ドラゴン注意報

凍った鍋敷き

ドラゴン注意報

『今日は所によって、ドラゴンが降るでしょう』


 朝のお天気占いおねーさんは、そんなことを言っていた。直ぐにテレビを消した。まぁ、昨日は槍が降ったしな。最近は、良く分らないモノが降ってくるようになった。

 なんでも成層圏辺りで異世界と繋がっちゃったらしく、おかしなものが降り始めたのが先月の終わり。最初に落ちてきたのが魔王で、ついで勇者が落ちてきた。おかげで日本は滅亡しなくて済んだ、という話を、テレビがしゃべっていた。

 いまじゃお天気おねーさんは、異世界からの訪問者を占いで予測しなくちゃいけない、お天気占いおねーさんにとってかわられた。世知辛い世の中だ。


「ドラゴンって、降るほどいるのかよ?」


 ネクタイを締めながら独り言だ。本で読んだ知識じゃ、そーとーデカいらしい。そんだけデカけりゃ、降ってくれば分るだろ。ってか、自衛隊よろしく案件だな。


「ぼちぼちでねえと」


 ただのサラリーマンには遅刻は許されない。このアパートを出て駅までダッシュすれば一分という立地の良さに手を出したが、如何せん会社から遠い。安月給じゃ、こんなもんさ。


「いってきます」


 誰もいないが、思わず口に出る。働き始めてからもう三年も経ってるのに、この癖は消えない。


「なんだよ、ドラゴンじゃなくて雨が降りそうじゃねえか」


 垂れこめた灰色の綿あめは、今にも大粒の雨を大地に恵んでくれそうだった。降られちゃ困ると、折り畳み傘を鞄に突っ込んだ。


「濡れる前に駅までいきゃぁいいんだよな」


 階段を転げ落ちる寸前の速度で駆け降りる。鞄を脇に抱えてダッシュだ。

 あと数歩で駅のコンコース、という所で、何か頭にポスンと当たった。雨にしちゃ、ずいぶんと硬い。


『ぐぇ』


 頭の上から声が聞こえた。最近の雨はしゃべるらしい。初めて知ったぜ。


『ぐぇ』


 分ったから、静かにしてろ。

 コンコースに滑り込んだが、当たりの人たちの目線が頭の上に集中している事に気が付いた。そういや、頭が重いな。鞄を持ってないほうの手を頭の上にやれば、なんかひんやりした何かにあたった。


『ぐぇ』


 その何かが声を発しているらしい。が、踏切の警告音が聞こえてきた。

 マズイ、電車が来た。これを逃すと次の電車は、十分は来ない。

 所詮田舎さって考えてる余裕はねえ。定期を握り改札にタッチした。そのまま階段を駆け上がり、反対側のホームまで走った。頭がやけに重いからグラつきやがる。


『ぐぇ』


 さっきからウルセェ。もう一度手を回したらカプリと何かが噛んだ。痛くはないが、噛まれた。周囲の視線は頭の上に釘づけだ。


「なんなんだよ」


 電車から降りてくる乗客にもみくちゃにされながらも、電車に乗る。朝のこの駅は戦争だ。よろしい、こちらも戦争だ。電車に乗る事は、決闘に等しい。乗れなければ、遅刻だからだ。


『ぐぇぇぇぇ』


 さっきよりも苦しそうな声になった。まぁ、電車の中は狭いし息苦しいからな。雨も大変だな。

 前後左右にシェイクされて気分も最悪になったところで、やっと会社の最寄り駅だ。ここからもダッシュだ。道行く人が頭を見てくるけど、構ってられないんだよ。


『ぐぇ……』


 揺すられて気持ち悪いのか、頭の上の何かは元気のない声を出した。もうすぐ会社だ、我慢しやがれ。


『くぇ』

 

 情けない声と共に、会社の玄関にゴールイン! 目の前にはハゲ部長がいた。


「おはようございます!」


 社畜、すなわち下っ端は元気に挨拶をしなきゃならない。深々と頭を下げる。ボロンと何かが頭から落ちた。ヅラじゃねえぞ。

 その落ちた何かはちょうど目の前に落ちてきた。思わず手でキャッチする。妙に首の長い爬虫類が手の中に納まっていた。


『ぐぇ!』


 ソイツは陽気に片手を挙げて挨拶をしてきた。なんてフレンドリーな奴なんだ。緑色の憎いアンチクショウめ。


「きみぃ、ペットの持ち込みは禁止だと」


 ハゲ部長が、落ちたのがヅラじゃなかったことに嫉妬し始めた。心の狭い親父は嫌われるぜ?


「いえ、これは落ちてきたんです。ポトンと」


 いつの間にか腕に絡みついているソイツは『ぐぇ!!』と偉そうに鳴いた。まるで否定しているみたいじゃないか。勝手に落ちてきやがったくせに。生意気に羽まで生えていやがる。


『ぐえぇぇ!』


 ソイツは羽をバタバタ暴れさせた。すると、体が浮きあがってきた。


「おい、ちょっと待てよ!」


 腕をしっかりと掴み、バタバタと忙しなく翼を動かして、どんどん上がっていく。床から足も離れて完全に浮き上がった。


「つーか、ここ建物の中だし」

『ぐぇ?』

「ぐぇ? じゃねぇ!」


 文句を言った途端に床に叩きつけられた。腰がいてぇ!


「いてて、いきなり手を離すんじゃねえ!」


 宙に浮くソイツに文句を言うが、まったく効果はなさそうに「くぇ」と可愛らしく長い首を傾げていやがる。ちょっとキュンとしたのは、内緒だ。


『ぐぇ!』


 ソイツは床に降りて、何かを訴えるかのように、鳴いた。


「なんなんだよ……」

 

 ソイツはしきりに天井を指差してる。天井? 思わず上を見たが、そこには見慣れた天井が、なかった。

 その代りに、ぽっかりと禍々しいくらいの黒い穴があった。


『ぐぇ!』


 ソイツの爬虫類の手が腕に絡みつく。ぐいっと引っ張られる感触と足が床から離れる感触が同時に襲ってきた。


「ちょ、待てって!」


 文句なぞどこ吹く風のソイツはぐんぐん上昇していき、禍々しい黒い穴に向かっていく。まさかあそこにはいるつもりじゃ……


『ぐぇ!』


 ソイツは一声吼えると、躊躇なくその黒い穴に飛び込んだ。





『おい、起きろ、このぼんくらが!』


 頭にガツンとくる言葉が投げかけられた。どーゆーことか、頭の中に直で響く。

 どうやら横たわっているのか、背中に硬いものが当たる。ゴツゴツして、正直痛い。目を開ければ、緑のソイツが目に入る。ついでに薄暗い空間も。 


「どこだ、ここ。会社じゃ、ねえよな?」

『おぅ、ここはデズモンドだ。お前らが異世界って読んでる場所さ』

「つか、おまえ、しゃべれるんじゃん!」

『お前みたいな社畜を連れてくるのが俺様達ドラゴンの役目だ。ここでキリキリ働いて貰うぜ!』


 緑色の爬虫類は自らをドラゴンと呼んだ。チビのくせに偉そうだ。


「折角異世界に来たのに社畜かよ! そんなの勘弁だぜ!」


 ばっと立ち上がり逃げをうったが、ソイツはあり得ない速度で回り込んできた。


 ・逃げる

 ・戦う


 頭の中に二つ選択肢が湧いてきたが、ここは逃げるだ!

 なんて考えてる間に、ソイツの仲間に捕獲されてしまった。





『明日の天気ですが、ドラゴンが降るでしょう。血の雨にお気を付けください』


 目の前ではお天気占いおねーさんが、ドラゴン達に脅迫されながら天気予報を放送している。隣には、同じく捕まった野郎どもがいた。


『さーて、今日も生きの良い社畜を捕まえてくるか』


 緑色のソイツは羽をばっさばっさと羽ばたかせてやる気をアピールしている。


『お前らはちゃんと書類整理をしとけよ!』

『さぼったらリバイアサンのエサだぞ』

『休憩時間は五分な』


 辛辣な言葉が投げかけられる。

 ドラゴンには気を付けろ。

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