六右衛門狸 九

さて、ハシビロコウ。打ってこい。先手は譲ってやろう」

 六右衛門は片手で武器を回してもてあそんでいる。傍目には緊張感は感じられない。

 ───ように見える。

 性格の悪そうな笑みをと浮かべているので、観衆には彼が油断しきっている。

 ───

 どうにしろ、本気を出して戦おうとするつもりはないらしい。

 侮られたハシビロコウは憤慨するでもなく、表情も変えずただ武器を前にかざし。

 ───かかってこい。

 と先端を二度上に振った。

 六右衛門の目が見開かれる。

「この六右衛門に攻めて来よと云うか。

 ───それもまた一興」

 先手を譲り返された六右衛門は、ゆるりと歩き出した。

 観衆は固唾を飲んだ。空気が鉛のように重い。六右衛門もハシビロコウも、気負っている様子は微塵も感じられない。

 なのに。

 張り詰めた空気は先刻の練習試合の比ではない。

 あれ?これも練習試合でござるよね?別にこの後だれか死んじゃったりしないでござるよね?

 パンサーカメレオンはヘラジカにそう問いたかったが、この雰囲気の最中、口を開くのははばかられた。

 カメレオンだけではない、観衆皆誰も彼も、最早息を吸うことすらも遠慮がちに行っている。

 ただ一匹、ヘラジカだけは目を輝かせながら鼻息を荒くしているが、まぁ彼女はこういうフレンズなので、アルマジロもヤマアラシもカメレオンもシロサイも気にしなかった。

 そもそも気にしていられるような余裕がない。

 六右衛門とハシビロコウの距離は徐々に狭まっていった。


 後十歩、後九歩、後八歩───。


 打撃音と、矢継ぎ早の剣劇───。


 え。


 え?


「え?今何が」

「展開がすっ飛んだぞ!?」

「いやおかしい!今の今まで2匹ふたりの距離は離れていたはずですわ!」

「ふ、ふみ込んだんでござるよ」

「カメレオン、今何が起きたのかわかったのか?」

「ダイミョージン殿が、ありえない速さでて近づいて、で、ハシビロコウもそれに反応して攻撃を受け流して───」

 カメレオンは途中で言葉を止めて息を呑んだ。

「ど、どうかしてるでござる。ダイミョージン殿のふみ込みの速さも、それに対応できるハシビロコウも」

 壇上の剣劇は止まず、激しさは一層増していく。

 ヘラジカが顎をさすりながら口を開く。

「ハシビロコウは、待つのが上手いんだ」

「あいつが狩りをする時はな、まーぁ動かない。

 水面にじっと立って水の中を見つめて、それでえものを見つけたら───」

 だ。

 と云って、ヘラジカは勢いよく手を突き出した。ハシビロコウのくちばしの真似だろう。

「だからダイミョージンのふみこみに対応できた───んだと思う。多分。」

「ヘラジカ様、ひとつ聞いてもいいですか」

「なんだアルマジロ」

「そこまで知ってるのでしたら、合戦の時の作戦に組み込もうとか考えなかったんですか?」

 凍った。

 ヘラジカの動きが明らかに停止した。

 部下に見つめられて、ほんの数秒の間思考した大将は。

「─────作戦とかそういうのよくわからん!」

 と云うような事をのたまった。

「あぁーーー───」

 部下達は落胆の溜息を漏らした。

「や、やめろよう。そういうの、まるで私がバカみたいじゃないか」

「そんことないですよ。ほら、シロサイもたいがい似たようなものですよ。ね!シロサイ」

「そうですわ大将。そう気を落とさずに。ほほほほ

 ───アルマジロあなた後でわたくしの修行に付き合いなさい」

「え!?いやそれはちょっときっついななんてアハハハ」

手前てめぇ達仲良く談笑してねーでちゃんとオレの闘い見てろよ!!」

 六右衛門が壇上で吠え散らかした。

「うわ、ダイミョージン殿よそ見しながらたたかってる」

「よっゆ〜う」

「さっきまで神妙な面持ちで観てたと思ったらなんか雰囲気軽くなりやがって畜生ォォッ!!」

 畜生の掛け声で、六右衛門は力強く武器を振り、ハシビロコウをぶっ飛ばした。

 空に身体を飛ばされたハシビロコウは石舞台の外に落ちる事なく、側頭部の羽根をはためかせ身体を空中に固定した。

「よぉし分かった。見てろよ手前てめぇ達。六右衛門の真の闘い振りを魅せてやる!」

 そう云うや否や、六右衛門はハシビロコウに背を向け、ずかずかと壇場の中央に歩を進め、其処そこでハシビロコウに振り返った。

 ───凄まじく性格の悪そうな笑みを浮かべながら。

 そして、なんと石舞台の中央に胡座あぐらをかいてふんぞり返ってしまった。

 六右衛門がうそぶく。

「来いよハシビロコウ。どうした、隙だらけだぞ?来ないのか。それともアレか?

 

 観衆は響めいた。

「ダ、ダイミョージン、あいつ───。

 ハシビロコウにとって一番やって欲しくないことを───っ」

「ヘラジカ様、ダイミョージンは一体何を?」

「わからないか?ハシビロコウの得意なたたかい方をできなくしたんだ。

 !」

 ハシビロコウは地面に降り立った。

 六右衛門の挑発は続く。

「ほれ、早く来ないか。退屈だぜ。怖気付いたのか?攻めなきゃ勝てねぇぞ」

 次の瞬間。ハシビロコウは六右衛門に突撃した。

「乗った!」

 ヘラジカが叫ぶ。

 六右衛門とハシビロコウの距離が近づき、目と鼻の先。

 振り上げられたハシビロコウの武器が六右衛門の頭に───。


 振り下ろされる事はなかった。


 力強く握られ、振り上げられたハシビロコウのその手に、胡座をかいたままの六右衛門が武器を突き付け、振り下ろされる事を阻害していた。

 ハシビロコウが怯んだその一瞬、膝立ちになった六右衛門は口の両端を上に裂き───。

 ───あーあ、駄目だねぇ。得物をそんなに強く握っちまって。

 ───こういうのはね、軽〜く、緩〜く握るくらいが丁度良いんだよねぇ。

 ハシビロコウの脚を引っぱたいた。

 それはもう大きな音で。

 聞いているこっちが痛くなる程で。

 観衆は皆一様に顔をしかめた。

「クァ''───ッ─────ッ」

 堪らず地面に倒れるハシビロコウのその胸に、六右衛門は容赦なく得物を突き立てた。


「真剣だったら御前おまえは死んでいたって所だな。勝負有り───だぜ。」

 六右衛門はハシビロコウを見下ろしながら得意気にと笑った。

「ツッ───ッ」

 ハシビロコウは顔を赤くして痛みに耐えている。

「あぁ、すまん。少々強く叩きすぎたか。

 れはそうと、どうしてこうなったか分かるか?」

 問われたハシビロコウはかぶりを振った。

「得物を振るのが一拍遅いんだよ。攻撃が当たる範囲に入ってから武器を振り上げるんじゃ遅すぎる。ただそれだけの話よ。

 御前おまえ───自分から攻めるの慣れてないだろ」

 ハシビロコウはうなずいた。

「だが、御前おまえは見事だった。相手に攻撃させれに応じて技を返す。オレ等の言葉じゃせんと云う。コイツァ難しい技でね、難無くこなすたァ見事と云う他無ェ。良い線行ってるよ。

 れからは、せんせんを修練するがいい」

「うん、勉強になったよ。

 ね、私からもひとついい?」

「なんだ」


 パン。


 破裂音。


 六右衛門の頭部の紙風船の割れる音が───。


「風船を割らないと勝負はつかない」

「あ───ッ」

「ハシビロコウの勝ち!ですぅ」

 湧く歓声。

「見事だハシビロコウ!ダイミョージンに勝ったぞ!」

「流石でござる!いやぁ、ハシビロコウはやっぱり凄いでござる!」

 観衆に囲まれて黄色い声を浴びせ掛けられているハシビロコウのその後ろ、顔面蒼白の六右衛門は口をパクパクさせながら。

「ま、待て。実質オレの勝ちみたいなもんだろ───。お、おい」

 生まれたての小鹿みたいな足取りで歩み寄ろうとした哀れな敗者のその肩を、ヤマアラシが叩いた。

「まぁ、ダイミョージンさん。次、頑張りましょ。です!」

 アァ、ソウダナ───。

 なぐめの言葉は時に、却って聞いた者の心をえぐり取る。

 六右衛門の心は完全にし折れた。






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