中学時代

第1話 こんな世界でも受験勉強

「おい、聞いているのか、桐藤とうどう!!」



 授業中、秋終わりかけの殺風景な外を眺めていると、教壇から鋭い怒声が飛んできた。

 ハッとしてそちらへ向くと、担任でもある数学教師がこちらを睨んでいた。



「…はい。」


「じゃあ、問(13)を解いてみろ!!」



 ボーっとしていたのは自分が悪い。黒板を見ると、いつか見た問題に酷似した問題であった。

 少年――桐藤真也とうどう しんやにとって、受験も間近に控えた今、何度もひたすら問題を解いていれば自然と解き方は覚えることができる。



(ウミは数学は解けないから嫌いだと言ってたが……。)



 すらすらっと黒板に解答を書き終え、これでいいかと教師の方を向く。



「…正解だ、席に戻れ。まったく、お前ももうすぐ受験と卒業だぞ? もっとシャキッとしろシャキッと。」


「すみませんでした…。」



 真也は席に戻ったが、眠気が消えるわけでもなく、何となく物憂げな気分は変わらない。

 そんな様子を教師は呆れながら見ていた。



「まったく……ん?もう時間か。」



 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、しかたなくクラス委員長に号令を命じる。



「起立、気をつけ、礼。」


『ありがとうございました~。』



 次は眠気が襲ってくることで有名な古典の授業なので、休憩からぶっ続けで寝てようかと考えていると、不意に背中をつつかれた。



「…お前、また授業中に意識飛ばしてたろ。」



 悪友であり幼馴染でもある遠山海近とおやま うみちかだった。



「お前に言われたくはないな。それに、相変わらずお前の名前って遠いんだか近いんだか、山なんだか海なんだかわかんねぇよな…」


「うるせぇよ、ほっとけ!! 顔合わすたびにそのネタ引きずんのやめてくれよ。」


「ははっ」



 色々と楽しいヤツではある。



「それはそうとシン、昨日の魔物の事件知ってるか? 」


「あぁ、また禁止区域外で魔物が出たってやつか? これで5件目らしいな……最近は何かと物騒だ。」



 魔物とは、本来の野生動物ではない生物のことを指す。

 発生原因は不明だが、一般的には決まった区域以外には出てこないことが今では常識となっている。しかし最近ではその区域以外で出没し始めていた。噂では、東側が西側にけしかけているのではといったものもある。そんな噂が立つほど東西の間に走る亀裂は深い。



「魔物といえば、シンは高校どうするんだ?」


「そういうお前は…って、特待でもう"中央"に通ってるんだったな、そういや。」


 "中央"とは、国立太政府附属西宮中央高等学校こくりつだじょうふふぞくにしのみやちゅうこうとうがっこうという中高一貫の国立高校の略称である。


「まぁね~。さすがに白帝行くにはこの学校に特待枠無いし、そもそも坊ちゃん学校って性に合わねぇしな。」



 海近は筆記系の成績は悪いものの体育、特に対魔物訓練と対人戦闘においてはどちらも学年、いや、ここ佐伯第七中でトップに君臨する。

 国の中心である西宮の郊外に数多くある中学の中でも割と田舎のほうにある学校なので、皇国全体だと「如何いかに」といった感じではあるが。



「白帝って私立だろ? エリート候補生が多いっていう…。」


「そうそう。授業のカリキュラムとかは多少違う部分もあるみたいだけど国防とは昔から色々と同じようなことをやってるって話もあるしな。」



 そんなことを話していると、後ろから声が割って入った。



「あたしは一工かな~。」



 振り向くと、誰もが納得するほどの活発そうな女子生徒がこちらの話の輪に加わってきた。名前を篠原美織しのはら みおりといい、海近とほぼ同時期の幼馴染のクラスメイトだ。



「わはははっ。お前がそこに受かるわけ…ぐはっ」



 笑う海近に一発。


(うん、今日もいい一撃だ。)



「うるさいなぁ。ま、頭悪いあんたには無理だろうけどねぇ。」



 美織は海近とは対称的に座学が学年トップ、特に工業系は入学以来上位3位から漏れたことがないほど勉学方面に秀でた生徒であった。



「お、お前の方こそ中央の方が向いてるだろ、この暴力女…ガクッ」


「なにを~~~!!」


「お互い様だろ、お前等。」



 毎度のことなのでもう溜息しか出ない真也であったが、そこでふと思い出す。



「そういや美織の家って対魔物装備専門だったな。」


「まぁね~。中央でも良かったんだけどその他の必修科目が余計でねぇ。それよか真也はまだ決めてないの?」


「…いや、決めてはいるけど。」


「どこどこ?」


「こいつと同じ学校の同じコースだ。」



 なかなかいいとこに入ったのか、未だに倒れ伏している海近を指しながら答える。



「えぇ~。真也頭良いのに、勿体無い…。」


「美織と違って、どっちかというと身体を動かす方が性に合ってるし、金もないからな。」


「まぁ確かに。」



 納得顔の美織であるが、すぐに顔は険しくなる。



「でも、だからといって無理はしちゃダメだよ? あのバイトだって…」


「…おい。」


「あ、ごめ…」



 美織はしまったという顔で謝ってくる。

 わざわざ最後に謝るくらいなら気をつけろよなとは思うが、それを全部は口にしない。



「まぁ、他に聞こえてなかったようだし、気をつけてくれ。」


 周りを見渡したが、こちらを伺うような気配はなかった。


「そうだね、気をつけるわ。……あ、今行く~!!」



 そう言ってクラスメイトの女生徒に呼ばれた美織は俺達から離れていった。



(さて、授業始まる前に飲み物でも買ってくるか。海近は起きる気配はないし……。)



 そうして休み時間は過ぎていった。

 ちなみに、真也が教室に帰ってきたときにはすでに海近は元に戻っていた。






 この日の授業も全て終わり、真也は帰り支度を始めていた。他のクラスメイトも、帰り支度を済ませてさっさと帰路に着く者もいれば、図書館へ勉強しに行ったり、友人同士で駄弁る者もいる。



「さて、帰るか…。」



 後ろの席を見ると、海近がまだ幸せそうに眠っている。一応叩き起こしておくことにした。



「あだッ!!」


「ウミ、もう終礼も終わったぞ。」


「ん~~~ッ、よく寝た…。」



 背伸びをしながら欠伸をしている悪友を尻目に教室を出る。



 11月末の世間の中学生の内、国防系や対魔物系の高校を志望する者は既に受験の追い込みモードになっている。

 というのも、それ以外の普通科、工業科などの高校の一般入試は座学試験のみが一月~二月の間に行われるのに対して、国防系・対魔物系の高校は十二月に実技試験があり、その後の一月~二月の間に座学試験があるのである。

 また、実技試験は戦闘系技術、生産系技術の2種類があり、文字通り戦闘系コース志望なら戦闘系の、生産系コース志望なら生産系の実技試験を受けることとなる。

 ちなみに、真也の受験する国立皇都国防高校には他の国防系高校とは異なり普通科も存在するが、そちらは財界や政界の子息、いわゆるボンボンが志望するのが定例だ。



(…そういや、今の貴族家にも何人か同世代がいたって噂があったな。)



 現在の大和帝皇国は、皇族の姫である"すめらぎ"をトップとしその下に31家もの貴族家が存在している。



 上位の貴族家は一般人には一生会うことすら困難と言われてる。


「まぁ俺にはどうでもいいことか。」


 そんなことを考えていると後ろから真也を呼び止める声があった。


「おーい、シン!! ちょっと待てよー!!」


「…なんだウミ、なんか用か?」


「おう!! 今から闘技場に行かね?」



 闘技場とは,学内にある格闘訓練専用の建物のことで,何世紀の前の体育館と同様の広さがあるが,その耐久度は倍以上のものとなっている。



「今からか…。」


「だってよー、お前来月には実技あるじゃん? それに向けての対策だと思ってさ?」


「…とか言って、お前ただ単に暇なだけだろ。俺は座学の勉強もあるってのに…。」


「ま、まぁ息抜きに、な?」


「まぁいいが…。」



 仕方なくはあるが、海近の言うこともまぁ一理あるし、とそのまま闘技場へと足を運んだ。




 ――対人近接格闘訓練。

 中学では体育との選択で受けることができる格闘訓練の科目の中の一項目であり、公式には武器の有無、種類などは非殺傷である限り自由の、とりあえず相手を降参させれば勝ちという至極簡単な訓練科目である。ただし、それは「授業中は」の話であり、それ以外のときではお互いが決めたルール内で自由に行われている。そのために怪我人が絶えないのもまた事実である。

 そんなこんなで真也と海近は闘技場で相対していた。2人とも制服の上着を脱いで壁際に置いてある鞄の上へ放ってある。



「おい、遠山先輩と桐藤先輩が今から対人するってマジ?」


「みたいだぜ? ほら。」



 この闘技場、1階の闘技スペースの上は吹き抜けとなっていて,2階は観覧席となっている。そこにはまだ学校に残っている生徒がどこからか聞いたのか、真也と海近の勝負を知って学年関係無しに集まってきたのであった。



「うっし、じゃ始めっか。」



 海近は手をゴキゴキと鳴らして戦闘態勢に入っている。



「あのなぁ、人が集まってきてやりにくいことこの上ないんだが…。」



 チラッと見やると、割と人数が集まっていた。



「はぁ……。」


「まぁ、しゃあないじゃん? 対人成績学内1位と2位の訓練なんてそうそう見れないんだろうし。」


「流石は1位様、人目も気にならんようで…。」


「言ってろ。今度こそ、その化けの皮を剥がしてやる!」



 これ以上海近に何を言っても無駄なのは、腐れ縁なのだ、嫌でも分かってしまう。



「んで? ルールはいつもの…?」


「うぃ、武器はこの中から何でもあり、使わなくてもOK、あとは公式訓練通り。んで腕章を奪った方が勝ち。」



 真也と海近の周りには木刀、木剣、杖、木楯、木銃、メリケンサック、木製の三節棍など多種多様な近接格闘訓練用の武器が2人を囲うように壁に掛かっている。

 そして2人の左腕には腕章が取り付けてあった。要は、とりあえず相手の腕章をどうにかして奪えば勝ちというものである。



「そいじゃ……スタート!!」



 バッと2人はそれぞれの獲物を求めて、武器目掛けて走り出した。そして、武器を取った直後に、お互いが相手のいる方向へと向き合い、更に一瞬で間合いを詰める。


ガキィッ!!



「…やっぱり、シンは最初はそれからだよなぁ。」


「そういうお前こそッ。」



 真也は杖を海近の鳩尾目掛けて右前中段で突いていたが、それを海近は右手の丸楯で防いでいる。



「シッ!!!!」



すぐさま多段突きで楯の隙間を突いたり、ところどころで薙ぎ払いや打ち込みも混ぜたりと猛攻を繰り広げてはいるが、海近もそれを全て避けるか楯で防いでしまう。



「なんつーか、すげぇ…。」


「ただの打ち合いなのに、俺には攻撃も防御も真似できそうにねぇ。」


「あれが3年の1位と2位の勝負なのね…。」


「あの2人、ほとんど大差ないんじゃないの?」


『キャー!! 遠山先輩ーー!!』



 観覧席では主に2人の勝負を見る機会がない後輩達が(一部を除き)男女関係なしに口々に2人の戦いについて各々の感想を言いあっていたが、等の本人達には届いていない。

 ちなみに、海近は校内でそれなりに人気があり、女子生徒の特に後輩からは絶大な人気を誇る一方で、雰囲気が若干ネクラ気味で他人との関わりノーサンキューな真也は、嫌われこそないものの、人気とも遠いというのがこの学校での評価である。

 しかし、顔はそこそこにいい上、関わりを持ってみるとそこまで悪いやつではないというので、一部隠れファンがいるのであるが、それは本人が知るには至っていない。



「オラァッ!!」



 海近は真也の猛攻のスキをついて裏に入り、杖の突きを丸楯で牽制しつつ,左手で殴りかかる。だが、真也もそれに反応して杖を海近の左腕に沿え、そのまま海近の左手をいなしながらその拳に杖を引っ掛けて、海近の殴りかかる勢いを利用し身体を崩させようとした。



「…!!」



 負けじと海近も身体をひねって右手の丸楯ごと裏拳打を打ち込む。



「チィッ!!」



 仕方無しに背中合わせになるようにして海近の腕の可動域の死角に入り込み、裏拳打の威力を殺したが、



「あいよっと!!」


「ぐはッ!!」


(くっそ、いってぇ…。)



 そのスキに海近は真也に引っ掛けられていた左手を素早く引っ込め、その背中に蹴りを入れながら真也との距離を離す。



「いや~、危ない危ない。危うく体を崩されちまうとこだったぜ。」


「よく言うよ。あんな中途半端な体勢から反撃されんのお前ぐらいだわ。」



 心底苦々しく言ってやるが、海近は気にした風でもなくただ笑っている。



「さて、準備運動は終わりかな。」



 海近は丸楯を捨て、距離を取る時に拾っていたのかメリケンサックを手に嵌めている。

 俺も近くに落ちていた木刀を手に取った。



「おっ? お互いに慣れた武器同士で勝負だな。」


「まぁ、一番慣れてるのっていえばこれかなぁ…。」



 ブンッと一払いし、海近を見据える。



「それじゃ……行くぜ!!」



 そう聞こえた瞬間、海近の姿が一瞬消えた。

 急いで気配を探ると後ろから微量ながら殺気を感じた。

 振り向くと、海近が拳を突き出す直前であった。



「ふッ!!」



 だが、真也は木刀を一閃する。


ガキィッ!!


 ぶつかり合った武器同士、そのまま押し合いにはならず、互いにすぐさま連続的な攻撃が始まる。



「オラオラオラオラァ!!」


「……ッ!!」



 メリケンサックと木刀が交錯しぶつかり合う、まさにけんけんの猛攻。相手のスキをついての攻撃、時には蹴り、打ち合い、防御と激しい攻防が繰り広げられている。



「シッ!!」


「フッッ!!」



 近づいて拳打を与えようとする海近に、真也は逆袈裟切りを仕掛けるが剣先ギリギリで避けられる。そんな感じで攻防が続く最中、



「おろっ!?」



 海近がよろけた。そのスキを逃すほど真也は甘くはない。



 よしっ、もらった!!



 木刀で海近の拳を弾き飛ばし、おもいっきり脳天に打ち込んだ。




※※※※




 魔素が発生してから早400年、世界の異変は何も電子機器や現代兵器への影響や魔物の発生だけではない。むしろそのような大変化の中、どうして人間という存在がそのままでいられようか…。


バキッ!!


 静寂。

 観覧席の生徒も静まり返っている中、最初に口を開いたのは海近であった。



「…"炭素装甲カルボニオ・アルマトラ"!!」



 頭を守るようにして上げた腕は墨のように黒くなっており、一方で俺の振るった木刀はぶつかった箇所から先は折れてかなり遠い場所に落ちていた。


この世界に混沌の50年をもたらした原因とも言える「異能」や「魔法」を人間が使えるようになったのだ。



(相変わらず、こと近接訓練戦ではやっかいな…)


「ぅおおぉぉいシン!! 今、割と殺す気で打ち込んできやがったな?!」



 あの気迫あるぶつかり合いはなんだったのか、勝負は一時中断となり、一気にいつもの2人に戻る。



「いや、どうせそれ使ってくるだろうから、それをも砕くつもりでいったんだが…。」


「なおのこと悪いわッ!!」



とそのとき、



「オラァァ!! お前ら何をしとるかァッ!!」



 生活指導の教師が闘技場に入ってきた。2階の生徒達は「ヤベッ」と蜘蛛の子を散らすように撤退を始めた。



「ん? 何って訓練ですが? ちゃんと許可もとって…。」


「そんな話は全く知らんぞ?」


「え…?」



 実はこの闘技場、訓練用の武器が色々と置いてあるので防犯面のため、無許可利用の場合、生活指導室へ直行なのであった。


(まさか…)


 海近の方を見ると顔にいっぱいの汗を浮かべており、こちらの視線に気付いたのか一言、



「…てへぺろ?」


「海近テメェッ!!」



 いつも授業のみでしか使っていなかった上、この勝負は海近の単なる思いつきであったため、恐らくそのことを忘れていたのが原因であろう。が、教師はそんなことを知る由もない。



「とりあえずお前らは指導室へ来い。……あ~ぁ~、木刀も一振り折っちまいやがって…。」



 結局、海近のミスと主張したが認めてもらえず、だが海近は国防高校への推薦が決まっていたのもあって、学校側の信用を落とさないために結局2人は反省文のみで指導室から釈放された。

 ちなみに、この真也と海近の勝負は引き分け……というよりも無効となったが、見物をしていた訓練授業選択の男子生徒達は皆その日から以前よりも授業に対する熱意が上がったらしい。



…理不尽だ。

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