六右衛門狸 四

 振り落とされた二名が戻ってきた。最初に振り落とされた者は、遠くの方から駆けて来た為に息も絶え絶えである。西洋の重甲冑らしき物を着込んでいるのでさぞかし辛かったであろう。

「ふぅ、はぁ。ヘ、ヘラジカ様。ふぅ、置いてくなんて、ひぃ、あんまりですわ」

「いや、すまなかったシロサイ。気付いてやれなくて。今思えば、確かに行きと戻りで半分くらい重さが違ったような───」

「は、半分!?わたくし、そんなに重いんですの!?並みのフレンズ3匹分くらい!?」

「あぁ、まるでの如き重さだ」

の如き!?」

 シロサイと呼ばれた女は膝をついた。眼にはうっすらと涙がにじんでいる。

「わ、わたくしは。ヘビー───」

 傷心のシロサイはとうとう手すらも地面についてうな垂れた。

「どうしたシロサイ!?何故ショックを受けている。重量感があるのはいいことだぞ。重ければ戦いで敵から攻撃を受けても、しっかりと受け止める事ができるからな!」

 ヘラジカの発言に、荷車に乗っていた少女の一匹───蜂の巣模様のベレー帽らしきものを被っている───が同意する。

「そうだよシロサイ!その重量感があるから、あの力自慢のオーロックスの一撃でさえ苦もなく防げるんじゃない。

 私達はシロサイのそのにいつも助けられてるんだよ!」

 その言葉にシロサイは顔を上げた。

「ほ、ほんとに?」

「うん」

「わたくし、重くてもいいんですの?」

「もっちろん!」

 シロサイの表情が晴れた。

「アルマジロの言う通りだ!シロサイ、おまえの重さは、もはや立派な武器だ!誇っていい個性だ!さぁ、胸を張れ!」

「重さは武器───!」

 その言葉に奮起されたのか、シロサイは勢いよく立ち上がった。

「重さは誇り───!」

 その眼には最早先程までの鬱屈としたかげりは消え去っていた。

 荷車に乗っていたもう一匹の少女───でん部に物騒な針が大量に生えている───がたたえる。

「シロサイの重さは、ジャパリパーク1!ですぅ!」

「わたくしはジャパリパーク1───!」

 シロサイが吠える。

「重さバンザーイ!」

 ヘラジカ達も其れに応える。

「「「バンザーイ!!!」」」

「重さサイコー!」

「「「サイコー!!!」」」

「重さイエー!」

「「「イエー!!!」」」

 一頻ひとしきり叫び終えた後、奇妙な一体感が場を支配していた。ヘラジカ達の揺るぎない絆に世界が呼応して、太陽の光は燦々さんさんとヘラジカ達の友情を祝福し、天を舞い飛ぶ鳥達は讃歌のさえずりを高らかに歌い上げた。

 友情は悠久にして永遠なのである───。


 ───なんなんだこれ。

 六右衛門は一連のやりとりを口を開けながら傍観していた。

「ジン生、楽しそうで羨ましいなぁ───」

 口を衝いてでたその言葉は、あざけり等ではなく六右衛門の本心だった。

「ほぁぁぁ───」

 視線───。

 六右衛門が振り返ると、其処には緑色の頭巾と額当てを付けた少女───荷車から振り落とされた少女だ───が眼を輝かせながら六右衛門を見つめていた。

「おぬし───。ロクエモンダイミョージンと申したか」

「あ?あぁ」

「おぬしが身に付けているその毛皮、せっしゃの毛皮と同じアトモスフィアを感じるでござる───!」

「あともす───、あンだって?」

「おぬしの被っているそのカブトといい、カッチュウといい、腰に差してるダイショウといい、他ニンとは思えないでござるよぉ」

「そ、そうか。ハ、ハハ。あ、ありがとぅ」

 六右衛門は苦笑するしかなかった。

 その横ではヘラジカとハシビロコウが会話を始めていた。

「ハシビロコウ。ダイミョージンとは知り合いなのか?」

「いえ、この子は、さっきの噴火で生まれたフレンズでして───」

「あぁ、さっきの。アレはまた大きな噴火だったな」

「その、ヘラジカ様。ヘラジカ様が引いていたのは一体」

「あのよくわからないヤツか?アレはなわばりの近くで見つけてな。アレ以外にも色々置いてあったぞ。多分、ヒトの置いていったモノだろうな。

 実際何に使うモノかはわからないが、これは修行に使えると思ってな。アルマジロ達を乗せて引いていたんだ」

「ヒトの置いていったモノ───」

 ハシビロコウは顎に指先を当てた。

「ハシビロコウ。心当たりがあるのか?」

「はい、もしかしたら、ですけど。

 ───ロクエモンさん」

「うん?」

「アレ。何かわかるかな」

 六右衛門は横目にハシビロコウが指差した其れを見た。

「"荷車"だな。オレの生きてた御世みよにゃ"大八車だいはちぐるま"なんて云い方もあったが。まぁ、アレは見た所金属で出来てるから、大八車だいはちぐるまと云うにはちと違うか」

「ほう、にぐるまというのかこれは。何に使うんだ?」

「荷物───酒樽やら米俵やら乗せて運ぶのに使う。名前通りだな」

「なるほど、便利だな!

 それにしてもダイミョージン。中々に詳しいじゃないか」

「この子、フレンズになる前の記憶───それも、ヒトのいた頃の記憶を、持ってるらしいんです」

「ヒトのいた頃の!?」

 ヘラジカは大仰な身振りで驚いた。

「それは驚きだ。ダイミョージン!」

「おう」

「是非、我々のなわばりに来てくれないか。ヒトについて話を聞きたい」

「あぁ、ええと───」

「ヘラジカ様。元からそのつもりで、縄張りに連れて行こうと───」

「なんだそうだったのか。それなら話が早い。さぁ!」

「あ?乗れって───」

 凄まじく嫌な予感がする。

!」


「うおおおおぉぉおおお!!!ヘラジカ!もっと速度落とせ速度ォ!!」

「案ずるなダイミョージン!私の腕はまだ疲れていない!」

手前てめぇの心配してる訳じゃ───グホッ、揺れる!」

 六右衛門達は現在、ヘラジカが引っ張る荷車に乗せられ石畳の道を疾走していた。

 嫌な予感は的中した訳である。

「ヘラジカ様!ちゃんと前見てないと、またさっきみたいに肝心な所で通り過ぎちゃいますよぉ!」

「おぉ、すまん!張り切るとつい物を見落としがちになってしまうようだ!」

「さっきオレ達を轢きかけたのはそういう事かよ!!」

「───見えてきた。ロクエモンさん、アレが私達の縄張りだよ」

「ハシビロコウ、おまえこんな状況なのに随分と冷静じゃないか───ッ。どれどれ」

 ハシビロコウの指した先に見えた其れは、漆喰壁、だろうか。壁に囲まれた敷地らしきものが確認できる。建物の類は見当たらない。

「なんだありゃ、陣地か」

「その通りだダイミョージン!アレが私達のなわばり。ライオンとのに備える為の言わば根城というヤツだ!」

「何、合戦だって!?おまえ一体何を───」

「さぁ、突っ込むぞぉおおお!!!」

 ヘラジカの発言に悲鳴が湧き立つ。

「ヘヘヘ、ヘラジカ様!なわばりに帰るのにわざわざ突っ込む必要はない、ですぅー!」

「ふぉおおおおおおおおおッッッ」

 最早ヘラジカの耳に仲間の悲痛な声は届いていないようだ。

 縄張りへの入り口が急速に近付いてくる。

 ───ええぃ、ままよ。

 六右衛門は受け身の準備をした。

 他の者も一様に衝撃に備えているようだ。

「「「「「うぅわああああああああああああああああああああああ!!!!!」」」」」

 斯くして、六右衛門はようやくヘラジカ達の縄張りに辿り着いたのであった。






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