1200にもう一度検査だ。遅れないように」
「了解しました」
俺は軍医に一礼し医務室を出た。
鏡を見るな、か……
自己認識が崩壊する事があるらしい。
自分で見ると相当な違和感を感じるのだ。
十年ほど前、太陽系に接近する小惑星群が発見された。直径1パーセクの範囲に大小さまざまな大きさの小惑星が数千万個から数億個あると見積もられた。そしてその中の0.5%ほどが地球圏に対して衝突コースにあると推測された。
この小惑星を破砕する兵器として開発されたのが「遊星破砕用特別攻撃機AP22FSD-S5X」通称“ランス”だった。
この全長100mにもなる細長い円錐形の槍は15000トンの重量があり、これを秒速500㎞まで加速させる。この強大な加速度に生身の人間は耐えられない。しかし、小惑星を確実に破砕するためにはこの重量と速度が絶対必要なのだ。当初は無人で発進する予定だったらしい。
しかし、無人機ではワープアウトした際に発生する微細な時空間のズレに対応できず目標の重心を正確に撃ち抜けないことが判明した。そこで開発されたのが機械の体、義体に精神移植する方法だった。この方法の特徴は精神(霊体)を義体に定着させ、義体を移植者が自由に操作できること、また必要に応じ遠隔操作で精神(霊体)を
この精神移植の技術と前述のランスを組み合わせ地球圏に接近する小惑星を破砕することが決定された。5年前の話だ。
当時中三だった俺は迷わずランス搭乗員に応募した。
宇宙軍学校へ進学し正式な搭乗員になって2年。バックアップも含め出撃は18回になる。
部屋へ戻った俺を待っていたのはアイリーンだった。今日は非番なのだろう。
「達彦」
彼女は俺に抱きついてくる。
「今は機械の体だがいいのか?」
「うん。こうしていると中身は達彦だってよくわかるから」
「そうか」
「ねえ、この任務は拒否できるのよ」
「知ってる」
「ならどうして?」
「それは……」
「それは?」
「俺の仕事だからだ。誇りをもって命を懸ける事ができる」
「そう。そうね」
アイリーンは黙り込んだ。
美人ではない。色白だがそばかすが目立つ。
背は高く、スタイルは良い。しかし、やや吊り上がった細い目元が印象を悪くする。
こんな顔不公平だわ。
彼女が時々こぼす愚痴だ。
俺は気にしていない。
分かってるわ。
それに、君がほかの誰よりも思いやりのある優しい女性だってこと、俺はよく知っている。それで十分だ。
ありがとう。達彦。
記憶の中のアイリーンは笑っている。
「必ず帰ってきて」
「ああ」
彼女が心配する理由がある。
ワープ事故が2%、
概ね4%ほどが帰ってこれない特別攻撃。
旧日本軍の特攻隊よりは随分生還率は高い。
しかし、4%は帰ってこない。
彼女の心配はコレなんだ。
彼女がキスをしてきた。
「機械の体でいいのか」
「いいわ。貴方を感じさせて」
俺たちはただキスをして抱き合っていた。
24時間後、軍医の診察をパスした俺はランスに乗り込む。
機械の体だがきちんと宇宙服は着こんでいる。
「発射10分前です」
無機質なAIがアナウンスする。
「秋山中尉、家族との交信申請は出てないが、可能だ」
山崎艦長だ。
「必要ありません。必ず帰ります」
「わかった」
必ず死ぬと決まったわけではないのに気を使ってくれる人は多い。
そういえば、科学的に霊体が認められたのと、異次元航行、ワープ実験が成功したのは同時期だったと聞いた。迷信と言われた古い概念と最先端の物理が合致するのも面白い。
「発射1分前」
カウントダウンが始まった。
遊星迎撃隊(序) 暗黒星雲 @darknebula
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