8月3日(3)星々も様々に瞬いている

「なんだか暑くてふわふわする……」

「大丈夫かい?ちょっと呑み過ぎちゃったのかもね」

「そう、なのかなぁ……?」


 あの後、オレへの挨拶回りは常にセリやファウスがサポートしてくれたおかげで、よくも悪くも雑談の輪からは外れることとなった。


 そうなると当然手持ち無沙汰ぶさたの時間も増え、遠慮なく会食を楽しんでいたのがいけなかったのかもしれない。

 アルコール独特の味わいに慣れてしまえば、提供された果実酒は皆どれも美味しくて、ついついあれもこれもと飲んでみたくなる。


「酔い覚ましに中庭で少し風に当たっておいでよ。セリナには僕から伝えておくからさ」

「ん、そうする」


 苦笑するファウスに背を向けて、パーティ会場から続くテラスへと足を向けた。


 自分ではしっかり歩こうとしているつもりだけれど、妙な浮遊感に包まれてどうしても歩調がゆっくりになる。


(そっか、酔っ払うってこういう感じかぁ。なんか不思議な感じ)


 そのまま中庭へと足を運ぶと、爽やかな夜風が辺りを吹き抜けていった。


「わぁすごい、星があんなによく見える!」


 頭上で瞬く星々の美しさに、思わず感嘆の声が漏れた。

 ニーザンヴァルトにいたときはもちろん、セリたちの城がある王都シエイランでもここまで綺麗に星は見えなかった。


「だろぅ?うちの領での自慢の1つなんだ。この辺は山間やまあいだから空気も澄んでてな」


 ふいに背後からかけられた声に驚き振り返る。

 そこには金糸の髪を風にたなびかせ、胡散臭いまでに爽やかな笑みを浮かべた長身の男、イィルメロック・ファンディーンが立っていた。


「い、いーろ、イィルメロック様!?」


 まさかパーティーの主役がここに居るとは思いもよらず、思いっきり名前を噛んでしまった。


 そんな失礼にも意に介さず、第三位様は笑顔のまま言葉を返す。


「ああ、イールで構わねえさ。ご大層な長ったらしい名前を授けてくれたおかげで、誰も初対面でまともに言えやしねえんだ」

「は、はあ……わかりました、イール様」


 そういえば六皇家ろくおうけの説明の際、彼の名は古代語でどうのこうのって話を、ちらっとファウスがしていたような。学習内容からは脱線した話題だったから、詳しい内容はちょっともう覚えてないけれど。


 そして本来であれば自分の方が先に名乗るべき立場であったことを思いだし、慌てて頭を下げる。


「ご挨拶が遅れました。ぼくはシエイランの天剣騎士、ディアン・メワと申します」

「ああ、セリナ王女の横にいた坊やだろ。見てたから知ってる」


 坊や呼ばわりに内心思うところはあるけれど、流石に六皇家相手に新米騎士がそれを口に出すわけにはいかない。

 不敬な態度を電撃だけで許すセリとは相手が違うのだ。

 下手をすればオレの態度次第で、王家の派閥争いにまで火を付けかねない。


 そんなこちらの内心を知ってか知らずか、イール様はガハハと豪快に笑うと、両手に持っていたグラスの片方をオレに差し出した。


「まあそう堅苦しくなるなよ。お前さんとは少しばかり話がしてみたかったんだ」

「ぼ、ぼくなんかと……ですか?」


 グラスを受け渡すと、彼は中庭を少し進んだところにある歓談用のテーブルセットへとオレをうながす。


 わざわざ飲み物を用意している辺り、おそらくオレが中庭に出るのを目聡めざとく見つけて追ってきたのだろう。

 周りには他に人影もないし、こうなると上手いことはぐらかして逃げるのも少々厳しく思える。


 諦めて大人しく従っておこうと、先に歩き出した彼の後を追いかけ、椅子に腰を下ろす。


(あれ、椅子がほんのり暖かい。オレたちの前に誰かここを使ってたのかな)


「で、だ。お前さん、どこでセリナに目をかけられたんだ?」

「え、あっ!?いえあの、セリナ様ではなくて、ぼくは今回魔術師殿に代役を頼まれただけでして」

「それにしちゃあ、随分ずいぶんとあいつが気にかけてるようじゃないか。違うかい?」


 違ってはいない。ベラ様に絡まれたのを知ったあと、セリは極力何かあったらオレの元に来られる位置にいたし、困っているようなら即座に手助けしてくれた。


「それは、ぼくがこういった場に不慣れだからでしょうね。夜会なんて初めてですし、本来警備でもなければこんな所に顔を出せる立場でもないですから」

「確かに、天剣騎士は実力重視だから平民出も多いな。でもお前さんはそうじゃないんだろ?」


「どうして、そう思われたんです?」


 まるでこちらを値踏みするような夕日色の視線を浴びながら、内心の動揺を隠して努めて平静を装う。


「そこらの社交界ならまだしも、今日は俺の誕生パーティー、つまりベガンダ王家がこぞってやって来る日だ。そんな場に付け焼き刃の平民上がりなんぞ寄越よこして、万が一にも欠陥姫の顔に泥を塗るような可能性を、あの宮廷魔術師殿が考えないとは思えんからな」


 欠陥姫。


 おそらく魔法が苦手なセリのことを指したと思われるその言葉は気にさわったが、不快感はえて飲み込んだ。

 今ここで六皇家相手に噛みつくのは、それこそセリの立場を悪くしかねない。


「お察しの通りです。ぼくは確かに血統だけはよくて、ゲイン家とも縁あって初歩的なマナーを教わったこともありました。でも運良くこうしてここに居るだけで、元々ぼくはセリナ様の隣に立てるような男じゃないんですよ」


 下手に誤魔化してもボロを出すだけなので、素直に事実を語ると、豪快な笑い声が返ってきた。


「随分と卑屈だな。姫君を射止めた深窓の王子様なら、もっと堂々としてたらいいんじゃないのかね」

「射止めただなんて、それこそ大きな勘違いで……」


 イール様の言葉を否定しかけて、直前の彼の言葉に硬直する。


 深窓の王子様。男は確かにそう言った。


「お前さんだろ?噂の『小麦色のカエーヌ』ってのは。お隣の王子殿下様よぉ」


「な、なんでっ!何処まで知って…!」

「いや、単にカマをかけただけなんだがな。やっぱりそうだったかい」

「な……」


 しまった、まんまと一杯食わされた。


「お前さん、腹芸下手だなぁ。まあその歳で狡猾こうかつすぎるのも考えものだが、これから本格的に貴族王族と付き合ってく気なら、もうちょい上流階級の渡り方も覚えた方がいいぞ」


「……何処から感づいてたんですか……?」


 テーブルに突っ伏して頭を抱えるオレをカラカラ笑いながら、イール様はワインを口にする。


「ピンときたのはさっきのお前さんの『ゲイン家と縁深い』って話からだが、ホールで目にしたときから怪しいとは思ってたな」


「言葉も交わさないうちからわかるものなんですか!?」

「お友達から聞かされなかったか?俺の目は魔法を見抜くってな」

「そういえば、あまり近づくな、とは言われましたけど……」


 流石にそっちから近づいてくるとは思ってないよ!


「この目は魔察眼まさつがんって言ってな。生まれつき魔力の流れとか強さとか、要するに魔術的なモンが見えちまうんだ。だから今日みたいな装飾魔法博覧会は、目がくらんで仕方ない。こうしてお前さんと話してる間も、その扮装ふんそうのブローチが目に痛いくらいだ」


「なるほど。ファウスも似たようなこと言ってましたね、魔法感知云々って。でもそれだったら、ぼくも他の参加者と同じく十把一絡じゅっぱひとからげなんじゃないんですか」


「お前さん、その場限りの間に合わせで呼んだ奴に、わざわざ高価な魔法のブローチ貸し与えてまで着飾らせるか?」

「……しませんね、流石にそこまでは。そうしなければならないほど容姿に問題があるのなら、最初から姫のパートナー候補には含まないでしょうし」

「だろ?」


 オレが『小麦色のカエーヌ』だってわからなくするための手段が、この人相手だと見事に裏目に出てるよ!


「で、そうまでしてこの場に連れて来ようってなぁお相手ともなると、自ずと候補が限られるだろ。だから一番あり得そうなのは、セリナが拾ってきたっていう『小麦色のカエーヌ』が、実は死んだと噂のニーザンヴァルトの王子殿下だったんじゃないか、とな。どうだ、当たりだろ?」

「ブローチ1つでそこまでの考察に行き着くのは、お見事です」


 まるで推理小説の主人公かのように自信満々で指を突きつけるイール様に、思わず苦笑がこぼれる。


「ただ、ぼくが今こうしてここに居るのは、いくつかの偶然が重なったにすぎないんですよ。セリナ様は未だぼくの素性をお知りではありませんし、ぼくも敵情視察を目的にして今日訪れた訳ではありません。単に彼女が噂のペットを見世物にするのを嫌がっただけで……」


「ペット?何だそりゃあ」

「何だ、って、貴方も先ほどおっしゃいましたよね?『小麦色のカエーヌペット』って」


 オレの言葉が理解できないとでもいうように目をしばたたかせたイール様は、突然椅子から立ち上がると、つかつかとオレの隣まで歩み寄る。


「ブローチ取れ」


「えっ」

「いいからさっさと、その変装を解け!何なら力尽くで剥ぎ取ってやろうか!?」


 有無を言わせぬ迫力で、彼はオレの襟元のブローチに触れた。その指先とブローチが淡く光を放つ。


 このままだともぎ取るどころかブローチそのものを破壊されそうな気がして、慌てて外してテーブルの上に置いた。このブローチが無くなってしまったら、オレはホールに戻れなくなって、セリたちが探し出してくれるまでこの中庭の何処かで身を隠すことになってしまう。


 固定しておく物が無くなったスカーフが、風にあおられてはらりと地面に落ちる。


「ブローチ1つにしちゃあ妙な魔力を放ってるとは思ったが……随分と変わった性癖してるなぁ、お前さんら」


 変装が解け、スカーフの下から現れた『服従の首輪』をしげしげと眺めて、第三位様が嘆息たんそく混じりに呟いた。


「これも色々あって結果的にこうなってるだけで、別にぼくも姫も趣味でやってる訳じゃないですよ……多分」


 完全に否定しきれないのは、最初に首輪を填められた際の「貴方に最高の屈辱を与えてあげる」というセリの台詞と、その後の人使いの荒さが尾を引いている。


「その色々とやらはよくわからんが、不本意だってんなら外してやろうか、その首輪」


「は、外せるんですか!?魔法で!?」

「いや、単に俺を主人として登録して、その後ロックを解除するだけだ。『服従の首輪』の主人は3人まで登録出来ることは知ってるか?」

「あ、はい。今2人までは登録されてます。セリナ姫と、メイドのマーゴットさんが」


「マルゲリット嬢……まだそんなメイドの真似事なんざやってんのか」


 マーゴットさん、マルゲリットが本名なんだ。城ではみんなマーゴットで呼んでるから知らなかった。

 でもメイドの真似事ってどういう事だろう。あの人の仕事ぶりは完璧と言っていいと思うけれど。


「まあそれはいい、その首輪は本来アウルベアやグリフォンのような、征獣せいじゅう騎士の騎獣を制御するための品でな。騎乗者と調教師や世話係、そして戦場で万が一にも暴れ出した時に、最低限襲われないように現場指揮官辺りをマスター登録出来るようになってるんだ」

「なるほど、そのための3枠」


 つまりオレの場合、騎乗者がセリ、調教師がマーゴットさんといった感じか。いや、セリは現場指揮官も込みかな?


「ま、何にせよ1枠余ってんなら行けるな」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 首輪に触れようとしたイール様を慌てて押し留める。


「首輪を外してくれるのはありがたいです。でも、どうしてぼくにそこまでのことをなさるんですか?今は戦時中で、ぼくは敵国の王子ですよ。首輪の制御が無くなったら、この国に不利になるよう働きかけるとは思わないんですか!?」


「いやあ、それはないだろう」


 オレの問いかけを美丈夫はあっさり一刀両断する。本当にあっさりと。


「そんな芸当が出来る人間なら、ここで尻尾を掴ませるような真似はしないっての、王子様。逆にここまで来てボンクラお坊ちゃまの芝居だってんなら、流石の俺も拍手喝采かっさいしちゃうね」

「ぐはっ!」


 心まで一刀両断された。事実だけれども、もうちょっと真綿にくるんでほしい。


「第一お前さん、セリナのカエーヌになるんだろ?それならあいつを泣かすような真似するわけはないさ」


「いや、だから、首輪が外れたらペットじゃなくなるわけで……」


 何かがおかしい。扮装のブローチをもぎ取られそうになった時もそうだったが、彼とオレとで何故か会話が噛み合わない。


「……なあ、お前さん。ちゃんとあいつからカエーヌの説明受けてから承諾しょうだくしたか?」

「承諾も何も、セリナ姫からその話をされたことは一度もありません。ただ、シエイラン城の人々がそう噂してるから、この国じゃペットの事をそう呼ぶのかなって」


阿呆アホか、あいつは!!」


「……あ、あの……?」


 俺の説明を聞いたイール様は、大きな溜息ためいきと共に頭をガシガシとかきむしる。せっかく綺麗にセットされた、人目を惹く金髪が見事に台無しだ。


「カエーヌってのはな、ここら辺のふっるい言葉でな。伴侶って意味だ」


「へー、はんりょ……は、伴侶っ!?お、オレ、みんなにセリの婚約者候補みたいに思われてたって事!?」


 ようやく自分が置かれていた状況を理解して、一気に顔が熱くなる。


「そうだよ。おまけにそのブレスレット、それあいつの髪だろ?誰がどう見たって『この人は私の物です』ってあかしじゃないかよ」

「ちが、違うんだ。これもそういう意味合いじゃなくて、本当にただの御守りで……」


 誤解に誤解を重ねる事態にしかなってないよ!


 セリや城のみんなはともかくファウスの奴、さてはわかってた上で面白がってオレに何も言わなかったな。道理で妙にニヤニヤしてたわけだ!


「だ、第一セリには他に憧れてる人が」

「ああ、お隣の王子様だろ。お前さんじゃねえか」

「だから、セリはオレのこと何にも知らないんだってば!セリが好きなのは『深窓の王子様』のであって、ペットのポチオレじゃないよ!」


 ……改めて口にすると、めちゃくちゃ情けなくなってくるな。


「なんつーか……相当鈍いんだな、お前さん。まさか童貞か?」

「???何、それ」

「いや、うん、よーくわかった。やっぱり深窓の王子様だわ、お前さん」


 何だかよくわからないけれど、イール様は何故か一人で納得している。だからはそうじゃないって言ってるのに。


「とにかく、オレは本来の意味でのセリのカエーヌにはなってないし、セリの想い人でもない、です。そして首輪が外れたら、彼女のペットですらなくなります。だから尚更、貴方がぼくに手を貸す意味合いは薄いと思うんですが」


 うっかり地を出していたことに気づいて、途中から言葉遣いを正す。だが第三位様は全く気にした様子もなさそうだった。


「いや、だったらますます協力してやりたくなったね」


「え」


「俺はなぁ、こんな国ぶっ壊れちまえって思ってんだよ。六皇家第三位ファンディーンは俺の代で潰す。ついでにお前さんがこの王家を引っかき回してくれるんなら万々歳だ」


「な」


 予想もしなかった言葉に動揺している隙に、イール様は俺の首に手を伸ばす。


「ま、待っ」


「ああん?やってくれるなお前さん、まさかここで俺をたばかるとはな。枠全部埋まってるじゃねえか」


「…………え?」


 そんなはずはない。

 首輪を填められた段階で、主人として既にセリが登録されていて。城に連れてこられたその日に、マーゴットさんが首輪の説明と共に登録して。


 だけど、魔力を見抜く目を持ち、才にも長けたこの人がそう言うって事は。

 俺が気づかないうちに、誰かが3人目として俺の主人になっている。


「そんな、バカな。いったい誰が……?」


「……ちっ、お喋りが過ぎたようだな。愛しいご主人様のお迎えだぞ」

「え?」


 イール様が俺から身を離したその時、首輪にすっかり馴染んだ感覚が走る。

 首輪を通して、セリが俺を呼ぶ、あの感覚。


「見つけたわ!」


 その声に次いで美しい歌声が響き渡り、周囲の景色がまるでガラスが割れるかのようにヒビが走ると、音もなく崩れ去っていく。


 魔術にうといオレはそこで初めて、周辺に魔術結界が張り巡らされていた事に気づいた。

 オレが簡単に逃げられないように。

 周辺に誰も近づけないように。


 そうしてすっかり光の粒子と化した結界の向こう側で、薔薇のような深紅のドレスをひるがえして、セリがオレのかたわらに立つ男を鋭く睨み付けていた。

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ワガママ姫と下僕騎士 宮窓柚歌 @yuzu_window

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