六右衛門狸 八

 石舞台の両端、シロサイとオオアルマジロが丸めて棒の形にした紙───つまりは武器───を手に、相手の一挙手一投足を見逃さんと睨み合っている。

 シロサイは頭に、アルマジロは腹部に紙風船を付けている。れを割られれば敗北である。

 二匹の間には張り詰めた空気が満たされていた。

 舞台の外側ではカメレオン、ハシビロコウ、ヘラジカ、そして六右衛門の四匹が戦いの行く末を座りながら見守っている。

 ヤマアラシが声を張り上げる。

「練習試合!シロサイ対オオアルマジロ!両者見合ってぇ───」

 両者の武器を握る手に力が入る。

 先刻の剽軽ひょうきんさは掻き消えていた。

 ───良い眼をしている。

 六右衛門は素直に感心した。

 老狸は津田で手下共に武術を教えていた頃を思い出していた。良い眼をしている者は皆良い太刀筋を持っていた。ならば彼女達も───。

「始め!ですぅ!」

 戦いの火蓋が切り落とされたと同時、シロサイは突撃した。

「んうぅぅぅんんっ」

 オオアルマジロは動かない。シロサイの攻撃を受ける構えだ。

「とぉ!」

 シロサイの構えは大上段。

「よっ」

 対してオオアルマジロは武器を横に構えてれを凌いだ。

 両者の攻防を観戦していた者達は感嘆の溜息を漏らした。

「どうだダイミョージン。私の手下の戦い振りは」

「───強いな」

「ほう、強いか」

 ヘラジカの声音に隠しきれない嬉の感情がにじみ出ている。

「あァ、太刀筋が良いなシロサイは。切っ先と拳が体の中心を通っている。刀身から拳、そして丹田たんでんが一直線に通らねば良い太刀筋は産まれない。そして、シロサイはれができている」

 六右衛門は指先でくうを垂直になぞる仕草をした。

「そんでもって、攻撃を難無く防ぐアリ、アロ、ア───なんだっけ?」

「オオアルマジロ」

「そう、オオアルマジロ。彼奴あいつも良い。頭の天辺てっぺんから背中に掛けて同じく筋が通っている。攻撃を受けても曲がる事の無い一本筋が。だからシロサイの強力な攻撃をも防ぐ事ができる」

「観ただけでよくそこまで解るな」

剣術やっとうなら死ぬ程やったし、死ぬ程観たのでな」

「サイサイサーイ!」

「───っ」

 シロサイの攻撃は止まることを知らない。

 矢継ぎ早に繰り出される剣撃をオオアルマジロは全て防ぎ切っているが、攻めの一手を打つことができない。

「んー、アルマジロ殿。防戦一方でござる」

「このままシロサイが押し切って圧勝か?」

「───いや、アル「アルマジロが勝つよ」

 六右衛門の言葉をさえぎってハシビロコウが断言した。

「よく観てるじゃねェか」

「どういうことだダイミョージン」

 ヘラジカが問う。

「観ろよ。シロサイの奴、攻める事に必死過ぎて"筋"が乱れ始めたぞ」

 六右衛門が問いに答えたその瞬間、戦局が動いた。

 シロサイの渾身の突き───重心を前に起き過ぎている───が紙一重でかわされたのだ。

 前のめりになってバランスを崩すシロサイ。その隙が見逃される筈もなく、オオアルマジロはシロサイの背中に体当たりをした。

「おぉっ」

「なんと」

 ヘラジカとカメレオンは息を呑んだ。

「まぁ、そうなるな」

 六右衛門は実に楽しげにと口角を上げた。

 うつ伏せに倒れたシロサイ。焦って起き上がろうとするが時すでに遅く、頭に付けた風船に無慈悲な一撃が振り下ろされ周囲に破裂音が響き渡った。


「オオアルマジロの勝ち、ですぅ!」


 観客は思わず立ち上がって拍手していた。

「くっ、アルマジロが意外と俊敏しゅんびんだという事実を、忘れていましたわ───っ」

 敗北したシロサイはかなり悔しがっている。ヘラジカ達が考えたように勢いのまま押し切って勝てると思っていたのだろう。真逆自分が負けるとは思っていなかったのだ。

「シロサイは攻める気持ちが前のめりすぎなんだよー。まぁ、正直私も一瞬でも気を緩めてたらヤバかったかも」

 壇上から降りてきた二匹を観客達が迎える。

「良き戦いだったぞ!アルマジロ!シロサイ!」

「実に見応えがあって白熱する試合でござった!」

「そ、そうかなー。そう言われると照れちゃうなぁ」

「まぁ、わたくしは負けてしまいましたが───」

「そんな気を落とさなくても。シロサイ殿の猛攻も素晴らしいものだったでござる」

「あぁ、カメレオンの言う通りだ!」

 カメレオンとヘラジカの温かい言葉に、シロサイは頬を赤くして感涙した。

「みんな───!慰めてくれて、ありがとうですわぁー!」

 そう言うや否やシロサイは二匹に走り寄って抱き付き───。

「「ぅわあーッ」」

 勢い余って押し倒してしまった。

「さ、さすがシロサイ。重みが違う───」

の如き重さですから。エッヘン」

「い、いいから早く降りるでござる。おせんべいになっちゃうでござるゥ」

 三人がじゃれている横ではハシビロコウがオオアルマジロの戦い振りを称賛していた。

「最後の流れるようなカウンター。見事だった」

「ハ、ハシビロコウにそんな面と向かって褒められると、尚更照れちゃうなぁ。えへへへ」

「私だけじゃないよ。ロクエモンさんも褒めてた」

「ほんとに?ねぇロクエモン、どうだった?私の戦い振り!」

「うん、あれだけの攻めを全て受け切った事は称賛に値する。精進すれば良いつわものになれるだろう。

 ─────アリマグロ」

「アルマジロだよ」

「あれ?」

 ───覚え辛ぇ。

「ハイハーイ!次の試合始めるですよー!

 ハシビロコウ!ダイミョージンさん!壇上に登ってくださーい!」

 場にどよめきが起きる。

「俺もやんのかヘラジカ」

「当然だ、期待しているぞ。ハシビロコウも」

「うん」

 ヤマアラシが装備一式を六右衛門に手渡す。

「風船は何処に付ければいい」

「どこでも好きな所に」

「好きな所に?背中に付けてもいいのか」

「え、せ、背中は、ちょっと」

「冗談だ。頭に付ける」

 紙風船は兜の前面、前立まえだてに取り付けた。

 武器を見る。

 武器の長さは打刀うちがたなと同じ程度であろうか、二尺三寸は超えているように思える。

 六右衛門は武器を軽く振り、武器の具合を確かめた。

 空気の抵抗が大きい。ふるった時に切っ先に掛かる空気の面積が刀よりも広いのだ。刀ほど武器本体が硬くないので下手に変な所に当てると折れるかもしれぬ。

 六右衛門が武器をと見つめていると、すぐ横からハシビロコウが六右衛門の顔を覗き込んできた。

 その顔に一瞬、鹿の子姫むすめの顔が重なって、六右衛門は大いに動揺した

「大丈夫?」

「あ、あぁ」

 六右衛門は短い返事だけを返すと、ハシビロコウを置いて一匹石舞台に登っていった。


 戦いを前に気を乱すとは。老いたか、六右衛門。

 精神を統一しろ。

 身体から力を抜け。

 戦いの事だけを思え。

 闘争は艱難辛苦に非ず。

 いくさを楽しめ。

 苦痛を笑え。

 苦悶を笑え。

 あざ笑え。

 笑え。


 石舞台の両端に六右衛門とハシビロコウの両名が立った。

 観客は固唾を飲んで見守っている。

「ダイミョージン殿って───」

 カメレオンが口を開く。

「───ハシビロコウと、似てるでござるよね。目つきとか」

「確かに」

二匹ふたりとも近寄りがたい雰囲気はありますわね」

 周囲の者が同意する中、ヘラジカがただ一匹。

「そうだろうか」

 の意見に異を唱えた。

「ハシビロコウはあんな笑い方しないだろう」

 ヘラジカが指差したの先。六右衛門が、悪鬼の如き獰猛な笑みをたたえてハシビロコウを見据えていた。

 ヤマアラシが開戦の掛け声を掛ける。

「ハシビロコウ対ダイミョージン!いざ尋常に───」

 六右衛門は呟いた。

「───さぁ、楽しもうぜ」

「始め!ですぅ!」

 戦いの火蓋は切って落とされた。






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