8月3日(2)来賓客が思い思いに輝きを放っている

 ハテムは六皇家ろくおうけ第三位ファンディーン家が治める領地の中心都市であり、ベガンダの王都シエイランからは馬車で10日ほどの距離だと聞いている。


 だからセリのともつとめると聞いたとき、まだ知らないこの国の変わったものが道中どうちゅうで見られるんじゃないか、そんなことを考えてちょっぴりワクワクしていたのだけれど。


 旅支度も一切無いままパーティ当日を迎え、転移魔法テレポートで一瞬にしてハテムへの旅行は終わったのだった。

 しかも転移先は会場となっているやかたの、控えの間として当てられた一室である。風景を楽しむ余韻よいんすらない。


「魔法って、本当に便利だけど風情ふぜいがない……っ!」


 心底悔しがるオレに、風情をなくした張本人のファウスが呆れた顔をしてみせる。


「僕が同行するってのに、いったい何を期待してたんだか。昔はこんなの慣れたモンだったじゃないか」

「それはそうなんだけど、久々だったしさぁ」


 元々ファウスは、オレのために魔術師を目指したようなものだ。

 こいつが母親から教わった魔法で何かとサポートしてくれたことで、幼いオレは遠くまで出かけたり、すぐに疲れても癒して貰ったりして、多少は人並みに遊び回る事ができたのだから。


 ただひとつ残念なことに、ニーザンヴァルトは本格的に魔術を学べる環境が整っていないので、彼が実際に魔術師となれたのはオレのそばを離れてからのことである。


「やだ、それならそうと言ってくれれば、最初からそのつもりで日程を組んだのに」

「あんまり甘やかしちゃダメだよ、セリナ。この子の好奇心に付き合ってたら、何日経っても目的地に着かないからね」

「さ、流石にそんな迷惑かけるような真似はもうしない……と思います、よ?」


 弁解の言葉を述べようとして、ここはもうシエイラン城ではないことを思い出し、慌てて口調を正す。


 今のオレはセリナ姫のペットではなく、新米騎士ディアン・メワとしてここに来ている。


「どうだかねぇ」


 うう、本当にやらかさないかと言われると、正直自分でもちょっと自信がない。


 そんなオレたちのやり取りをくすくす笑って見ていたナズナ姫が、そっとファウスの手を取った。


「騎士様をからかうのはそのくらいにして、行きましょお兄様」

「ああ、そうだね。じゃあお先に」


 ……ぼくディアンの名を覚えることは諦めたんですね、ナズナ様。

 乾いた笑いを浮かべるオレをよそに、まるで年の離れた兄妹みたいに手を繋いで寄り添いながら、彼らは部屋を出て行った。


「仲いいんだなぁ、あの二人」


 ではオレたちも向かうかと足を踏み出したところで、セリに呼び止められる。


「ねえ、ディアン様」

「はい?」


 振り返ると彼女は腰に手を当てて、どこかねたような顔をしていた。


「貴方は私をエスコートしてくださらないのかしら?」

「え、あ、しし失礼致しました!どうぞ!」


 慌てて腕を差し出すと、まだ憮然ぶぜんとした表情のまま、セリがぎゅうとしがみついてくる。


「貴方もこういう場は不慣れだし、変に目立ちたくもないでしょうから、余計な真似はしなくていいとは言ったけれど。今日は一応私のパートナーなのだから、最低限は働いてくれないと困るわ」


「も、申し訳ありませ……あの、セリナ様、少々ひっつきすぎじゃありません?」


 姫君がしっかりと抱きついているため、先ほどから柔らかな温もりが伝わってくる。


 具体的に言うと、彼女の大胆なドレスで強調された胸の谷間に、オレの肘ががっちりホールドされていた。

 包み込むような温かさと弾力感に、何故だかみょうに心がもぞもぞする感じがあって非常に落ち着かない。


(おかしいな、これが母上やネレースだったら、おっぱいに触れてもこんな風にそわそわしないのに……)


 これによく似た感覚を、オレは何度か味わっている。彼女のあでやかな寝姿を目にしたときだ。この変な気持ちはいったい何なのだろうか。


「なによ、ポチが逃げ腰だからでしょ!さっきまであんなにウキウキしてたくせに、そんなにも私の相手が嫌なわけ!?」


「ちょ、呼び方!いつもに戻ってるって!」


 そんなオレの胸の内など知らないセリには、どうやら誤解を招く態度に見えたらしい。振りほどかれてなるものかとばかりに、更に抱擁ほうようを強くする。


 ここで「おっぱいが当たってます」なんてストレートに指摘したら、恥ずかしさに逆ギレしたセリから電撃が飛んでくるのは、これまでの経験から目に見えている。


 とはいえ今の動揺しきった頭では、そこで彼女を上手くかわせるような言葉なんて全く思い浮かばない。


「と、とにかく、もうちょっと離れて!」

「離れたら、貴方絶対逃げる気でしょ!」


「姫様」


 大騒ぎするオレたちの様子を見かねて、ずっと無言で後ろに控えていたマーゴットさんが口を挟む。


「そのように暴れて密着なされては、折角のお召し物がシワだらけになってしまいます」


「み……密……っ!?」


 メイドの指摘を受け、ようやくセリも自分がどんな体勢でしがみついているのか理解したようだ。

 オレと腕はからめたまま、そそくさと身体を離して適度な距離を保つ。


「そ、それじゃあ参りましょうか、ディアン様」

「え、ええ、はい」


 何ともいえない微妙な空気の中、今度こそ二人で部屋を出ようとする。


 そんなオレたちを何故か微笑ましく見送りながら、再びマーゴットさんが声をかけてきた。


「わたくしはこちらに待機しておりますので、またお召し物やメイクが乱れるような事がありましたなら、いつでもお戻りくださいませ」

「しないわよっ、そんなこと!」


 ……そんなことってどんなことだろう。




 夜会専用にあつらえたという館の中を、セリと腕を組んで歩く。


 先ほどからの気まずい雰囲気が続く中、どう間を持たそうかとあれこれ考えているうちに、気づけばもうパーティー会場である大広間に到着していた。

 セリを真似て入り口のボーイからウェルカムドリンクを受け取る。

 姫君にうながされるままホールのすみへと移動し、そっとそれを口に運んだ。


「……うえ、なにこれ変わった味。何だかふわふわする」

「あら、貴方お酒は初めて?」


 そうか、これってアルコールか。


「そうですね。故郷だとまだ成人を迎えていませんでしたし」

「ああ、貴方私より年下だったっけ……。だったら無理に飲むこともないわよ。給仕に頼めばお酒が入っていないものを持ってきてくれるわ」


 彼女からすれば単に気をつかっただけなのだろうが、何故だかその時のオレは、子供扱いをされたようで少し面白くなかった。


「平気です。飲み慣れなくて味に驚いただけですから」


 意地を張って再びグラスに口をつける。独特の浮遊感を除けば、甘く爽やかな果実酒の味わいは好ましく思えた。


 その時、会場内に一際ひときわ響き渡る声。


「皆様、本日は我が誕生パーティにご参加くださり、誠に感謝いたします!」


 声の主に目をやると、まるでステージのようにフロアに備え付けられた階段から、本物の金属かと思わせる輝かしい金髪をきらめかせながら、二十代後半くらいの美丈夫びじょうぶが現れた。


「あれが噂のイール様よ。ほんっと見るからに派手な容姿よねぇ」


 本日の主役を横目に眺めながら、セリがそっとささやく。

 そういう彼女も、今の姿は彼の隣に並んでも遜色そんしょくしないくらい、とても華やかだと思うのだが。


 ふと会場内を眺めてみると、誰もかれもまばゆいほどの美しさにあふれていた。


 ……ひょっとしてファウスに浮いた噂がないの、あいつが日頃オシャレに無頓着なのと、この国が全体的に美男美女揃いで、あれでも普通くらいに思われてるからなんじゃないだろうか。


 こんな中に混ざったオレは、まさしく姫君に添え物のパセリなのではという気がしてくる。変装前とはいえマーゴットさんのお墨付きもあるし、ちゃんとオードブルになれていることを祈りたい。


「それじゃあ私は、ちょっとご挨拶に行ってくるわね。貴方はそこで良い子にしてらっしゃいな」

「あ、はい」


 深紅のドレスをたなびかせて、人の輪へと向かっていくセリをそっと見送る。


(……あのドレス、ちょっと背中も開きすぎじゃないかなぁ)


 毎朝のように肌を見られて大騒動しているわりに、こうした社交の場で大胆な衣装をまとうのは構わないというのは、オレにはどうにも理解が出来ない。

 辺りを見る感じ、別段女性は露出が高いドレスが当たり前という事もなさそうだし。女の子というのは本当に不思議なものだ。


 そんなことを思いながら、会場のすみで一人のんびりと飲食を楽しんでいると、視界の端に気になるものが映りそちらに目を向ける。


 アカシャーンだらけのこのパーティーで嫌でも目立つ、故郷で見慣れた薄褐色うすかっしょくの肌。

 二つにわえた桃色のウェーブヘアをふわふわ揺らしながら、歓談にいそししむ少女がいた。


(そういえば、六皇家の末席はロクタームの血が混ざってるとかって、ファウスが言ってたっけ)


 だとすると、おそらく彼女がセリに次ぐ女王継承権二位の娘だ。


「名前なんだっけ。確かベラ、ベラ・ステア……」

「ベラ・ステラリア・サティ・マルシュですわよ、そこの方」

「そうそう、それ。……ってわあっ!?」


 いつの間にか目の前には、不服そうな顔をしたくだんの少女が腰に手を当てて立っていた。


「先ほどからじろじろ見てくるかと思えば、人を目にして悲鳴を上げるなんて。なんですのアナタ、失礼にもほどがありませんかしら?」


「も、申し訳ありません。そばにいらしてたとは気づかなくて」


 慌てて頭を下げたものの、マルシュの姫君は依然として憤懣ふんまんやるかたないといった雰囲気だ。


「流石はエンリートのとも、教育がなってませんわね」


 エンリートとは六皇家第一位の家名、すなわちセリたちの一族の事だ。


 六皇家は女王が選出されると、その一族は『女神アカシュの巫女たる女王の一族』として、次の女王が誕生するまで姓に『アカージャ』を与えられるのだとか。

 前任のオミナ女王崩御ほうぎょ後、女王の座は三年間空席が続いているが、次期女王候補の筆頭が娘のセリだというのもあり、未だエンリート家は『アカージャ』を名乗ることが許されている。


 そんなエンリート家に、そしてその当主たるセリにこの少女がバリバリにライバル意識をいだいているのだろうということは、このわずかな言葉からも感じ取れた。


 ただ、オレ自身の無礼ぶれいはともかく、「流石は」などと言われるほどにエンリート家のひんが悪いような話は聞いていなかったのだが。


「ま、今回は大目に見てさしあげましょう。それよりもワタシ、アナタに尋ねたいことがありますの」

「な、何でございましょうか」


 言葉とは裏腹に、機嫌悪そうにおうぎを開いたり閉じたりしているベラ様を見やりながら、オレは何だか嫌な予感がしていた。


「セリナ王女がカエーヌを見定めたという噂、本当ですの?」


 ほら来た。やっぱりみんなセリのペットのことが気になって仕方ないんだな。


「えっと、生憎あいにくとぼくはまだセリナ様におつかえして日が浅いので、そういう込み入ったお話には詳しくなくて」


 万が一パーティーで誰かにそのことを聞かれたら、こうしてしらを切り通すということで話が決まっていた。

 それにオレがベガンダに来て間もなく、城の事情にうといことについては、嘘は言ってない。うん。


「あら、それなのにわざわざアナタをこんなところまで連れ出したの。随分と王女に気に入られていらっしゃるのね、アナタ」

「セリナ様ではなく魔術師殿に頼まれたのですよ。あの方は本日ナズナ様の御側おそばにいるので、その代わりにと」


「……ああ、ファウス様。ふぅん、なるほどね……」


 事情を聞いた姫君の目が、どこか冷たいものになる。何かファウスに思うところでもあるのだろうか。


「ファウスお兄様がどうかしましたか、ベラ皇女おうじょ?」

「ひゃっ!?」


 不意に飛んできた言葉に、ベラ様がまるで先ほどのオレのように驚きの声を上げる。


 顔を向けるといつも以上にニコニコ笑顔のナズナ姫が、ゆっくりとこちらに近づいてきた。

 逆にそれとは距離を取るように、ベラ様がじわりと後ずさる。


「ナ、ナズナ王女、ごきげんよう」

「こんばんは、ベラ皇女。こうしてお会いするのもお久しぶりですね。最近はちっとも遊びに来てくれなくて、わたし寂しかったんですよ」

「じ、次期女王候補ですものワタシは、圏外のアナタと違って何かと忙しいのですわ。それでは失礼致しますわねっ!」


 さりげなく嫌味を吐き捨てると、ベラ様はふわふわツインテールをひるがえしてそそくさと去って行った。


「……ベラちゃん、最近わたしのこと何だか避けてるみたいなの」


 その背を眺めながら、ナズナ姫が少し寂しそうに口を開く。


「仕方ないよね。来年になれば本格的にお姉様と女王の座を奪い合うんだもん。ライバルの妹と仲良くなんてできないよね」


 そんな彼女に何と声をかければいいのか。

 オレが逡巡しゅんじゅんする間に、こちらに向き直った彼女はもういつもの大輪の花のような笑顔を浮かべていた。


「だからね、騎士様困ってたみたいだから、お邪魔しに来ちゃった。えへへっ。他にも面倒そうな人が来たら、わたしやお姉様がすぐ追い払ってあげるね!」

「……ありがとうございます、ナズナ様」


 あっけらかんとそう言われては、こちらとしては苦笑を浮かべるしかない。


いつわりの身分とはいえ、本当はオレが騎士としてお姫様達を守るべき立場だよなぁ)


 それなのに、そんな彼女たちから逆に気遣きづかわれてしまっているのが、少し情けなかった。

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