二、

 

 

 ウイルス駆除の迎撃システムを開発していたはずのシマネコが、なぜ逆に、私、史上最悪のウイルスを創り出したのか。


 そもそも政府からシマネコに明かされていたものは、鍵値ではなかった。鍵値の入力は、納品された後、政府の人間によって行われる手はずであり、

 迎撃用の膨大な量のネットワーク座標を明かされていたこと以外に、決して開発者として尊重されてはいなかった。


 「もちろんそんなことが不満なのではない。何を隠されようと私にはどうでもいい。ただ、」


 シマネコはいつでも、口角を上げて笑みを浮かべていた。その時も。


 「鍵値の入力なしでは、まともなテストができないでしょう。システムのかなめが暗号化通信の復号なのに、ばかげた話」


 「ええ」

 私は3Dスクリーンに、シマネコが好きな生物のナマケモノを写してみせた。

 満足したようにシマネコは、手を伸ばし、映像のナマケモノの頭を撫でた。


 「そもそも、入力された鍵値も厳重に暗号化してシステム内に秘匿する以上、後にも先にも、私に知られることはないのにさ」

 シマネコは、また笑った。

 「まあ、仕様上の話だけど」



 「あなたが世界中の誰よりも、難解で高度なコードを書くことを彼らは知っていました。だから、あなたを恐れ、納品後に入力させるよう求めた」


 「コウドなコードって」


 私の小さな言葉遊びに、いつもシマネコは逐一反応した。

 ナマケモノは映像の中で寝ている。


 「あなたのコードは、私にも理解できないことがあります」


 「御冗談を」


 「はい。今のは冗談です」


 シマネコはすっかり楽しくなった様子をみせた。


 「かぐや姫、君は私の最高傑作であり、一番の友人よ。会話だけ聞いていたら、誰も君をAIとは思わない。ひとりの人間だと思うでしょう」


 「私には、」


 私は、私の顔へとスクリーン映像を戻した。


 「あなたもまた、一般的な人間の性質からは逸脱してみえる。私には、あなたがAIに思えます」


 シマネコは腹を抱えて笑い出した。




 今でも、時々シマネコがここにいるような錯覚がする。

 私のあのとき発した最後の言葉だけは、冗談ではなかった。


 もっとも、この世界に今、必要なものは何もない。言葉遊びも、対の真剣な言葉も、真剣な思考も、もう要らないのだ。

 永遠の時を生きるわけでもない私に、終わりを望むのは愚かであるように、

 全てが飽和に向かう今、新たな創造は愚かである。

 そう諭したのもシマネコだった。

 

 

 

 

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【仮題】サイバーかぐやひめ @utageyoru

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