お前ら、もう肉に投票するんじゃねぇよ

ちびまるフォイ

あなたは地上派? 地下派?

「今日の晩御飯は焼肉だーー!! 焼肉に清き一票お願いします!!」

「そんな脂っこいものは昨日で十分! みなさん、野菜にしましょう!」

「いいや煮魚!! 煮魚こそ正義!!」

「チーズタッカルビを食べたい女子集まれ~~!!」


今日も町では夕食選挙が活発に行われる。

閑静な住宅街をつんざくメガホンの拡声音がそれだけ必死なのかよくわかる。


選挙の投票率が低すぎるのと、若い人の栄養不足が危険という問題を

ごった煮にした結果「だったら毎回の夕食投票しようぜ」と国が決めた。


「っしゃーー!! 今晩も肉料理で決まりです!!」


スマホ投票の結果、「みんなの肉肉党」が大勝利を収め、2日連続で肉料理となった。


「うう……また肉か……」


少数派の「きんぴらごぼう」に投票した俺だったが砕け散った。

夕食が決まると、それに関する商品がめっちゃ安くなるので買いやすい。

それ以外の食事をとった人間は罰せられる。


しぶしぶ食べたくもない肉を買って、飽き飽きしている口に運んだ。


「まあ、明日は来ないだろうな……」


栄養価が偏ってしまうと本末転倒なので、

偏るような献立になる夕食出馬は禁止されている。


肉サポーターからの熱い支持で2日連続となったが、明日は規定的にムリ。


「明日こそは……きんぴらごぼうを……!!」


願いをこめて明日の夕食選挙を待った。

結果はご飯派の勝利に終わった。


過激派のパン主義者たちが暴れて事件になるほどの僅差だった。


鎮静化にはご飯をパンぽくした「ごパン」を口に突っ込んだところ

フーリガンたちはおとなしくなった。ちょろい。


「ちくしょう!! またこんなのばっかだ!!」


バランスの良い食事をとるために、出馬できる夕食党には制限がある。

それでも俺が好きな料理はいつも少数派だ。


食べたいものが食べられないストレスがこんなに大きいとは思わなかった。


今にも自分ののどをかきむしって死にたくなるほど追い込まれたとき

違う区内に住んでいる友達から連絡がきた。



>やべぇよ! うちの区、今日だけきんぴらごぼう勝ちやがった!!



「なんだって!?」


明らかにサブメニューのはずの夕食がメインを打ち負かす下克上。

すでに末期症状で幻覚も見え始めていたので、考えるよりも先に体が動いた。


すなわち、亡命。


栄養価のバランスから夕食選挙結果を見て、ほかの街へ亡命することは禁じられている。

それでも、自分の食べたいものがそこにあると知っているなら行くしかない。


「うおおお!! きんぴらごぼうぉぉぉ!!」


自転車を時速120kmでかっとばし、勢いそのままに離陸して

シルエットが月に重なったところで目的の町に到着した。


きんぴらの日となったその町ではコンビニ、スーパーをはじめ

すべての商品が致命的なほどの安売りがされている。


「ああ、ついに食べられる……!」


夢にまで見た食事を手に取った瞬間、後ろから羽交い絞めにされた。



「貴様、夕食犯だな?」



「うそ……」


現行犯として捕まった俺は、自分の町へと蹴り戻された。

警察署でこってりと絞られた俺は夕食も食べずに出所となった。


「まあ、今回は初犯だから大目に見てやるとしよう。

 ただし、次から夕食境界線を超えたら即射殺する」


「ひえええ……」


この国の警察が有能であることをここまで呪ったことはない。

アルカトラズ警察署から出ると、小汚い男が立っていた。


「あなたは? 俺の知り合いじゃないですよね」


「ひひひ、でも、あんたの力にはなれるぜ。ついてきな」


男に案内されて9と3/4番線を乗り継ぎ、地下に潜った先に待っていたのは広大な地下都市だった。


「すごい……! こんな場所があったのか。

 それで、どうしてここへ?」


「よく見てみなよ」


男が指さす方向には、ホットドッグを食べている男がいた。


「パンを食べている?! 今日の夕食選挙はご飯だったはず!」


「この地下都市・アンダーディナーでは、奴らの目から逃れて

 好き勝手に自分のものを食べられる場所なんだよ」


「さ、最高だ!!」


俺の食べたかったものがいくらでも並んでいる。


「俺たちゃよう、栄養だの健康寿命だのはどうでもいいんだ。

 食いたいものを食い、ストレスなく生きたいと思っているんだ」


「全面的に同意です!!」


「だよな。兄ちゃんは地上の管理社会に染まってる奴らとは違うと思ったよ」


もうここに住むしかないと思った。

待ちに待ったきんぴらごぼうを口に運ぶと、期待通りの味に――



「……あ、あれ。あんまり……おいしくない……?」



ハードルを上げすぎたのだろうか。

想像していた以下の味わいに拍子抜けしてしまった。


「兄ちゃん、贅沢いっちゃいけねぇ。

 地上から違法に食材を横流しするのも限界があんだ」


「そ、そうですよね……」


「合法的になんでも手に入る地上と比べてそりゃ味も落ちる。

 だが、それでも俺たちゃ、選挙によって自分の夕食を決められるのは嫌だ」


男はおいしそうに食事を続けていた。

この地下都市では誰にも振り回されることなく、自分の食べたいものを食べたいときに食べられる。


地上に戻れば、選挙の結果で決まった夕食しかとれなくなってしまう。

ただし、その質は地下夕食の比ではない。


「兄ちゃん、どっちにするんだ?」


「どっちって、なんですか?」


「この地下都市の性質上、地下暮らしとなった人間は地上にゃ戻れねぇ。

 俺たちの食事を守らなきゃいけねぇからな。ここで決めな」


「うう……どうしよう……」



高品質だが、自分で決められない世界か。

低品質だが、自分で好きなものが食べれる世界か。


どちらかを決めてしまえば、もう片方の世界に戻ることはできない。



「みなさんは……本当は地上に戻りたいんですよね」


「俺たちのことはいい。あんたがどうしたいって話だろ」


「俺は――」


悩んだ結果、唾をのみこんで決断した。



「俺は、戻ります。地上に戻って、みなさんを必ず連れてきます」



「それはいらねぇよ、兄ちゃん。俺たちゃここでの生活に満足しているんだ。

 たとえ悪い品質のものだとしてもな」


男と別れて、俺は地上に戻っていった。


 ・

 ・

 ・


数年後、地下都市の住民たちは全員地上へと戻された。

男は俺に感謝して何度も頭を下げた。


「兄ちゃん! あんたの開発してくれた味替えふりかけ、本当に最高だよ!

 カレー食べているのに、肉じゃがの味がするんだ!!」


「こっちはラーメンなのに、焼き肉の味がする!!

 地上で自分の食べたい味にありつけると思わなかった!!」



「よかったです。次は食感も似せてみせますよ」

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