第3話 "バイト"
自宅に帰った真也は、脱いだブレザーと共に鞄を放り投げて、ベッドに身を投げた。
真也は現在ボロいアパートで一人暮らしをしており、生活費等は全てアルバイトで稼いだもので回している。
学生のアルバイトは、学校側が掲示板に依頼として掲示され、それを受諾して行うのがこの時勢の一般である。中学生に出される依頼は探し物やちょっとしたお手伝いというのが普通だ。
話を元に戻すが、アルバイトで生活費を稼ぎ一人暮らしをしている中学生などそうそういない。
「(和也おじさんからは度々援助の申し出を受けているわけだが……。)」
真也の後見人となる桐藤和也は直接的には貴族ではないもののその遠縁にあたるため、"とある理由"からあまり恩を受けたくない。たとえそれが無償の家族愛であったとしても。
「ん…?」
携帯にメールが届いていることに気付く。
「誰から…って、あぁ、"仕事"か。」
――『"本社"より"社員"に通達。"教会"より"裏庭"の"掃除"を引き受けた。本日2200に"本社"集合、移動用のバスに乗り、2300に到着後ただちに"掃除"を開始する。』
一見夜間清掃の業務連絡であるが、これはカモフラージュされた文章であった。意訳すると次のような意味になる。
"おい、野郎共!!、退魔聖協会、要は国から禁止区域の魔物掃討作戦のお触れが出たから22時に集合しろ!! バスで禁止区域近くまで移動すっから、23時から掃討を始めるぞ!!"
「今は6時か。一眠りしよ…ぅ…」
まだ時間はあったのでアラームを設定して、"バイト"の支度をする時間まで眠る事にした。
………
……
…
あれはいつの日のことだったか。
中学に入ってから急に時間の流れが速くなったように感じるのは誰しもが感じたことのある感覚であろう。
それを考えると幼少期に起きた出来事でも遥か彼方の出来事のように感じてしまうのも不思議ではない。
――その日、俺は初めて"死"と出会った。
いや、正確には「己に死をもたらしうる者」と言うべきか。
見た目はドス黒いオーラに覆われた魔物のようなものであったが、今でもあれがなんだったのかが分からない。
ただ、自分を当時養っていた貴族家の家族全員が、俺の背後を見て恐怖し、何かあるのだろうかと振り返ったときに「そいつ」を見た。そして気を失ってしまったのだ。
それから後の記憶は曖昧で、気付いたときには周り一面が血の海になっており、鼻腔を鉄の臭いがくすぐっていたことだけは覚えている。
それからその日の記憶は日が経つごとに薄れていってしまい、結局魔物の正体も分からずじまい、はっきりしているのが現養父母である桐藤夫婦に引き取られた日の記憶からであった。
一方で当時の俺は"死"に対して恐怖はあれども特に憎悪を抱いてはいない。
それを普通の人に言ってしまうと、「なぜ? 親達を殺されているのに?」と返されるだろう。言っておくが俺は殺された者達が少なくとも「愛を以て自分に接してくれた人達」であれば、憎悪も抱いていたことであろう。
しかし、7歳にも満たない頃から修行と称して蔑まれ、暴力を振るわれ、魔獣の闊歩する危険地帯に幾度も放り込まれる。時には魔法の練習と称して一方的にそこの子息達に魔法を当てられる。そんな奴等にどうして情をかけることができようか、いやかけるはずがない。
そうして俺は、英才教育を受けている同年代を除いて、一般人としては平均以上の身体能力と、もしかしたら本来持つことのなかったかもしれない様々な"縁"を手に入れて今に至る。
………
……
…
ピピピピ!!
「っん……9時、時間か。」
およそ3時間の仮眠から目覚めた真也は、重たい目蓋を無理やり広げて現在の時間を確認する。
寝ている間に悪夢を見た気がするが、内容はおぼろげであった。
「チッ、どうせまたあの夢なんだろうが……。」
悪態をつきながら起き上がって一度背伸びをすると、一瞬クラりと眩暈を覚えるがすぐさま頭を覚醒させて欠伸をしながら冷蔵庫まで歩いていく。
「あー、そういや食うモンが何もねぇ。」
冷蔵庫の中には、すぐに食べられるものが無かった。討伐を前にして腹が減っている状態はとてもマズいといえる。
「準備して出るか…。」
真也は仕方なく道中のコンビ二で買っていく事に決め、素早く装備を整えてボロい借家を出た。
「ありャッとござッしたぁーー!! またッこしださィあせェーー!!」
……。
物凄く大きな声で挨拶をする店員がいるコンビニで握り飯を数個買い、目的地を目指す真也は時間惜しさに歩き食いしながら真夜中の道を進んでいた。
現在の真也は、ダークスーツの上から黒のコートを羽織り、靴は黒いブーツという不審者さながらまるで鴉のような姿であった。また、肩には筒状のケースを負っており、もしこの場に警官がいたら間違いなく職質必須の格好である。
さて。久々の掃討作戦だが、原因は昨日のアレか…?
もちろん、禁止区域外に出現した魔物事件のことである。
禁止区域とは、日本列島の各地に存在する魔物の巣窟を示す総称であり、読んで字の如く「一般人の立ち入りが禁止されているエリア」である。皇国に存在する指定禁止区域は、
――皇都から北方に位置する広大な"黒の森"中国山地
――山陰地方の"砂塵郷"鳥取砂丘、"陸の内海"宍道湖
――九州地方の"灰雪の火山"桜島、"南の神島"屋久島
――四国地方の"黄泉の渦"鳴門海峡、"南のカルスト"天狗高原
――近畿地方の"魔大湖"琵琶湖"孤島"淡路島
これらの合計十一箇所であり、それぞれ年に幾度かの魔物掃討作戦が政府指導の元行われている。
そして真也が今向かっているのは皇都北方、中国山地の一角に広がる通称"黒の森"だ。
"黒の森"は特に皇都に近いというのもあって、政府の部隊や退魔士の組織、フリーの退魔士などによる魔物討伐が他の禁止区域よりも多く行われている。
禁止区域なのに人が立ち入ってもいいのか、という疑問があるだろうが、それは彼等が異常魔力に耐性があるためだ。
異常魔力の耐性はまず魔力もしくは異能を持っている人間ならば誰でも持っている耐性だが、まれにそうでない人間が入りこみ、魔物化してしまうこともある。
禁止区域には危険な魔物がうようよと存在しているのは常識であるが、それと同じくらい財宝や価値あるものが眠っていると言われており、異常魔力の耐性が無い人間や異常魔力に耐性はあっても弱い者が秘密裏に禁止区域に入り込み二度と戻ってこなかったという話は多い。
また、それに比例して侵入したと思われる人間が魔物化してしまうという事例も後を絶たないのである。ちなみにどの国の禁止区域からも、財宝といえる代物は本当に未だ発見されておらず、見つかるのは魔物のみである。
「あ、ここか。」
歩くこと約30分、真也が辿り着いたのは物凄く古風な造りのお屋敷、その門前である。
――"遠山"
そう、海近の実家である。
真也は門の前に立っている同じくダークスーツを着たガタイのいい強面の男に近づく。
「!! お待ちしておりました、桐藤の兄貴!!」
門番の男は、真也を視認するや否や、頭をバッと下げてお辞儀をした。それを真也は嫌そうにしながら見る。
「…兄貴はやめてくれって言ったよな?」
「いえ!! 兄貴は兄貴ですんで!!」
この男は聞く気は無いようだ。
「…はぁ、なんかもういいや…。で、入っていいの?」
「へい!! 中で頭と若がお待ちしております!!」
「分かった。他の人達はもう中に?」
「へい!! うちの
「じゃ、急がねぇといけねぇな。」
真也は門番に門の内側へと通してもらい、案内人の、これまたダークスーツの男に屋敷の中に案内された。
「こちらにございます。」
屋敷の奥の部屋の襖が開かれる。そこは和室の大広間であり、いくらかの割合で女性も混じって、強面の男達がずらりと並んで座っていた。襖が開かれる音に反応したのか、一斉に中の者達の視線が真也の方へと向く。中には少しばかり殺気立っている。
殺気を飛ばしてくるヤツは……あぁ、やっぱり新顔、だよなぁ。
真也はフゥっと息をついて、冷たく鋭く刃物のように研ぎ澄ました意識を部屋全体に飛ばした。その瞬間、
『……ッ!!』
座っていた室内の者達全員に何か冷たいものが走った。
これを良く知る者は真也の殺気が以前会ったときよりもさらに恐ろしいものになったと感じ、少し知っている者は相変わらずの恐ろしさに畏怖の念を抱き、初めての者は恐怖に歪んだ表情を浮かべ、最悪の場合は気絶、失禁する者までいた。
「おーィおィ…相変わらずの強い殺気を放ちやがって。てめぇは戦の前に大事な戦力削る気か、えぇ?」
この部屋の一番奥、真也の殺気を物ともしない老齢の男が、真也を見据えて低く、しかし室内に響き渡る声で言った。
真也は肩膝を折り、右手を胸前に掲げて頭を下げる。
「いえ。私には彼の方等に危害を加える気は一切もございません。これはあくまで分弁の儀でございます、
そう。今、真也が退治している相手は現遠山家当主・遠山厳造、海近も祖父に当たる。
「ハッ!! 馬鹿言ぇ、あんな殺気飛ばす
「今ここに。」
眉を潜める厳造。
分弁の儀とは、文字通り「分を弁える・弁えさせる」やりとりのことで、本来ならば喧嘩など相手と戦って決着をつけるが、急を要する場合且つ相手が格下と分かっている場合には「殺気を飛ばす」だけでも良しとされるこの遠山家の暗黙の了解の一つである。その殺気は上下が軽く分からせる程度であれば、相手を気絶させるほどの殺気を放つ必要はない。
「小僧……テメェ…」
厳造の眼力に殺気が宿り、その圧力も少しばかり強くなる。周りの者達も、これはヤバイと肌で感じ取るが、
「クックッ……ワッハッハッ!! そうかそうか!!」
厳造は周りの皆の不安をよそに、あろうことか笑い出したのである。
「ガキがァ、
「これも当主様のおかげかと。」
「フンッ、皮肉もまたえらく上手くなりやがって。」
「当主様こそ、そろそろ齢70のご老体。家督を
「あぁん!? 俺はまだ現役だっての。」
真也と厳造の間にバチバチと火花が散る。
「あ、あの~…、シン? 爺ちゃん? そろそろその辺にしとかね?」
2人が声のした方を見ると、そこには海近と眉間を押さえているインテリ系な中年男性が立っていた。
「ご無沙汰しております、狼雅小父様。」
真也は海近の隣に立っている男性、遠山家次期当主であり海近の父である
「ん? あぁ、うん。君がうちの手伝いをしてくれて助かってるよ……助かってはいるんだけども…。」
溜息交じりで室内を見渡す。未だ数人の男女が気絶したままだ。
「これから討伐任務なのになぁ……。」
「……すんません。」
もう一度眉間を押さえ盛大に溜息をつく狼雅。
厳造には面と向かって対峙できる真也も、かなり色々とお世話になった…いや現在進行形でなっている狼雅には頭が上がらない。それが人情というものである。
もう一度、ぐるりと室内を見渡した狼雅は眼つきを変え、次期当主相応の貫禄をまとい、未だ軽い混乱の中にある室内を一括する。
「おい、てめぇ等!! ぼさっとしてないで早く気絶してる奴を起こせ!! どうせ伸びてる奴ァ、
その声に室内の空気はしゃきっとしたものとなり、統制が取れていく。ものの数十秒で全員が次期当主の次の言葉を待つ姿勢になった。
「よし。テメェら、行くぞ!!」
『応ッ!!』
バッと室内の者達がぞろぞろと部屋から出て行き、後に残ったのは、真也、海近、狼雅、厳造とその上位幹部数人のみである。
「…で? お前達はどうすンだ?」
厳造はノソっと立ち上がって海近と真也を見据える。
「俺はシンをバイクに乗っけて先に現場指揮官に話を通してくらぁ。」
海近がそう答え、狼雅は頷いた。
「わかった。2人は先に行け。あと、こちらが到着するのを待たずに狩りは始めてもらっても構わん。」
「了~解。」
「では親父殿、私もバスの方を纏めて現場へ。」
「おう!! テメェらも気ィつけや!!」
3人は厳造に礼をし、部屋を出た。
「シン、こっちだ。」
真也は海近に連れられて、車庫に連れて行かれる。
車庫には、黒塗りの高級車は勿論、様々な種類の乗り物が置いてあった。
相変わらず、この家はすげぇな…。
「ほれ。」
海近は車庫の一角に保管してあったヘルメットを真也に投げて寄こし、2人乗り用の大型バイクを車庫から出していた。
「はい、乗った乗った。」
深夜に後部座席に乗るよう促し、真也が座った後に海近自らも乗り、バイクのエンジンを動かした。
ちなみにこうした事態において、公道には特別交通規制が敷かれるので、バイク等の乗り物に乗る際に免許無しで乗ることができる。
「さってと、じゃあさっそく行きますか。」
「だな。夜狩りの時間だ。」
海近はアクセルを踏み、自宅の敷地を颯爽と走りぬけ、敷地の門を潜り抜けてバイクを目的地へと向けた。
2人が乗ったバイクは、けたたましい爆音を上げながら、特別交通規制された夜の街道を走り抜けていった。
――皇都北方・"黒の森"
皇都と山陰地方の中央にまたがる中国山地。その中で、皇都北方には異常魔力の瘴気で薄く広く覆われた、鬱蒼と茂る森があった。
通称"黒の森"。皇国が指定する禁止区域の中でも、その広さと魔物の種類、数、質、どれをとってもトップクラスの危険地帯であり、特に距離があるとはいえ近くに皇都というこの国一番の要所があるため、最優先で討伐が行われる禁止区域でもある。
では何故、皇国はそんな危険な場所にわざわざ皇都を構えているかというと、理由は至極簡単で「皇領の一番中心地であり、南は海、北は山で囲まれているから」である。
また、そもそも魔物は禁止区域から出てこないというのが皇都ができてしばらくの間は常識であり、それら総合的に見てこの地が一番良かったということなのだ。
さて、そんな色々がある禁止区域"黒の森"であるが、そこに出現する魔物の種類は大きく分けて2種類に分類される。
1つは野生動物が魔物化した獣種、そして、秘密裏に異常魔力の耐性を持たない者が入った結果魔物化してしまった人型種である。魔物の種類自体は多種に渡るが、おおまかなカテゴリライズはその2種に機甲種を合わせた3種類のみで区別されている。
更に、魔物は多数存在する中で強さによるランク付けがされており、各々に固有名称が与えられている。
時刻は22時半。
"黒の森"入口には対魔物討伐部隊の陣地が設営されており、その中でも一際目立つテントにて頭を悩ませている者がいた。
「隊長!! 伝令より、また裏組織の人間が無許可で森へ進軍したとのことです!!」
「~~~ッ!! 聖協会の人間は何をやっているッ!!」
今回の対魔物討伐部隊の隊長、
本日の夕刻、討伐隊は政府上層部より"黒の森"の掃討作戦を受け、大至急陣地を設営、対魔物討伐部隊を森へ送り出した。しかし、時を同じくして政府上層部の頂点である五神将が一角の直轄組織"退魔聖協会"も軍同様に正規軍に所属していないの退魔士やその組織に討伐任務を提示し、その取り纏めをしている……はずであったのだが、
「それが、聖協会の庇護下にない組織の末端の部隊らしく……。」
「またか…。」
聖協会が軍に所属していないフリーの退魔士やその組織を統括しているのだが、事実としてその庇護下に入らない組織も少なからずいる。
大概の大きな組織やベテランの退魔士ともなると、多少の金は取られるもののその恩恵はとても大事なものであるというのが分かっている。その一つが退魔師の資格である。この資格は一定水準の能力(無論、戦闘能力)に達しない者は得ることのできないものである。このおかげで、たいていの魔物討伐では死者が出ないのだ。
一方で、庇護下に入らない組織というのは、小さな裏組織や資格を得ることのできなかった者のことである。小さな裏組織の中には無論許可を得ている組織もあるのだが、こちらのいう小さな裏組織というのは、その他の違法行為にも手を染める輩の集団のことだ。
そんな感じなものだから、討伐作戦時の森での死亡率は庇護下に入っていない者達が圧倒的な割合を占めることになっている。
「仕方ない…。全部隊に通達、バッジが反応しない"生者"に接触した場合、しょっ引いて陣まで戻って来い。」
「はッ!!」
伝令らしき男はすぐさま部屋から掛け出していった。
「さてと…おい犬上、少しこの場を頼めるか?」
「はい、どちらへ?」
陰政は、この討伐隊の副隊長の一人であり、かなりの信頼を寄せる部下の一角にこの場を一時預ける事にする。
「ちと、聖協会の方へ報告にな…。」
「心中、お察しいたします…。」
「はぁ…ったくよォ。猿中と雉下じゃなくて俺が討伐部隊率いて行きゃよかったぜ…。」
「いや、だめですよ。あんた仮にも"七武人"でしょうが!!」
副隊長は突っ込んだが、陰政の姿はすでに無かった。
さて、ところ変わって同陣営内の聖協会側。
ここにも一人頭悩ます男がいた。
「今すぐに奴等を連れ戻さんかっ!!」
「ハッ!! 只今、退魔部の者達に『見つけ次第連行せよ』という通達を出しております。」
部下の報告を聞き、なだれ込むようにドサッと椅子に座り込む。
「はぁ……毎度毎度、悩みの種は尽きんのぉ…。」
やれやれと首を振りながらため息をつく。
そこへ一人の男が訪ねてきた。
「こっちでも苦労してますなぁ…。さすがの聖協会長にして三賢が一角、
「なんじゃ、七武人の坊主か…。」
「坊主は止してくださいよ・・・オレぁ今は隊長でもあるんッスから。」
「ホッホ、よく言うわい。」
陰政だった。
一方で陰政と言葉を交わすのは、退魔聖協会の重鎮である"三賢"が一人、高山右京である。
「にしても、今年も無法者共がよう現れますなぁ。」
「全くよの…。裏組織を束ねとる立場としては、悩みの種よのぉ…。」
「まぁ、うちの部隊にもバッジに反応しない"人間"はしょっ引けと言ってありますから、じきに捕まるでしょう。まぁ、死んでない限りではありますが…。」
バッジとは、通称「相互認識バッジ」のことで、魔物が跋扈(ばっこ)する禁止区域では無いと困るものである。バッジは専用の装置に特殊な電波をおくり、位置、生体反応等を確認するのに重要な役割を持つ。特に禁止区域はほとんどの場合、遭難しやすい場所でもあるため、奥深くまで入り込んだ場合にこのバッジがないと生きて帰ることが難しくなると言われるほどである。
「裏組織といえば…ふむ、そろそろあやつ等が来る頃かの。」
「あいつ等、とは…?」
そのとき、
「ちわーッス、遠山家の者でーす。」
「む、来たか。」
陰政が入口を振り向くと、2人の少年が立っていた。
「ちわーッス、遠山家の者でーす。」
バイクで移動すること30分、禁止区域前に設けられた陣営に辿りついた真也と海近。その陣営の中のテントの一つに海近は歩いていった。
中に入ると数人の人間と老人、それに静かにではあるが威圧感あふれる男がいた。
「よう来たの、遠山の者よ。」
老人が海近に向けて言った。
「あ、はい。」
「ほっほ、まったくもってヤツと似てなくてよかったわい。」
ヤツとは完全に遠山厳造のことであろう。
「え~と、爺ちゃんの知り合いですか?」
「まぁの。してヤツは?」
「あーはい、今回参加しません。」
「となると、息子の方か?」
「そうっすね、あと数分後に父が一家の者達を率いてここに到着します。」
「あい、わかった。入口の守衛には話を通しておこう。おい!!」
「ハッ!!」
近くにいた右京の部下がテントから出て行った。おそらく守衛に遠山の者達が来る事を伝えに行ったのであろう。
「じゃ、俺達は先に森へ入るので、後続の父達をよろしくお願いします。」
「うむ。バッジはちゃんと持ってるのじゃな?」
「はい、あります。」
「なら行くがよい。」
「では。よしシン、行こう。」
「「ん…?」」
海近が出るよう促したので、真也はテントから出た。
「うし、じゃあ行くか。」
「…だな。」
こうして2人は魔物討伐のため森へと入っていくのであった。
テントの中、海近達が出て行った後を怪訝な表情で見る老人と男。
「おい、吉備よ。お主は遠山と名乗った坊主の後ろに立っていたもう一人の坊主が見えておったか…?」
「…あぁ。このテントに入ってくる時はちゃんと少年2人が見えていたさ。ただ…」
「そうじゃな。わしが遠山の小僧と話している最中、全くといっていいほどその存在を感じられなかった。むしろ忘れてしまうほどに…。」
「おいおいおいおい、あんたもかよ…。」
陰政は驚きを隠せない。そもそも、目の前にいる老人は職業がてら、自分のはるか何倍も気配というものに敏感なのだから。
一方の右京はというと、深く考えている様子である。
「ふぅむ。これがただ影が薄いというだけだったのか、あるいは異能なのか、はたまた"意識的に気配を殺していたのか"…。」
「どっちにしろ、あんたが見失ってる時点で相当なもんじゃねぇか…。」
「ほっほっほ。
冗談じゃねェよ、と内心思う陰政であった。
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