六右衛門狸 七

「所で聞くが。ライオンとか云う奴とは何度も戦ってンのか」

「あぁ」

「戦績は」

「うむ、75戦1引き分け───」

「はぁ」

「2勝───」

「は?」

「72敗。だな」

 六右衛門はあんぐりと口を開けた。

「負け過ぎだろ!マジか手前達てめぇら。何だ、数で負けてるのか?」

「いや、ライオン側は大将含めて4匹だ。むしろこちらの方が2匹多い」

「じゃあ、地形的に不利とか」

「いや、ここから城まで特に何もない。至って平坦な道だな」

「───さては無策で突っ込んでるんじゃあるめぇな」

「最初はそうしていたが」

「おい」

「いやしかし、今はちゃんと作戦を立てて行っているぞ」

「ほうどんな」

 ヘラジカは此処ここで咳払いをし、舞台の土に指でライオン城の周りの地形と兵の配置を描き始めた。

「まず、ライオン側は前衛にオーロックスとアラビアオリックス。門番にニホンツキノワグマ───」

 ニホンツキノワグマ。その名に六右衛門が反応する。

「月輪熊?ようやく知った獣の名が出てきたな」

「おぉ、それはよかったな。───で、話を戻すが、門番にツキノワグマ。そして城の最上階にライオン、まぁ相手はこんな感じの布陣だ」

「ほー、糞みてぇな布陣だな」

 しまった。

 六右衛門は口を手で抑えた。

「く、くそ?」

「あぁいや、何でもない。続けてくれ」

 口が悪いのは六右衛門の悪い癖だ。

「───?で、私達の作戦だが、まず前衛にアルマジロ、ヤマアラシ、ハシビロコウ、シロサイの4匹を送り出し大将───つまり私のを出して気を引くと。そして私はカメレオンと一緒に城に乗り込みカメレオンに場内の偵察をしてもらう。門番のツキノワグマと会ったらカメレオンに戦いを任せ、私はライオンに一騎打ちを仕掛ける。とまぁこんな作戦で───」

「どうして」

「え?」

「どうしてそんな七面倒臭しちめんどくせェ作戦を」

「どうしてって───」

 六右衛門がヘラジカの描いた絵に己の考えを描き加える。

「いいかヘラジカ。敵はただでさえ少ない兵を前衛、門番、城の三つに分けて戦力を分散しているんだろ?───この四匹以外に敵は絶対に居ないんだよな」

「あぁ、居ないはずだ」

「じゃあ後詰ごづめの心配もェ訳だ。なら話は単純、前衛から順に此方こちらの六匹で囲んで袋叩きにして、各個撃破すれば良いだけの話じゃねぇか。負ける方が難しい戦だぞ。それこそ無策で突っ込んでも勝てる」

「む、むぅ」

「もし負けるとしたらどんな状況だよ。此方こちらから兵を一匹ずつ逐次投入してぶつけるとか?まさかそんな事しねェとは思うが───」

 六右衛門が反応を伺うと、少女達は皆一様に黙りこくってしまった。

 マジか。

「───ヤッタノカ」

 ハシビロコウが弁明する。

「私達最初の方は"全員で城まで走って突撃"っていう作戦をとってて、そうするとどうしても足の遅いフレンズは置いてけぼりになっちゃって───」

「で、ヘラジカだけ先頭を突っ走って後から御前達おまえらが足の速い順に追いついて、結果的に戦力の逐次投入という結果になったと」

 横で聞いていたヘラジカが感心して頷いた。

「理解が早いなダイミョージンは、さてはおまえ賢いな?」

 六右衛門が目を見開く。

手前てめぇ───」

?」

 危ない、危ない。又悪い癖が出る所だった。

「あ、あー。戦術とか、兵の動かし方とか知らねェだけだよ。習えば誰でも此れ位の事は解るようになる。うん」

「そうなのか」

 ヘラジカは顎に手を当てた。

「ダイミョージンは───戦が得意なフレンズなんだな」

 六右衛門は目を丸くした。そして直ぐに獰猛な笑みを浮かべてこう応えた。

「あぁそうだ。オレァ戦が好きだ。オレにゃあ此れしかェのよ───」






 抜き足、差し足、忍び足。

 城内を周囲を伺いながらそろりと歩き回る怪しいフレンズが居た。

 何かやましい事情がある事は明白に見て取れる。

 侵入者───ではない。彼女はニホンツキノワグマ。ライオンの手下三人衆が一匹である。

 無論城内は彼女の陣地なので本来であるならばツキノワグマがこのように忍ぶ必要は無いのだが───。


「"亀"をお探しかの」


 突然耳元で話しかけられたツキノワグマは悲鳴を上げようとしたが、その叫びは口を手で抑えられる事によって阻止された。

「しーっ、大きな声を上げたら気付かれるであろ」

 ツキノワグマが平静を取り戻したのを見て、声の主はそっと手を口から離してやった。

「熊の癖に臆病な奴じゃの」

「いや、ごめんごめんカメちゃん。ほらジャパリまん持ってきたよ」

 カメと呼ばれたそのフレンズは、十二単じゅうにひとえを纏った大層きらびやかな女だった。しかし、臀部でんぶに生えた茶色い毛に覆われた太い尻尾と頭の耳に関して云えば、煌びやかさとは無縁の獣らしい一種浅ましささえ感じるものだった。

「おぉ、有難う。───しかし今日は実はもう自分で饅頭を持ってきているのじゃ」

 そう云うと亀は袖から自慢気にジャパリまん───誰かが齧った形跡がある───を取り出して見せた。

「また城の中から勝手に盗ってきたの?バレたらマズイよ」

「心配するでない。城の誰かに見つかるようなへまな事、亀はしないのじゃ」

「でも私には見つかったじゃない」

「う、ぐぅ。それは、そうじゃが」

 言い淀む亀の姿を見て、ツキノワグマはつい吹き出してしまった。

「な、何が可笑しいのじゃ。この───」

 口では無愛想を気取っている亀だが、笑うツキノワグマを見てとうとう亀自身も笑いを堪えられなくなったようだ。

 二匹は並んで笑い合った。


 ツキノワグマと亀の出会いはつい最近の事である。

 亀がジャパリまんを盗み食いしようとしていたのをツキノワグマが偶然目撃してしまったのだ。

 れがもし見つけたのがオーロックスやオリックスであったなら事である。此の二匹は仲間以外のフレンズには基本的に不寛容なのだ。かばんも彼女達に捕まった時かなりぞんざいな扱いを受けたと聞く。

 ツキノワグマは亀を見つけた時、彼女が酷く腹を空かしていると思った。だからツキノワグマはその盗人に「ゆっくりお食べ」と告げたのだ。

 その後よくよく聞いてみると、実はこの盗人───つまり亀───はライオンが城を縄張りとする遥か以前から此の城に住み着いていたのだと云う。

 彼女の云っている事が真実ならば、他のフレンズの縄張りにずかずかと入り込んで食料を食い荒らしているのは実はライオン側と云う事になる。

 どうして何も云わずに隠れていたのかと問い詰めると亀はただ一言。

「斬り殺されるのが怖かった」

 と云う。

 オーロックス達の性格を考えれば妥当と云えなくも無い懸念である。

 追い出すのは忍びないし、大将ライオンに報告しても同じ結果になりそうだ。ジャパリまんを勝手に食べさせた事で己が叱責されるかもしれない。

 だから、ツキノワグマはそれ以来ジャパリまんを密かに亀に分け与える事に決めたのだった。


 二匹は並んで座りながら、共にジャパリまんにかぶり付いていた。

 亀がツキノワグマに問う。

「なぁ、月輪熊。今度の合戦はどうかの」

「どうって」

「ちゃんと勝てるのか」

 亀は膝を強く抱き寄せた。

「おまえ達が負けたら、亀は熊と離れ離れになってしまう」


 ライオン陣営は此れまでの合戦で二回負けた事がある。

 負けた時、ライオン達は城を降りて縄張りをヘラジカの所と交換したのだ。

 その次の合戦で勝利して結局直ぐ元の縄張りに戻ったのだが、亀は其のわずかな間ツキノワグマと離れ離れになるだけでも耐えられない様なのだ。

 亀は何かに怯えているように見える。


 ツキノワグマは亀の頭に手を置いた。

「大丈夫だよ。最近はしばらく私達が勝ちっ放しだし。それに、オーロックス達もなんだか最近は調子が良いみたいなんだ。次の合戦も勝てるよ絶対」

「本当か?なら、亀と指切りするのじゃ」

「ゆびきり?」

 亀が小指を出す。ツキノワグマは訳も分からず同じようにした。すると、亀は出した小指をツキノワグマの指に絡めてこう歌い出した。


〽︎指切拳万、嘘ついたら針千本呑ます。指切った。


「え、えーと。合戦に負けたら私は針を飲まされるのかい?」

「まさか!此れはただの"おまじない"じゃ」

 しかし、それだけの覚悟を持って戦いに臨んで貰いたいのじゃ。

 彼女は鼻息を荒くしてツキノワグマにこう云った。

 ───当然だ。

 ツキノワグマは亀に約束した。

「もちろん!ヘラジカなんかには絶対負けないんだから。約束するよ。絶対に勝って戻ってくる!」


 亀に寂しい思いは絶対にさせない。

 ツキノワグマは胸に誓った。






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