第5話 別れ

 まるで御伽噺のような長い話だった。

 私は、彼の話を半分信じて、半分疑った。人間とはそういうもので、大人とはそういうものだ。素敵な話ではあるけれども、本当に妖精がいるのかどうかはわからない。けれども彼の指には枯れた花冠があって、しかしそれは彼が自分で巻き付けた糸であるかもしれない。

 それでも私は、彼の頼みを聞くことにした。もし私がサリィに、あるいは別の妖精に会えたのなら、その話は現実であるからだ。そして、彼の愛も。

 天使や妖精のように思える彼のその長い話が終わって、しばらくして、列車はようやく駅へと着いた。列車が止まって、荷物を手にして、彼と共に出口へと向かう。出口へと向かう人々、あるいは駅のホームにいる人々の雑踏が、ひどく懐かしく思えた。まるでいままで夢を見ていたようだった。夢のような話を聞いていたのだから。

 やっとのことで、彼と共にホームへ降りる。そして彼は、私へ笑いかけた。

 ――僕の話を聞いてくれて、ありがとうございます。頼み事について、どうかよろしくお願いします。

 そして、改めて荷物を手にして、歩き出す。

 ――僕はもう行きます。またどこかで。それでは。

 私も彼に、話をしてくれた礼を伝え、別れを告げた。彼が向かった方とは、別の方へ歩き出す。

 それでもふと気になって、振り返ったのだ。

 彼の姿はもうなかった。私の背後にあったのは、雑踏だけだった。どんなに遠くを見ても、彼の姿を見つけられなかった。

 まるで彼の存在そのものが、幻想であったかのようだった。

 私は彼を捜すのを諦めて、先へと進んだ。

 彼が再びサリィに会えることを祈って。

 その後、彼がサリィに会えたのかは、知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サリィの花冠 ひゐ(宵々屋) @yoiyoiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ