六右衛門狸 十

 黄昏時たそがれどき───。

 瞳に映るあらゆる物体の輪郭が、かたどる線が渾然一体となって見る者、見られる者、互いに互いの観測を世界が拒む刻である。

 もっとも、ヘラジカに関して云えばその特徴的過ぎる髪型故、の夕闇の中にいても「そ彼」とはならぬとも知れないが。

 ヘラジカ陣営は現在、練習試合を終え帰りの支度の真っ最中。

 陣地には屋根が無く其処そこに住む訳にもいかないので、その日の予定が終わってしまえば、夜間の見張りを残してそれぞれの寝床に帰るのだ。


「皆の者、おつかれさま!今日という日は実に有意義な1日だったな!」


 一日の締めはヘラジカがする決まりだ。


「いやぁ、まさか神さまが仲間に加わるとはですねぇ」


「次の合戦の勝敗は、もはや決まったようなものでござるね!」


 少女達は談笑にふけっている。


「ハシビロコーウ!途中まで一緒に帰ろうよ」


「アルマジロ、あなたは今日見張り」


「あれ?そうだっけ?」


「皆の者!おしゃべりもいいが、真っ暗になる前に帰るぞ!」


「お待ちくださいヘラジカ様、帰る前にをどうにかした方が───」


 シロサイが指を指す。

 その先には、仰向けになったフレンズが手で顔を隠しながら、何やら呪詛の様なものを繰り返し垂れ流していた。


「殺してくれぇ、殺してくれぇえ、殺してくれよぉ、オレを、オレを殺してくれよぉ、頼むからよぉおお」


 そう、ハシビロコウに敗北して精神がどん底ブルーに墜落した六右衛門狸である。

 ヘラジカが六右衛門の頭の近くにかがみ、なだめるように話しかけた。


「ダイミョージン。一度負けたくらいでそこまでおちこまなくてもいいじゃないか。

 私達なんか72回も負けてるんだぞ?元気を出せ」


 六右衛門が地獄の亡者の如き声色で答える。


「違う、負けた事はどうでもいいんだ。

 いや、どうでもよくはないが。闘いしか取り柄がないのに闘いで負けたら何が残るんだって話だがそうじゃないんだ」


「ではなんだ」


世流布せるふだよ───ッ」


「セルフ?」


「なぁにが『勝負有りだぜ』だ!

 なぁにが『六右衛門の真の闘い振りを魅せてやる』だ!

 アー!恥ずかし過ぎて死ぬぅう!」


 そう云って六右衛門は脚を駄々っ子の様にばたつかせた。見苦しい事この上ない。


「あー、ダイミョージン。私達はこれから帰るが、どうする?誰かの寝床に連れていってもらうか?」


 問われた六右衛門。


「───此処ここに残る。

 しばら一匹ひとりにしてくれ」


「そうか、ならアルマジロの代わりに夜の番をしてくれないか」


 六右衛門は、顔面をおおう手の指を開き、眼だけをヘラジカに見せた。


「───良いだろう。通りがかった奴全員みなごろしにすれば良いんだな───」


 六右衛門が物騒な事を云ったので、ヘラジカは慌てて否定した。


「いや、みなごろしは困る!追い返すだけでいい。

 時々、この陣地に勝手に住み着こうとするフレンズがいてだな、そういうヤツがいたらと説得してお帰り願え」


だく


「それと、もしセルリアンが来たら───。

 倒せるようだったら倒してほしいが、無理だと思ったらすぐに逃げてくれ」


だく───。

 いや待て、なんだって」


「敵だ。見ればわかる。青だったり緑だったり黒だったりするヤツだ。

 私達フレンズを見るなりおそってくるから気をつけろ」


だく。見つけ次第閻浮提えんぶだいの底に叩き落としてやろう」


「よし、任せたぞダイミョージン」


 さぁ、帰るぞ。

 六右衛門に委細を委ねたヘラジカは、部下達を連れて陣地を後にする。


「ダイミョージーン!見張りを代わってくれてありがとねー!」


「明日はわたくしとも手合わせ願いますわー!」


 後ろから聞こえた少女達の声に、六右衛門は振り向く事なく手をと振ってあしらった。






「いやー、それにしてもダイミョージン。

 たたかってる時の余裕っぷりがすごかったなぁ。

 完全に油断してたよねアレ」


 道すがら、オオアルマジロとハシビロコウは今日の六右衛門狸の闘いを振り返っていた。


「ロクエモンは油断なんかしてなかったよ。

 だけ」


「油断しているように見せかけた?」


「確かに表情はマジメじゃなかったし、武器もクルクル回して遊んでたけど。

 は私の事をじっと見据えてた」


「はぁ───」


 アルマジロは解ったような解っていないような生返事を返す。


「多分、ああして舞台の上で私と相対あいたいした時点で、ロクエモンは見破ってたんだと思う。

 ───私が『待ち』しかできないって」


「そんなすぐに分かっちゃうもんかなぁ」


「あの油断してるような仕草も全部演技。

 あえて油断してるように見せて、逆に相手の油断を誘っていたんだよ」


「でもハシビロコウは油断しなかった」


「油断できる相手じゃなかった。

 ロクエモンが強いのは分かってた。」


「どうして強いって分かったの?ダイミョージンが神様だから?」


「ううん」


 ハシビロコウはかぶりを振り、一言。

 ───見れば分かる。

 と結んだ。

「───そんなすぐに分かっちゃうもんかなぁ」

 アルマジロは感心したようにそう呟いて、手を頭の後ろに組んだ。






 日が沈んで天蓋があいに染まっていく。

 暗闇に誘われて魑魅魍魎ちみもうりょうが沸き出ずる刻。禍時まがときである。

 六右衛門は石舞台の中央に胡座あぐらをかき眼を閉じていた。

 意識を向けているのは、ハシビロコウと出会ったタイヤの道の向こう。

 石畳いしだたみの道を辿り、その先にそびえ立つ牙城───。

 六右衛門の脳裏には、ライオンの住まう天守閣が映し出されていた。

 ───小さい。余りにも小さい。

 れは天守というよりは、それを模した張りぼてと云うべきか。

 六右衛門は城の中に意識を潜り込ませる。

 最上階に一匹、中途の階に一、二、三、四匹。

 最上階に居る者が、ヘラジカの云っていたライオンであろうか。

 中途の階に居る連中が、月輪熊つきのわぐまと、オーなんとかと、アラビアなんちゃらと───。

 おかしい、


そ、わらわの姿を盗み見る不埒者ふらちものは」


 中途の階に居た一匹、十二単じゅうにひとえを纏ったフレンズが、六右衛門に語り掛けた。


「神通力か、他者の家内やうち斯様かような術でって覗き見るとは、不躾ぶしつけな神も居たものよ」


「そういう御前おまえは、ただの獣じゃねぇな。

 あやかしだろう?それとも、城化物しろばけものとでも云うべきか?

 真逆まさか姫路城ひめじしろ長壁姫おさかべひめじゃあるまいな」


 十二単じゅうにひとえの女は牙をいた。


「貴様の如き浅ましい畜生風情が、わらわたっと姉様あねさまの名を口にするな!」


「姉ェ?

 あぁ、御前おまえ猪苗代城いなわしろじろの『亀姫』か。

 手前てめぇオレの事浅ましい畜生風情だとかほざきやがったが、オレも御前おまえむじなには違ぇねぇぜ」


「う、うるさいわたわけ!

 よくもわらわの事を侮辱ぶじょくしおったな!

 貴様の命運は今尽きたと思え!」


 はて、何か仕出しでかすつもりか。

 六右衛門がそう頭の中でつぶやいた次の瞬間。

 何か巨大な物体が落ちてきたかなような轟音と共に、大地が突如鳴動した。

 六右衛門が眼を開くと其処そこには、七十尺21mは悠に超えていようかと云う程の巨躯を誇る、単眼の化物が鎮座していた。


「おおおおお」


『刮目せよ!浅ましい畜生風情よ!わらわ顕現けんげんせしめたこのセルリアンの脚で、その虫螻むしけらの如き矮小な身体を踏み潰してくれるわぁああ!!』


 亀姫の声が、セルリアンの身体から発されている。


「良いだろう。丁度ムシャクシャしていた所だ。

 暇潰しにオレと遊んでいけィ!」


 見上げる程の巨躯を前に、六右衛門は毛程の臆心おくしんも見せていなかった。






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獣巷説キョウ州奇譚 Froger @frogalien

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