第4話 魔物掃討作戦

 森に入り、うっそうと生い茂る木々の中を物ともせずに進む真也と海近。

 ただでさえ冬の寒空の下で、時刻は夜中の10時。

 加えて視界も利き辛い中での魔物の討伐作戦である。



「ここはもう先に入った奴等に狩られてるな。」


「だな。」


 星の光と己の感覚を頼りに周囲を索敵しながらしゃべる。

 海近は手の甲・拳が武装されている厚手のグローブを両手に嵌めている。

 一方で真也は腰のベルトに鞘付きの刀をぶら下げ、そのベルトに付いているホルスターには二丁のハンドガンが収まっている。



「もうちょいと奥に入らないといかんかねぇ…。」


「まだ森に入って数分だぞ? 作戦が始まって間もないとはいえ、参加者も多いんだろ。」



 個人での討伐依頼ではなく、国を挙げた作戦であるため、一般の退魔士のみならず野良も多いと考えた。

 実際、退魔士からすれば大人数で行うことによる安全性に加えて普段よりも高収入であることからこの手の作戦の参加者は意外と多かったりする。 



「まぁ、"黒の森"は広いから…ん?」



 先を歩いていた海近が茂みに身を隠すように屈み、こちらに手招きをしてくる。



「どうした?」


「数6、タイプは多分…獣型"ウルフ"だと思う。」



 真也も茂みに近づき、海近の後ろから見てみると、木々が少し開けたところに確かに狼のような魔物がいた。



「魔物の中では比較的雑魚だし、一気に片付けるか。」


「了解。」



 真也と海近は各々の武器《えもの》に手をかけ、木の陰から一気に魔物目掛けて飛び出した。



 …!!



 流石に聴覚・嗅覚両方ともに優れる狼の魔物達は、己の命を奪わんとする襲撃者達に気付き、すぐに攻撃態勢に移る…が、振るわれるのは刹那の一閃だ。その一閃ですでに近くのウルフ1匹が息絶える。



「よっと!!」



 背後から襲い掛かってくる気配を感じたので、半歩横にズレて膝の力を軽く。

 体を落として避けたところに飛び掛ってくる魔物をその勢いのまま切り捨てた。

 すぐさま近くの魔物を切り刻むために力強く地面を蹴り出す。



 キャォン…



 その間2.5秒。刹那、一瞬とはいかないまでも、真也は全て一撃で魔物を仕留めていた。



「あぁ、くそッ。シンに一匹盗られたぜ…。」


「まぁ、リーチの差と位置の問題だろ。」



 海近の方も同時に魔物を仕留め終えていた。

 海近の仕留めた2匹は、地面から生えた土の槍に貫かれて絶命しており、辺りに充満する鉄臭い血の臭いに二人は顔をしかめた。



「しっかしまぁ、この程度の魔物くらいしか出ないならこのバイトは楽でいいんだがなぁ…。」



 地面から生える"土の棘"がただの土に戻り、地面には魔物の血が広がる。



「んなこと言ってて、油断して死なないようにな。」



 真也は刀身についた血を振り払って納刀、周囲の警戒を怠らずに海近の無駄口に返した。


 その後、しばらく森を進んでいくが一向に魔物とは遭遇せず、他の退魔師の姿も見当たらない。

 いくら警戒しても戦闘のせの字も見えてこない現状に暇になったのか、海近は学校からの帰宅後に家で聞かされたことを真也に話す。



「そういやシン、今日の昼の進路の話でふと思い出したんだが、今年の"中央"は荒れそうだぜ?」


「ん? それはどういうことだ?」


「いや、爺ちゃんから聞いたんだけどさ。貴族家に俺らと同年代がいるって噂あるじゃん? あれってマジでらしいんだわ。」


 確かに噂では真也と同年代の貴族は何人かいる。



「で、その中でも同い年の奴が来年度入学の新入生として"中央"に入学するらしいんだとよ。」


「へぇ…。」



 真也の方は周囲を警戒しながら海近の話を聞いていたので、薄いリアクションであった。



「あり? あんまり驚かないのな。」


「んにゃ。まぁ、受けるのかなぁくらいは思ってたから意外ではなかったかな。」


「なんだ、面白くね。」


「なんだそりゃ。」


「あ、じゃあこれは知ってるか?」



 ふともう一つの情報を思い出し、海近は声のトーンを落としてこう言った。



「その新入生の一人は五神将って噂。」


「は?」



 流石の真也も、貴族家の同い年がよりにもよって五神将の一人であるとは夢にも思っていなかった。

 何故なら五神将は政治の舞台の、しかもトップに近い役職であり、世間一般的な話だと若くても20代後半くらいの年という話だったのだ。



「その情報ガセじゃないのか?」


「んにゃ、これは爺ちゃんからのガチな方の情報だから。」


「あ~、ってことはマジなのか……。」



 海近の家、"遠山"は一般的な裏組織が表向き(というのも変だが)で、実際のところはかなり貴族家と繋がりのある武家の一つで、しかも、真也の知る限りでは現当主の真剣な話に出る情報は今まで全てが真実であった。



「なんだ? あんま嬉しそうじゃないな?」



 海近がこちらの反応を見てそう返してくる。



「いや、貴族っていうものはどうも面倒だからなぁ。」


「まぁ、言わんとすることは分からなくもないが、表向きはお取潰しになるほど腐敗した貴族家はまだないらしいぜ? すげぇよな。」



 世間的に一部否定派はいるものの、現状今の貴族家が何かしら不祥事を起こしたと聞くことはない。寧ろ、一般人には広く受け入れられているようである。



「表向き、な? そもそも不祥事すら完全に隠蔽できそうなのが貴族の権力ってやつじゃねぇか。」


「その辺はうちも警戒はしてるけどな。」



 真也は貴族家というものにいい印象は持っていないが、それは真也だけに言えたことではない。

 そもそも、年功序列であった昔と違って純粋に力・能力が全てと成り果てたこの世界で、魔物討伐でさえ最前線に出向くことなどない(出向くのは最高でも貴族家の家臣達である)のに上から指示を出すことしかない貴族家には、最前線で戦う者にとっては決して信用できるものではないのだ。



「今の五神将って何家どこから出てるんだっけか?」


「え~と、確か北山、西条、南澤、あとは中村か。……そういや、 "五"神将なのに4人しかいないのはおかしくないか?」



「確か三東家からはまだ選ばれてないって聞いたな。」


「そっか、その辺は真也の方が詳しいか。 真也の後見人は貴族の親戚だろ?」



 そう、親と呼べるものがいない真也の後見人である桐藤和也はとある貴族の親戚筋なのである。



「といっても遠縁だけどな。ただ、和也おじさんの苦労を知ってると、どうもね。」



 真也の後見人である桐藤和也は、東の3家の1つ、東郷家の遠縁に当たる。



「とまぁ、話の本筋から逸れちまったが、もしかしたら五神将にお近づきになれるかもな。」


「冗談はよせ。 貴族なんてただ面倒なだけだ。」



 実際にそう思う。



「まぁ正直言って、遠山家のお前はともかく、貴族の遠縁とはいいつつ結局のところ一般庶民と変わらない俺にとっては関係ないことだな。御上おかみの言われたことに従うしかねぇんだから。」


「貴族家と繋がりがあるって言ってもそれはあくまで当主である爺ちゃんと次期当主の親父だけで、俺はお前と同じようなもんだ。」


「今は、な…。」



 遠山家次期当主、遠山狼雅には一人息子――海近しかいない。それはすなわち、このまま行けば海近が遠山家の当主になることに他ならず、いずれ嫌でも貴族家とは縁が結ばれてしまう。



「ま、まだまだ先の話ってわけ……ほいっと。」



 出会い頭に現れたゴブリンを、仲間を呼ばれる前に海近が殴って沈めた。



「それよか、今は為すべきことを為せってね。」


「そうさ、なっ!」



 逆方向からはコボルトが数匹、しかし真也が抜刀と振り下ろし、袈裟切で始末する。



ドックン


「……ッ!?」


(今何か…?)



 海近がここから先の様子に違和感を覚えてこちらを向く。



「この先にいるな。ウミも、っていうことは魔物がいるのは確実なようだが……。」


「ん? どうした?」



 海近は退魔師を率いる家の都合上、魔物の気配には敏感になるよう修練を積むという。そのため、魔物に対する気配に対してのみ人並み以上に気配を感じ取ることができる。

 一方で、真也の方はいうなれば闘気、殺気の類に関する気配察知が得意であり、この先の「戦闘」の気配を察したのであるが…



「人と魔物が戦闘中なんだよな……。しかも人側劣勢。」


「は? でもバッジに反応ねぇぞ?」


「ということは、だ。亡者の類の魔物と魔物同士が戦闘になることはないわけで……。」


「この魔物の気配はさっきのワンころ達よりちょい上くらいなんだぜ? つまりは"能無し"ってわけか、クソッタレ!!」



 "能無し"というのは、聖協会の庇護下にない、つまりは無許可の退魔師の蔑称のことである。



「どうするシン?」


「どうするも何も、いくら"能無し"とはいえ同じ人間だ。ましてや見逃すとなるとこっちが罰を受けることになる。」


「それはそれがバレた場合だろ? あ~ぁ、そういうんだから"能無し"は反省しないし全く減らないんだよ…。」


「まぁそれはそうだな。」


「だろ? いっつも尻拭いは俺らの役目だ。」



 やれやれとお互いにため息をつく。



「さて、じゃあ魔物討伐ついでに説教しにいきますか。」


「だな。」



 真也と海近は地を蹴った。





※※※※





 真也達が戦闘の気配を察知する数十分くらい前のこと。

 男は自分の仲間達と依頼主数人と共に、一般人立ち入り禁止とされている場所、黒の森に入りそして迷っていた。



「お、おい、本当にこっちであってんのか?」



 男のグループに依頼をした裏商人の1人が男に向かってそう尋ねた。



「チッ…。ちぃと黙って歩け!!」


「な!?」


「こいつの言うとおりだ。普通の退魔士でさえ、ここは気配を殺して探索するんだ。おめぇらみたいな弱っちぃのを連れて歩くだけでも無理あるのに、そこで騒がれたらこっちはやってらんねぇな。」


「あぁ、最悪は自己責任ってことでお前を囮にして逃げるぞ。」



 そう言われては裏商人も黙ってこくこくと首を立てに振るしかない。

 彼ら裏商人の目的は黒の森に眠ると噂される秘宝や、実際にあるものだと珍しい資材の数々にある。だが、その扱いは原則国が管理しているため、裏で取り扱うには自分達の手で秘密裏に取りに行くか、非公認の退魔士に売られたものを買い取るかしか方法は無い。

 一方で男含めた男達は非公認の退魔士であり、彼らは依頼主の支払う報酬と何か発見できればその一部をもらうという契約で雇われた者達だった。

 彼らが森に入って数時間、幸いにも魔物や別の退魔士とは遭遇せず、しかし何も発見できてはいなかった。



「…しっかし、進めど進めど右も左も木、木、木…だな。魔物もいねぇみてぇだしよぉ。」


「禁止区域ってのは退魔士ですら立ち入りが制限されるほどの場所って聞いてたのに拍子抜けですぜ。」



 仲間達の気が抜け始めてはいるが、男だけは一瞬の気も緩めることは無かった。

 …だからであろう、男だけがソレに気付き避けることができた。



「へ?」



 この森を拍子抜けと言った男は何が起こったかが分からないといった表情をしているが、その上半身と下半分はすでに一つではない。

 血飛沫が舞う。



「ヒィッ!!!!!」


「アッ、ちょっ待てッ!!!」



 高速移動が自慢の退魔士が我先にと逃げ出していったが、ソレは退魔士の逃げた方向を向くと、他の退魔士や裏商人には目もくれず追いかけていった。



「お、おい!! 今のうちに逃げるぞッ!!」



 男達は急いで、逃げた退魔士とソレが向かった方向とは反対方向に走り出した。

 その数秒後、森には一人の男の断末魔が響き渡った。





※※※※





「「…ッ!!」」



 悲鳴が上がった方角へと向かっているが、それと同時に血の臭いと魔素の濃さが酷くなってくる。



「(おい、シン!! あれを見ろ!!)」



 海近が指し示す方向には一体の魔物がおり、元は人間であっただろう肉塊を貪っているところであった。



(あれって、……ミノタウロスか?!)



 ミノタウロス。

 顔が雄牛、体が人型の姿をした魔物でランクはC級相当である。


 一般的に、魔物のランクは下はF級から上はSSS級まで格付けされている(現在確認されているSSS級の魔物である麒麟、玄武、白虎、朱雀、青龍が基準となる)が、それは平均的な能力の退魔士が1対1で討伐できるという基準の下成り立つ。

 余談になるが、退魔士の資格は下がFランクと、魔物の級と同じとなるが、上はSランク止まりとなる。その理由は、退魔士1人で討伐できない魔物もいるからだ。その場合はパーティを組んで討伐が行われることになる。


 話を元に戻すと、ミノタウロス自体の強さは先も述べたとおりC級相当である。


 が、それは、"魔物としての力量がCランクの退魔士の能力と同等"ということであって、その環境、使用する武具、能力、そして状況によって、一概に「C級退魔士であれば楽勝で倒せる」とは限らない。


 ここは"黒の森"。

 運の悪いことに、本来C級の魔物であるはずのミノタウロスが唯一"B+"相当足りえる環境であった。

 さらに……



「おい海、ミノタウロスって確か」


「あぁ、"物理攻撃がほとんど通らない"。」



 ミノタウロスの持つその体は、切る、突く、殴る、蹴るなどの物理攻撃が通りづらいという性質を持つため、魔法系の攻撃や属性付与された武器で討伐するのが一般的である。



「今の俺達にゃ、荷が重い。」


「だな。奴に見つかって"ラビリンス"に捕まる前にここから離脱するぞ。」


 ミノタウロスの固有能力"ラビリンス"は、入り組んで視界の開けていないフィールドで目をつけた対象をゾーン内に引きこむことができる、発動条件が環境に限定された能力であり、特に迷い込んだことにすら気付かない事も多々ある。そうした場合、特に退魔士ランクが低いもの達は生きて戻ってこれることはない。

 だが幸いにも、ミノタウロスは食事に夢中でこちらには気付かず、真也たちは難なく森から離脱することができた。






※※※※






 「ふむ……。」



 先刻、森から帰還した真也達の報告を受けた討伐隊の本陣は急いでランクBとCの精鋭部隊を森に送ったところである。



 「どうかしましたか老子?」



 本陣で討伐隊を見送った陰政が右京の様子を見て尋ねた。



 「先日のオルトロスに、今回のミノタウロス……いよいよきな臭くなってきたのぉ。」


 「まぁ確かに続けてランクC以上の魔物ですからね。しかも今回は"愚者"達とはいえ死人が出ている。」 



 "愚者"とは、聖協会に属さず,それでいてリスクを省みずに仕事をした結果死んだ者達を指す言葉である。



 「これは、ランクA以上にも出張ってもらわんといかんかもの。」


 数刻の後、目的地に着いたと先に突入した精鋭部隊から連絡が入ったが、そこに残っていたのは食い散らかされた死体ばかりで、ミノタウロスの姿どころか気配も確認できなかったという。

 結局この魔物討伐作戦初日はこうして何ともいえない結果で幕を閉じた。

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