第二話:金色の女王
上空からの襲撃。ノワールはポチをけしかけ、人狼と黒騎士は宙でかち合った。
だが、雌型の人狼はポチの攻撃をまともに受けず、手で剣を払って衝撃を受け流した。
「
ノワールが手を振りかざすと、彼女の足元から無数の青白い手が伸びた。無数の手の平から新たに腕が生え、その要領で無限に伸びていく。
そして、まだ地に落ちていない雌型の人狼の全身にまとわりつき地に引きずった。
雌型の人狼はこの無数の手を雑草の如く切り裂き、体を解放すると、ノワールに向けて牙を剥いて疾走した。
ノワールはポチに魔力で合図を送り──実際には何も行っていないように見えるが──ポチはそれを受け、何もない前方に大剣の平を向けて地に突き刺し、防御の態勢をとった。
そして、狂牙がノワールを引き裂く寸前、彼女は魔法でポチと自分の位置を瞬時に入れ替えた。
スピードに乗っていた人狼は即座に減速することができず、突如目の前に現れた壁の如き完全な防御の態勢をとっているポチの大剣に衝突した。
ポチは衝撃に怯んだ人狼に背を向け、大剣を肩に担ぎあげて人狼を斬り上げる。身体に丹田から胸にかけて巨大な傷を負った雌型の人狼は、悲鳴のような咆哮と共にポチから距離をとり、自分の身体につけられた傷を指でなぞってその大きさを確認した──彼女の豊満な乳房ゆえに、彼女は自分の胸より下を見ることができないためである──。
一方、防御陣では奮起した人狼と狂気に駆られた屍人の泥沼の攻防が継続されていた。次第に血溜まりで足を滑らせる者も現れ、文字通りの泥沼であった。
セリナはこの場から逃げ出したくなった。だが、この防御陣は円状にセリナを囲っている故に、逃げられない。
この防御陣は彼女にとって檻のように感じられた。実際には、死線なのだが。
雌型の人狼が騎士に突進した。金色の風の如きのその突撃に、ポチには狙いを定めて大剣を突き出した。
──捉えた。彼は確信していた。だが、雌型の人狼の身体は斬られてはいなかった。目にもとまらぬ速さで大剣に
ポチが怯む間に、雌型の人狼は重い大剣を両手で防御陣に放り投げた。背後から思わぬ衝撃を受けた屍人達が倒れると、即座に三匹の人狼が防御陣に侵入した。すぐに術者を見つけ出し、襲い掛かる。
牙を剥いて飛び掛かった彼らは、しかし、次に地に足をつけることはなかった。ノワールが魔力で拘束して宙に浮かせたのである。
彼女は掲げた手をおもいきり地面に振り下ろし、この三匹を地に叩きつけた。その後、もう一度浮かせ、息があるのをみとめると、再度叩きつけ、これを六度繰り返したのちにもまだ息があるので、煩わしくなり、ちょうど拍手を求めるエンターテイナーの様に、宙に掲げた両の拳を勢いよく広げた。同時に、三匹の人狼は内部から破裂し、ノワールは歓声と紙吹雪の代わりに悲鳴と血しぶきを全身で味わった。
雌型の人狼がポチに爪を振り上げた。ポチは即座にその場に斃れていたアンデットのスクトゥムを拾い上げ、その攻撃を防いだ。
だが、武器が無ければ防戦一方だ。雌型の人狼から繰り出される連爪の間隙を縫って魔法陣を形成し、武器を取り出そうとしたその刹那、雌型の人狼の牙がポチの腕を捉えた。
鋭利な牙がポチの腕に深々と突き刺さり、噛み砕いた。
腕をもぎ取った雌型の人狼が一旦距離を取り、奪い取った戦利品を振り回して挑発した。ポチはちぎれた腕から流れる黒い液体を確認し、液が漏れないように手で押さえた。
雌型の人狼は散々戦利品を弄んだ後、それをポチに向かって放り投げた。ポチがそれを盾で弾くと、次に前を向いたとき、雌型の人狼が視界からさっぱり消えていた。
辺りを見回す。依然周りでは血みどろの攻防が続いている。だが、金色の人狼の姿はない。あえて挙げるとすれば、空に浮かぶ
──満月。
・・・その刹那、満月が
──否、その身を満月に完全に溶かしていた
空間を切り裂くような鋭利な爪がポチに襲い掛かる。
だが、この黒騎士も、ただでこの攻撃を受けなかった。驚くべき反応速度を見せた彼は、咄嗟に後ろに倒れこむことで、身体を捻って盾で強襲を受けるだけの時間を稼いだのである。
人狼の渾身の斬撃をもろに受けた盾は、その金具が破壊され、大部分を構成する木材には深々と三爪の爪痕が刻まれた。
その後も雌型の人狼による怒りに身を任せた、それでいて一切の隙のない連撃がポチに加えられ続けた。ポチは態勢を起こす暇も与えられないまま、これをほぼ木片と化したスクトゥムで何とか防いでいた。
「チッ・・まずいわね」
足元に
「セリナ。こっちへいらっしゃい」
口調こそ丁寧なものの、非常に威圧的な態度でセリナを呼びつけると、その直後に襲撃してきた人狼に手を
セリナがよろよろとノワールの元に駆けつけると、ノワールは人狼に右手を翳したまま、左手で自らのゆったりした長いローブをたくし上げ、ガーターリングに差してあるうち最も刃渡りの長いナイフをセリナに取らせた。
「銀の短剣よ。このままではポチがやられるわ。これを彼に届けなさい」
セリナは頷いてポチの方に歩き出したが、その様子を見て躊躇った。ポチは、雌型の人狼の容赦のない攻撃を片手の盾で何とか防ぎながら、しかも片手がないのだ。手がなければナイフは渡せない。
「あの、ノワール様・・・」
セリナが振り返ると、ノワールはちょうど宙に固定していた人狼を木っ端微塵に破裂させたところであった。
「なにかしら?」
血の雨を浴びながら振り返るノワールにセリナは恐怖し、黙ってポチの方に走り出した。
でも、どうすれば・・・とセリナが思い悩む間にも、ポチの盾は次第に削られ、破壊され、その防御力を失っていく。
このまま思い悩むだけでは状況が悪化するだけだと考えた彼女は自棄になり「ポチ!受け取って!」と叫んで、少女なりに振りかぶってナイフを投げた。近づけない以上、こうするしかないのだ。
銀の短剣は宙を舞い、綺麗な放物線を描き、そして、雌型の人狼の左肩に突き刺さった。
銀の短剣は雌型の人狼に強烈な痛みを与え、彼女が悲鳴を上げて怯んだ瞬間、その隙にポチは盾で雌型の顔面を殴りつけ、そのまま木片と化したその盾を彼女の腹に突き刺した。
思わぬ反撃を受けた雌型の人狼は、痛みにのたうちながら逃げるようにポチから離れ、防御陣を裏側から破壊して外に脱出した。代わりに次々に人狼が侵入し、ポチに襲い掛かる。
ポチは近くにいたスクタリ・アンデットからハスタを取り上げて人狼を串刺しにし、そのまま次に襲い掛かってきた人狼を即席の「人狼ハンマー」で打ち返した。その後、ノワールの召還を感じ取り、人狼が刺さったままのハスタを元のスクタリ・アンデットに返し、その場を離れた。
ノワールはポチとセリナに言い聞かせた。
「もう駄目ね。これ以上、
「じゃあ・・・どうするんですか?」
セリナが尋ねると、ノワールは、遠くの木に留まって傷ついた身体を労わりながらこちらを窺っている雌型の人狼を一瞥してため息をついた。
「あの獣臭い雌をこの手で八つ裂きにしてやれないのは残念だけれど、この場を離れることにしましょう。転移の魔術陣を描くから、私の傍を離れないで。」
ノワールは呪文を唱えながら、ノワール、セリナ、ポチの三人を包む大きな魔術陣を形成した。
防御陣を突破した無数の人狼が彼女らに襲い掛かる。
だが、間一髪、彼女らは眩い光に包まれて消えた。
代わりに、一体の陳腐な屍人がその場に現れた。背中に、非常に巨大なボムを背負っている。そしてちょうど、その導火線の火は本体に着火した。
響く轟音。轟く地響き。焼き消える枯れ木。天高くそびえる火柱。
死人の自爆は強大な影響をもたらした。レイブンスケールの不毛の地を焼き、なにも残そうとはしない。
防御陣を構成するスクタリ・アンデットも誘爆し、屍人特有の蛇のような掠れた悲鳴と共に、付近にいた人狼を炎に巻き込んだ。
転送魔法で逃れたノワールとセリナとポチは、その様子をローゼンクライツ城の城壁から眺めていた。
爆発は天高く火柱を立て、巻き込まれた人狼たちが炎に焼かれ転がり出てくる様が見える。
「うわあ...ひどいですね...」
セリナが渋い表情で言うと。ノワールは愉快そうに答えた。
「因果応報だわ。犬如きが私に手を焼かせるなんて」
「あの、他のアンデットも誘爆しているように見えるんですけど」
「ええ。胃袋に爆薬を詰めてあるから。どうせ使い捨ての駒よ」
城壁の下ではローゼンクライツ城の吸血鬼の番兵たちが「あの爆発はなんだ」と、忙しなく動き回り、調査隊を編成し様子を調べようとしている。
それを見るとノワールは
「戻りましょう。こんなところで見つかったら、あれの犯人だって感づかれてしまうわ」
と言い、一番近い小塔に向かって歩き始め、ポチもそれに追従した。
「は、はいっ!」
セリナも慌ててついていく。
気づけば夜は更け、日が昇ろうとしていた。
そのころ、雌型の人狼は高い木の上で、燃え盛る同胞たちを悲しい面持ちで見下ろしていた。しばらく眺め、自分以外に助かったものがいない事を悟ると、遠く太陽に吠え、枯れ木の森の中に姿を消した。
day of the necromancy!! レノン=ウェルバー @andead04
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