六右衛門狸 三

「───絶滅」

 六右衛門は呆けたようにその言葉を鸚鵡おうむ返しに呟いた。

「そう、絶滅」

「いや。いや、いや、いや、いや、待てよ。じゃあ、おまえは、なんなんだ。人じゃないのか」

「私はハシビロコウ、だよ」

「それは───」

 名前じゃないのか。

 そう言いかけて六右衛門ははたと気付いた。今の自分の姿のことだ。

 六右衛門とて人ではない。狸だ。しかし今こうして六右衛門は人の姿と化している。より詳細に言うならば尻尾等が生えた人と獣の中間のような姿だ。そしてこれはハシビロコウにも当てはまる。恐らくこの少女もなのだ。獣でありながら人の姿をしているのだ。

「嬢ちゃん。あンた───、ハシビロコウッつう名前の、。なんだな」

「そう。私はハシビロコウ。鳥のフレンズなの」

「鳥か。通りで───」

 尾羽が生えている訳だ。

「ロクエモンさん。あなたは、ロクエモンっていう種類のフレンズ、なんだよね」

「いンや。オレァ狸だ。六右衛門は唯の名前よ」

「ただの、名前」

 ハシビロコウは少し考えてから。

「かばんさん。みたいな感じか」

 と云った。

「鞄、?」

「さっき、ヒトは絶滅したって、言ったけど。私たち、実は1匹だけヒトに会ったことが、あって。そのフレンズはヒトなんだけど、みんなにかばんって呼ばれてたの。

 名前ってつまり、そういうことでしょう?」

「まぁ、そうだな。オレァ狸だが六右衛門で通ってるかンな。

 しかし、鞄とはまた妙ちきりんな名だな」

「みょーちきりん?」

「あぁ、妙ちきりんだ。妙ちきりん」

「ロクエモンさんは、なんだか変な言葉を使うんだね」

「はっはっはっ。変、か。確かにあンたからしたら変だろうな。

 オレァ古い獣だかンな。喋り方が古風なのよ」

 こういうのを確か、ジエネレイシヨン・ギヤツプと云うのだ。

 六右衛門は笑っていたが、不意にその顔を曇らせ溜息を吐いた。

「どうしたの?」

「うむ、オレァどうやら寝過ぎたようだな。人の世に未練はねぇが、いざこうして滅んだと聞かされると、なんというか、寂しいもんだぜ」

「ロクエモンさんは、ヒトのことをよく知ってるの?」

「あぁ、知ってるとも」

「後で、縄張りに付いたら、ヒトについて色々聞かせてほしいの。いいかな」

「おう、勿論だ」

 六右衛門はハシビロコウの頼みを了承すると、またその顔に笑みを浮かべた。

 その顔は、生きている頃には我が子に対してしか向けなかったであろう優しい微笑みであった。


「所で、あンたとやらにはまだ着かないのか」

「もうすぐ着くはずだよ

 ───ん?」

「どうした」

「なんだろ、アレ」

 ハシビロコウが指したその先。石畳の道の向こう側からがこちらに向かって雄叫びを上げながら、凄まじい勢いで走ってきている。

 それは荷車を引く女のようだ。荷を乗せるスペースにも何人か女を載せている。

「うおおおおぉおおぉぉおおお!!!!!」

「うわあぁあぁあああ」

「ですううぅううぅうううウエッ」

「ひいぃ落ちるッ。落ちるでござるう!」

「スピードを!スピードを落としてくだ!!」

 ───雄叫びに混じって悲鳴も聴こえる。

かしましい』という言葉がそのまま形となったかのようなその一行は、搭乗員の懇願とは裏腹に一切その速度を落とすことなく六右衛門達に向かって突撃してきた。

「うおお、なんだぁアイツァ!?」

 六右衛門とハシビロコウは、ソレを間一髪で回避した。

「あ、危ねぇーッ。轢き殺す気か!?」

「今のって───」

 荷車の女はそのまま暫く走っていたが、ある程度進んだ所で引き返し再び六右衛門達に向かって突進してきた。

「ですわぁーーーーーっっ!?」

 急激に方向転換した所為で、一人振り下ろされたのが遠目に見える。

「チィッ、糞ッ垂れェエッッ」

 六右衛門は豹変した。その瞳には相手に対する明らかな殺意が宿っていた。身の危険を感じ取ったのが原因か、本来の残虐な性格が蘇ったようだ。

手前てめぇる気かァ!?上等だあブッ殺してやる!!」

 六右衛門が手を掲げる。破裂音と共に白色の煙が舞い上がり、煙が消えるとその手にはけものプラズムとは明らかに違う方法で作り出された薙刀が握られていた。

「ゥォオオォオォオオオォオオオオッッ」

 六右衛門が構える。

ワァレェエエッッ!!津田は狸のォ総大将ッ。正一位しょういちいィッ六右衛門大明神也ィイイイイッッッ!!!」

 両者の距離がどんどん縮まっていく。

「抜山蓋世の御力おんちから、我がかいなにこそ宿りけりィ!!

 く逝ねやアアアア───」

「ま、待って。あのフレンズは悪いフレンズじゃない!」

「あン!?なんだって!?」

 ハシビロコウの制止に六右衛門は多少平静を取り戻した。

 さて、実際の所荷車の女はハシビロコウの言う通り六右衛門達に危害を加える意思はなかったようである。

 荷車の女は六右衛門に衝突する直前に脚を前に突き出し急停止した。

 どうやら互いに血を流す事態は避けられたようである。

「ござるぅーーーーーーーーっ!!?」

 ───勢い付いて前方に放り出された者を除いては。


 荷車を引いていた女は、大柄な体躯をしていた。

 平成の日本の女学生が来ているような黒茶色の制服に毛皮ファーのマフラーを巻いている。

 髪型はハシビロコウのソレよりも更に奇抜だ。頭頂部に付いた獣耳の下から、頭髪が横に枝分かれしながら大きく飛び出している。髪の色は服と同じく黒茶だが飛び出した部分だけは灰色に染まっており、形状も相まって鹿つののように見える。

 その表情は自信に満ち溢れている。勇ましい笑みを浮かべ、その眼にはギラギラとした焔がきらめいているのだ。

 ───王の器だ。

 六右衛門は金長のことを思い出していた。

 金長が六右衛門の住処。即ち穴観音城あなかんのんじろに弟子入りしに来た時も丁度この様な表情かおをしていたのだ。

「そこのおまえ」

 女が口を開いた。

「先程の名乗り、聞かせてもらった。実に勇ましく素晴らしい名乗りだったぞ!ロクエモンダイミョージン

 さて、名乗られたからには私も名乗り返さねばな」

 女は胸を張り、良く通る声で仰々しくこう名乗った。

「私はヘラジカ!おまえの横に立つハシビロコウと、私の後ろにいる者達。オオアルマジロ。アフリカタテガミヤマアラシ。シロサイ。そしてパンサーカメレオン。総勢5匹をまとめる総大将だぁ!」

 大将と大将。人の上に。否、獣の上に立つ者同士がここに相見えた。

 この出会いにより、六右衛門の新しい物語がようやく動きだすのであった。






 まぁ、それはそれとして。

「───おまえの後ろにゃ二人しか居ねぇように見えるンだが」

「なにぃ?」

 ヘラジカが振り返る。

「シロサイとパンサーカメレオンはどこに行った!?」

「ふ、振り落とされました。ヘラジカ様」

「なんだと!?いつの間に」

「さっきUターンした時と、急に止まった時、ですぅ」

「ぬぬぬぅ、全く気付かなかったぁ!」

 ───又変な奴が現れた。

 六右衛門はそう思わずにはいられなかった。






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