六右衛門狸 六

 ヘラジカの縄張りは、漆喰壁に囲まれた中央に一段地面と高くなった舞台とおぼしき台座が設置されているというものだった。

 六右衛門達は舞台の上に立っている。

 ヘラジカは腕組みをして次のような事を叫んだ。

「まずは自己紹介から始めようか!初めは誰から行きたい?」

 ベレー帽の少女が手を挙げる。

「はいはーい!私から行きまーす!」

「よし、行け!」

 少女が六右衛門の前に立つ。

「私はオオアルマジロ。自慢の装甲で相手の攻撃をバシバシ弾いちゃうよ!よろしくねダイミョージン!」

「装甲と云うと、肘とか膝に着けてる其れか。まぁ、宜しく」

 甲冑を纏った女が前に出る。

「では次はわたくしが」

 荷車から最初に振り下ろされた女だ。

 身長は六右衛門より高いようだ。甲冑の出す威圧感もあって力強く見える。

「わたくしはシロサイ。アルマジロと同じく守りに自身がありますわ。それに、力もあるんですのよ。どうぞよろしく」

「宜しく」

 次はでん部に針が生えた女の番だ。

「私はアフリカタテガミヤマアラシですぅ。私はその、針が生えてることくらいしか取り柄がないのですが───」

「そのケツに生えてる針ぶっこ抜いて武器に出来たりはしないのか」

「は、針を!?それは、考えたこともなかった、ですぅ」

 ヘラジカが横から茶々を入れる。

「それは良いアイデアだ。今度やってみたらどうだ」

「ぬ、抜けるかどうかわからないですよぉ。ほ、ほらカメレオン。次はあなたの番ですぅ」

「それでは───」

 今度は緑の頭巾を被った少女だ。

「拙者、パンサーカメレオンと申す。拙者はその、いわゆる日陰者というやつで、アルマジロ殿みたいに守りがかたい訳でもないし。ヤマアラシ殿みたいに武器を持っている訳でもないでござる───」

「日陰者と云う割には、さっきは自信満々で"我ながらニンジャ"とか云ってたが」

「そ、それは───」

 カメレオンは顔を赤らめた。

「拙者、時々調子に乗りすぎる時があって。お、お恥ずかしい限りにござる───」

 カメレオンは顔を手で覆い隠してしまった。

 可愛い奴だな。

 六右衛門は目を細めた。

 ハシビロコウが静かに六右衛門を見つめる。

「もう自己紹介はしたけど───私はハシビロコウ。特技は───」

「飛べること、だろ。さっき見たよ。改めて宜しくな」

「うん、よろしく」

「そして私が!!」

 ヘラジカがいきなり大きい声で叫んだ。

「皆をまとめる大将!ヘラジカだ!!」

「あぁ、おまえのもさっき聞いた。宜しく。」

 最後は六右衛門の番だ。

「オレも既に名乗った後だが───。名は六右衛門。正一位しょういちい六右衛門大明神だ。人供の間じゃ六右衛門狸で通ってる」

「ダイミョージンってタヌキのフレンズなんだ。あれ、ダイミョージンとタヌキどっちが名前なの?」

「狸、の方かな。大明神は称号みたいなもんだ」

「じゃあ、そのダイミョージンってどんな意味なの?」

 アルマジロが無垢な瞳で問いかける。

「大明神は神様って意味だな」

「神様!?」

 その発言に少女達は騒めきだす。

「神様ってことは、ダイミョージンさんはってことですぅ?」

「い、いやァ神様だからって偉いとは限らねェだろ。付喪神何ぞは偉くともなんともねェし───」

「じゃあじゃあ、ショーイチーはなんていう意味でござるか?」

「正一位は───ず、神階について知らンとなァ。神階ッつぅのは神様としての位だ。三つ種類があって一つは"文位"、れはまぁ普通の神階だ。次に"武位"。武勲を上げたヤツに与えられる。最後に"品位ほんい"。これは皇族に与えられるもんだが、神様に与えられる例は少ない。取り敢えず忘れてくれていい」

 六右衛門の話を熱心に聞く少女達。しかし完全に理解している者は居ない。

 六右衛門ははなから全て理解してくれるとも思っていないので構わず説明を続けた。

「オレの持つ神階は文位だ。全部で十五階あって下から───正六位上しょうろくいのじょう従五位下じゅごいのげ従五位上じゅごいのじょう正五位下しょうごいのげ正五位上しょうごいのじょう従四位下じゅしいのげ従四位上じゅしいのじょう正四位下しょうしいのげ正四位上しょうしいのじょう従三位じゅさんみ正三位しょうさんみ従二位じゅにい正二位しょうにい従一位じゅいちい、そして正一位しょういちいだ。

 ───まぁ、別に覚えなくてもいい」

 少女達は口をぽかんと開けていた。

 最初にある事に気付いたのはハシビロコウだった。

「───結局ロクエモンさんって偉いってこと?ショーイチーってシンカイの1番上なんだよね」

「まぁ、そういう事になるかな」

 その瞬間、場に黄色い声が木霊した。

「やっぱりダイミョージン殿は偉い神様だったんでござるな!」

「そんな凄い神様が仲間に加われば、ライオンなんてお茶の子さいさいだよぉ!」

「わ、わわ、待てよおまえ。神階の一番上ッつったって、正一位取ってる神ッてのは結構多いんだぞ。大物主神おおものぬしのかみとか、経津主神ふつぬしのかみとか───。そうそう、稲荷も正一位だったな」

「イナリ?」

「何だ、知ってるのかヘラジカ」

「オイナリサマのことだろう?知ってるぞ。この前会った」

「会ったァ!?」

 六右衛門の声が裏返った。

「会ったっておまえ───」

「あぁ、会った。イナリズシとかいうのを皆に配っていてな、美味かったなぁアレ」

 六右衛門は愕然としたのか或いは呆然としたのか、しばらく声が出せなかった。

「─────何やってんだ。彼奴あいつ───」


「自己紹介も終わったことだし、ロクエモンさんに武器をあげないと───」

「おぉ、そうだなハシビロコウ!それは名案だ!」

「武器?武器なら持ってる」

 六右衛門は腰に下げている大小を拳で叩いた。

「我々の合戦には専用の特殊な武器が必要でな、ちょっと待っていろ」

 ヘラジカは駆け出した。

「あ、あーっヘラジカ様!それくらいなら私達が───行っちゃった」

「ヘラジカ様はいつも私達を置いて突っ走ってしまうですぅ」

「おまえンとこの大将は落ち着きがェよな。振り回されるおまえも大変だろう」

「確かに大変なこともあるでござるが、拙者達はヘラジカ様のそういう所に惹かれているのでござるよ」

「ほぉ、そうなのか」

「確かに、ヘラジカ様が先を行ってくれるから私達も安心して後をついていける───っていうか。上手く説明できないけど」

 何だかんだヘラジカは手下達に尊敬されているようである。

 うする内にヘラジカが帰ってきた。

「さぁ、これが合戦に使う武器だ」

「武器?───紙を丸めただけのように見えるが」

「あとこれを───」

「───紙風船ン?」


 ほとんど強制的にヘラジカの軍門に入れられた六右衛門は、流されるまま合戦の前準備に付き合わされる事になった。

 六右衛門は現在、この時代の事にいて知識を何ら持ち合わせていない。

 日本語ひのもとことばは通じるものの、此処ここ日本ひのもとかどうかまではまだ分からない。そも、人が滅んだと云うことは六右衛門が知る時代より遥か未来と云う可能性も高い。こうなると文化様式も六右衛門が知るものとは掛け離れたさまになっているかもしれない。

 兎に角今は情報が欲しいのだ。その為には実際にこの時代の住人と住んでみるのが一番だろう。つまり、ヘラジカの縄張りに居候しなければならない。六右衛門はヘラジカの縄張り以外に行く当てが無いのだから。

 だから、ヘラジカの頼みを断るという選択肢ははなから六右衛門には与えられていないのだ。

 ヘラジカが此処ここまで考えて仲間に誘ったのだとしたら、此奴こいつは中々の切れ者である。

 もっとも、六右衛門は戦が好きだ。こう云った状況でなくとも合戦に参加してくれと云われたなら二つ返事で了承しただろうが───。

「ヘラジカよ、こんなもん使ってどうやって戦するつもりだ?」

「よくぞ聞いてくれた!いいか、まず風船を身体のどこかにつける」

「ほう」

「そしてこの棒を使って戦い、風船を潰されたらそいつはやられた扱い、大将の風船を潰された方が負け。というルールだ」

「そりゃ、つまり───合戦、か?」

 詰まらねェ。

 これは六右衛門の望んでいた戦ではない。

「大体よォ、あんたオレに人の話を聞きたいとか言ってなかったか?そっちはいいのか」

「あぁ、忘れてたな。まぁ、そんなことは後でもいい。ライオンとの合戦が間近に迫っている。今はとにかく修練だ!」

 人についての話はこの際どうでも良いらしい。

 ヘラジカの頭の中は合戦のことで一杯だ。

「───左様で」

 六右衛門は、渋々と云った表情で了承した。






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