六右衛門狸 五

 時間は巻き戻って火山が噴火した直後。即ち、六右衛門がジャパリパークで目を覚ました頃である。

 へいげんちほーに建てられた天守風建築物の最上階。ライオンは座布団に丸まって心地良い惰眠に浸っていた。横にはかじりかけのジャパリまんが置いてある。


 "百獣の王"。かつて人はライオンをそう称したと云う。風になびたてがみに王者の品格を垣間見たか、将又はたまたとどろく咆哮に畏怖を感じたか、いずれにしろ人はライオンを特別視している。

 しかし、そう云ったイメージは人が勝手に植え付けた価値観であり、実際の所はライオンはただの大きい猫である。其れ所かライオンは他のネコ科動物より温和な性質であるとも云う。

 たてがみに対してコートに付いている毛皮ファーのような感触を期待しているような者も居るが、実際其のような柔らかい触り心地のたてがみを持ったライオンは、衣装箪笥の向こう側The Chronicles of Narniaにしか生息していない。とどのつまり、架空の物語にしか存在していないのだ。


 つまり何が云いたいかというと、百獣の王たるライオンが噴火した爆音で飛び起きて───比喩ではない───恐怖心に駆られ四足で走り出し、その勢いのまま壁に爪をかけ駆け上がり、あまつさえ天井に脳天を直撃させたとしても何ら不思議は無いと云うことである。

 ───それにしても床に落ちた時に受け身すら取れないというのは、ネコ科としては如何いかがなものであろうか。


 何はともあれ、ライオンが平静を取り戻したのは畳に身体を打ち付けてすぐ後のことである。

 ハッとしたライオンは不味そうな表情で部屋を見渡した。この一室にはライオン以外のフレンズは居ない。つまり、今し方演じた痴態を見た者は居ない。

 観客無き道化は胸を撫で下ろした。


 ライオンには三匹の手下が居る。

 一匹はオーロックス。

 一匹はアラビアオリックス。

 そして最後の一匹はニホンツキノワグマ。

 この三匹はライオンに絶対の服従を誓っていた。否、より正確に云うならば"百獣の王"に服従している。

 三匹ともライオンに夢を見ているのだ。ライオンは強く、気高く、百獣を従えるに相応しい器を持つ獣であると。それは、かつて人がライオンに対して持っていた夢と同じものであった。

 本当の自分はそのような獣ではない。私はただの図体のでかい猫に過ぎない。───等と突っぱねることはできただろう。しかしライオンは己を見つめる期待に満ちたその瞳を、残酷な真実で以って涙で濡らすことに耐え難い心痛を感じた。ライオンにはどうしても彼女達の夢を壊すことができなかったのだ。

 しかしてライオンは王を演じた。

 語り口調には威厳を含め、合戦にいてはリーダーシップを遺憾なく発揮した。

 ライオンは元より群れる獣であるからして、ライオンの演じた役柄キャラクターが丸っ切り嘘という訳ではない。しかし手下供が思うライオン像はやはり、本来のライオンとはいささか離れたものだった。

 もっとも、四六時中欠かさずこの性格を演じている訳ではない。手下以外のフレンズには普通に接しているし、その姿を手下供に見られた事もある。しかし、それすらも手下供にとっては寛容の心で他のフレンズと接する偉大なる王の姿と取られたようだ。

 こうなると、手下供はライオンにある種のを持っているとすら云えよう。手下供にとってライオンはそれだけ大きい存在であったのだ。

 だから、彼女達に道化を見せる訳にはいかない。己がどう思われようが構わないが、彼女達の夢をこの様な形で壊すのは余りに忍びない。


 ライオンは襖を開けて外の様子を伺った。

 火山から吹き出たサンドスターが、陽に照らされきらめきながらへいげんに落ちていく様が見て取れる。

 ───サンドスター。触れた獣をヒトの姿へと変じさせる奇跡の物質。眼前に広がる神秘の残滓ざんしを前にして、しかしライオンの心中には残らず想いはヘラジカへと注がれていた。


 つい最近のことである。ゆうえんちで博士にある事実を知らされた。ヒトはライオンを"百獣の王"と称え、そして同じようにヘラジカは"森の王"と崇められていたと云う事を。

 森の王。何と大仰たる異名であろうか。荒唐無稽さで云えば百獣の王とどっこいどっこいと云う所だろうか。

 ライオンはその時から、ヘラジカに己の境遇を重ね合わせて見ずには居られなくなった。

 ヘラジカの手下供も又、ヘラジカに歪んだ信仰を捧げているのだろうか。

 あの威風堂々たる態度も、やはり演技に過ぎないのであろうか。

「ヘラジカも、たまには勝負じゃなくて楽しくお話ししに来てくれればいいのになぁ。

 ヘラジカとお話ししたいことがいっぱいあるのに───」

 もし、ヘラジカに隠された裏の性格かおがあるのだとしたら。その性格かおは己にこそ向けて欲しいとライオンは思う。

 しかし、結局の所ヘラジカが見ているのは"百獣の王"なのだともライオンは思っていた。

 ヘラジカがライオンに挑むのはライオンが百獣の王だからであり、ならばヘラジカはライオンとの団欒だんらん等求めていない。結局ヘラジカが求めているのは百獣の王と云うことになる。

 ライオンは其のことを考えると、何とはなしに心中に寂寥せきりょうを感じた。

 ライオンはその感情に蓋をするように襖を閉じた。これ以上は考えても不毛というものだろう。そも、今考えたヘラジカの境遇は全てライオンの妄想である。普通に考えればヘラジカのようなフレンズに悩みなどあろう筈も無い。ライオンはただ単に自分と同じ境遇を持つ仲間が欲しいだけなのだ。

 ───それ以外の意味なんてあるはずない。

 ライオンはそう考えることにした。


 ライオンが振り返ると、ある小さな異変が起きていた。

 畳に置いてあった食べかけのジャパリまんが跡形もなく失せていたのだ。






 時間は戻って現在、ヘラジカの縄張りでは荷車から放り出されたフレンズ達がうめき声を上げていた。受け身を取れた者はどうやら六右衛門と緑色の頭巾の少女だけのようである。その他のフレンズは皆地面に叩きつけられるか壁に激突していた。

「おーい、生きてるかー」

 六右衛門が軽口を叩く。

「大丈夫だダイミョージン!私の手下は滅多なことではへこたれない!」

 この惨状の原因であるヘラジカが何故か自信満々で答える。余程仲間に信頼を置いているのか、或いは単に思い遣りが無いのか判別し難い。

「今の受け身、見たでござるかダイミョージン殿!我ながらいかにもニンジャ!って感じだったでござるよぉ」

「へ?あ、あぁ。そうだなァ。凄いぞ、山くぐり」

「むふう」

 褒められた少女は顔がにやけるのを必死に堪えているようだ。

「所で、本当に大丈夫か受け身とれなかった連中」

 六右衛門は地面に倒れている女達の方を振り返った。

 ベレー帽の女と針女はともかくとして、鎧を纏った女───確かシロサイと呼ばれていた───は起き上がるのに手間取っているようだ。

「ん、ハシビロコウが居ないな」

「ここだよ」

 頭上から声が聞こえてきた。空を仰ぎ見るとハシビロコウが空中を浮遊していた。側頭部に付いている翼らしきものが羽ばたいている。

「飛べるのか」

 どうやらヘラジカが縄張りに突っ込む前にあらかじめ空に逃げていたようだ。

 ハシビロコウはゆっくりと地面に降り立った。

「ダイミョージン。1つ聞きたいことがあるんだが」

 ヘラジカが六右衛門に問いかける。

「おう」

「おまえ、戦えるか?」

「へ、何だ藪から棒に」

 六右衛門は面喰らった。

「武芸百般にはまぁ、通じているが」

「つまり戦えるんだな!」

 そうかそうかとヘラジカは頷いた。六右衛門にはヘラジカが何を考えているのか見当もつかない。

「そんな事を聞いてどうするつもりだい」

「採用だ」

「あ?」

「ダイミョージン。私の仲間にならないか?一緒にライオンを倒そう!」

「な、何だって!?」

「おぉ、ダイミョージン殿が拙者達の仲間に!?」

 他の少女達が一斉に沸き立つ。

「仲間が増えたですぅ!」

「よろしくねダイミョージン!」

「え、えええぇぇええぇえええ!?」

 最早断れる空気では完全になくなってしまった六右衛門なのであった。






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