過去に書いたお題短編。
四つ目
題名は無いです。
赤く、赤く。視界いっぱいに赤が広がっている。その赤は、少しづつ、黒く変色して、後に残るのだろう。
そしてその赤は、自身も同じく赤に染めている。ならば自身も同じように黒く変色し、ここに果てるのだろうか。
目の前の出来事に、あまりにも日常から離れた出来事。
いきなり自身に降りかかった、染まる赤と濁る視界。赤暗い視界の中に見える、いくつもの死体。
脇道と言えど、普段も使う道。ただの裏道。そんな中に飛び散っている死体。
唯々、家路の途中のショートカット。ただ夜中だというのが、少し危険だという位だった裏路地。
「あらぁ、みつかっちゃったぁ」
グリンと、90度に近い角度に首を曲げてこちらを見る男。その顔は、体は、これだけ赤く染まっている中で、何も染まっていない。
いや、靴だけは、散らばっている『物』を踏みつぶして、少し染まっている。
整った顔でありながら、無表情で近づいて来るその様が、余計に思考を混乱させる。この中で平然としているその存在が理解できない。
「まあいいやー」
男はとても気軽な口調で、落ちていた鉄パイプを手に取り、ガラガラと引きずりながら歩いてくる。
その音が死刑台が近づいて来る様にに感じ、恐怖で動けなくなった。
「じゃあねー」
男がパイプを振りぬき、自分の頭を殴りつけようとし、恐怖に負けて動けない自分は、その恐怖から逃げるように目を強く瞑る。
だが、何時まで経ってもその衝撃は訪れず、しばらくして、ガランと金属の落ちる音が響いた。
「やだ・・・あなた・・・」
何か男が呟いている。何時までも訪れない死に、恐る恐る目を開けると、男の顔が目の前にあった。
驚き、思わず小さい悲鳴を上げる俺の肩を、男ががっちりと掴む。そして。
「やだー、タイプー!」
歓喜というのが相応しい喜びようで俺に抱き着いた。
「はっ、えっ?」
「貴方、彼氏は!?」
「え、いや、俺、男」
「そう、居ないのね!?フリーなのね!?」
「え、いや、だから」
さっきまでの恐怖や混乱とは別の混乱に陥り、返事も思考が纏まらず、そもそも、さっきまで殺そうとしてたらしい人間に、伴侶がいるのかどうかを聞くその神経が分からない。
なんなんだ、この男は。なんなんだこの状況は。
「何やってんの?」
混乱していると、凛とした声が響く。男の叫び声も関係なく通る、透き通った声。
短髪の黒髪に、全身殆ど黒で、闇夜に紛れてその姿がはっきりと見えない。
「あらー、そっちは終わったのー?」
「とっくに。目撃者ならとっととやっちゃってよ」
「そうなんだけど、この子とってもタイプなのよー」
「・・・へぇ」
とても気軽に会話をしている二人だが、目撃者という言葉に、転がっている物に目が行く。
「だから、持って帰っちゃおうかなって」
「面倒はちゃんと見なさいよ」
「はーい!」
まるで犬猫の面倒はちゃんと見るようにと言われる様に、男は注意されると、元気よく俺を抱え上げ、た。
片手で、事もなげに。
「ごめんねぇ。顔見れないのは残念だけど、ちょーっと被っててねぇ」
男の言葉が早いか、被せられるのが早いか、何か黒い布をかぶされて、視界を塞がれる。
抵抗すれば下に散らばって居た物の様になるかと思うと、恐怖で抵抗できなかった。
そして、そのまま何かに乗り物に突っ込まれ、何処かに走り出した。
しばらくして、被せられたものが取られると、どこかの敷地内らしい所を走っていた。
「もういいわよー。あらぁー、やっぱり好みぃ」
俺の顎に手を添えて、うっとりとした表情で言う男に、先ほどの恐怖とはまた違う恐怖を感じる。
いや、まだ死への恐怖も有るし、自分がどうなるのだろうという恐怖も有るのだが。
「ほら、良いからアンタは報告に行ってきな」
「はぁーい。じゃあ、あとでねぇー」
女性が車を運転していたようで、車を止めると、男は俺の頬にキスをして、屋敷というのが相応しい日本家屋に向かって歩いて行った。
「あいつが、ねぇ」
女性はそんな男性を見て、呟く。その真意は分からない。解るわけが無い。
「アンタ、災難だったね。けど不幸中の幸いだよ。死にたくなけりゃ―、あいつのおもちゃになりな」
「お、おもちゃって、ここ何なんですか!どこなんですか!?」
「ただの掃除屋さんだよ。大体人間の掃除の方が多いけどね」
「に、人間の掃除って!」
それは殺し屋っていうんじゃないのか。日本でそんなものが成立するのか。
「まあ、そんな事はどうでも良いんだよ。あいつが珍しく、いや、初めて誰かに執着したのを見たんでね。アンタは上手く使わせてもらうよ」
「つ、使う?」
「そう、大人しくあいつの傍に居りゃぁ、殺さないよ。だからあいつの世話をしな」
「な、何を勝手なこ―――」
勝手な事を。そう叫ぼうとして、叫べなかった。拳銃が自分の頭に押し付けられていたからだ。
本物なのかおもちゃなのか、自分には分からない。けど、おもちゃと思うには、さっきの光景が頭に焼き付いている以上、希望的観測でしかない。
「アンタの選択肢は二つだ。死ぬか、おもちゃになるか。選べ」
「――――っ」
選べと言われても、選択肢なんかない。生きたいなら、死にたくないから、従うしかないじゃないか。
「何やってるのかしらー?」
そう思っていると、いつの間にかさっきの男がナイフを女性の首に押し当てていた。
「彼、殺す気?」
無表情でナイフを押し付けるその顔は、あの路地裏の無表情と同じ顔だ。
「逃げようとしたから抑えていただけだ。感謝してもらえこそすれ、こんな事をされるいわれはないぞ」
「あ、そうだったの、ごめんねー」
「気にするな」
男は笑顔でナイフを引き、女性に謝る。女性は首方少し血が出ているが、特に気にする様子もない。
「じゃあ、あとはそいつ連れていけ。好きにしていいが、くれぐれも逃がすなよ」
「わーかってるわよー。じゃあいきましょーかー」
男は俺の手を引いて、車から出すと、俺の腕に絡みつくように抱き着く。
明らかに男のほうが背が高いので、かなり無理矢理だ。
「じゃあ家に帰りましょー」
「え、いや、家って」
「あっちのお屋敷じゃないわよー。あっちのちっさいお家。あ、でもちゃんと部屋は有るからね。プライベートは欲しいでしょー?」
「え、いや、だから、そういう事じゃなくて」
「あら、一緒の部屋にいたい?そういう事なら大歓迎よー?」
「ち、違う」
「あら残念」
男は俺の反応を楽しむように捲し立て、家までの道中、ずっとしゃべり続けていた。
最初こそ、どうなるのかと思っていたが、男はかなり良くしてくれた。
本人が言ってたように、部屋もくれたし、プライベートは守ってくれたし、無理やり何かをされるというようなことも無かった。
必要な物が有ると言えばすぐに用意してくれたし、言わなくても何か持ってくることも多々あった。
でも、外に出ることは、許されなかった。
だから、なんとなく男の世話というか、家の事を少しやってみたら、それだけで男は喜んだ。
俺が何かしらしているのを、男が嬉しそうに眺めている日が続いた。俺もどこかしら、何かがマヒしているのだとは思う。
そんな日が続いたせいか、俺も男とは砕けて話すようになっていた。
だからある日、思い切って聞いてみた。帰れないのかと。あの日常に帰れないかと。
「なあ」
「なあにー?」
「俺、帰れないのかな?」
「ごめんねー。それは流石に出来ないのー」
男は申し訳なさそうに言う。だが、思案した後、真面目な顔でこちらを向く。
「帰りたい?」
「・・・そりゃあ、帰れるなら」
「そう、そうよねー」
男はにっこり笑うと、良しと手を叩いてドアのほうに歩きだす。
「1時間後位かな、そしたら出て、そのまま、まっすぐ行ってねー」
そう言って、男は家を出て行った。鍵を、かけずに。
一時間たった後、ドアを恐る恐る開けると、とても騒がしく、火が、赤く大きく舞っていた。
俺はその混乱に乗じるように逃げだす。真っすぐに。男に言われたように真っすぐに。
「逃がすかよ」
だが、いつか会った女性が、俺を押し倒した。まるで抵抗できずに背中から乗られ、腕を極められる。
「お前か、お前のせいか。くそ、上手く使えるかと思ったのに余計な事を」
女性はそう言うと、俺の頭に拳銃を押し付け、そのままごろんと、首が俺の顔の横に落ちた。
「まーったく、懲りないわねぇ」
上を見ると、男がナイフを振り、赤を撒き散らした。その赤が目にかかり、視界が濁る。
いつかの様に。初めて会った時にように。
「じゃあ、今度こそちゃんと逃げてねー」
男はニコニコ笑いながら手を振る。赤く濁った視界の中に見える男は、赤い視界の中ですら、誤魔化せない負傷を追っている。
「お前、まさか」
「はいはい、そういうの要らないから。早く逃げてねー。頑張った甲斐がないから」
「―――」
男は俺の体を無理矢理反対に向け、押し出す。
俺は何も言えず、そのまま走った。
「じゃあねー。楽しかったよー」
気楽な声と、響き渡る断末魔が耳に届くのを無視しながら、走り去る。
日常に帰るために。
日常に無事帰った俺は、あの時の出来事や、あの屋敷での出来事が事件になっていないが調べたが、不思議なぐらい何も出て来なかった。
男がなぜ、あんな行動をとったのかは分からない。なんで俺をそこまで気に入ったのかは分からない。
けど、あいつにとって命を張るだけの事だったのだろう。
名前すら知ら無い男の事を、何時までも忘れずに、日常を過ごしていくのだろう。
日常を奪った男に、日常を返してもらったと。
過去に書いたお題短編。 四つ目 @yotume
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