最終話「喜劇」
横領……
俺の仕事は市役所の出納担当である。
要はお金の管理をしてるわけだが、横領といったって役所においてある金をそのまま抜いたわけではない。いわゆる役所が持つ裏口座といったものから、一時的に金を抜き取ったという感じである。
最近はめっきり聞かなくなったが、カラ出張という言葉がある。要は出張してもいないのに、出張したことにして、経費を自分のものにするというやつだ。これはまあはっきり言って個人でやることは不可能だが、組織でやる分には容易である。
そう出納係さえ黙ってれば分からない話だからだ。
これらカラ出張によってつくられた資金は裏金としてプールされている。この裏金は主に市長や議員のために使われる。彼らに気に入ってもらえれば我々市職員の出世も容易になるというわけだ。また、議員さえ丸め込めれば、資金の動きに不自然な点があっても追及されることはない。
俺は、今の市役所のグループの主流にいるといって良かった。裏金作りに加担することで将来の地位は約束されている。ただし、それは同時にこの裏金の責任を一手にこの俺が引き受けてるということでもあった。
そして俺はこの資金に個人的に手を付けてしまった。
バーレスクでレニの気をひくために相当の額を使っていた、自分の貯金は簡単に底をつき、自由にできる金があったので、ついという感じである。すぐ返すつもりだったが、一度手を出してしまえばあとは泥沼であった。
しかし、警察の介入は予想外である。あの資金を横領したところで、それを密告することはできないはずだった。こんなことが明るみになればかかわった職員が全員ク
ビになるどころか、お縄になる。だから俺がもし使い込んでも、警察沙汰にはならないとそう思っていたのだ。
だが、警察はやってきた。
なぜだ?
留置所で一人考えていた……。誰が、密告したのか。
ちがうな、誰がとかではなく、かかわった職員全員の総意。
正直あの裏金の存在は今では邪魔なものになっていた。今の市長はクリーンを売りにしている。
ならば裏金に手を出した俺にすべての責任を押し付けて、トカゲのしっぽを切ろうということだろう。
なんだ、俺は馬鹿か……、今思えばなぜレニに熱くなってこんなことまでしてしまったんだ。相手はショーダンサーだぞ、それもテレビに出るような人気ダンサーだ。
冷静に考えて、俺が相手にしてもらえるはずがない。
それなのにまるで運命の人だとまで思ってしまっていた、あげく役所の金に手を付けて留置所に入ってしまうなんて……とんだ
おれはこれからどうしたらいい、間違いなく仕事は失う……。いやそれどころじゃない裁判次第では何年檻に入るか、わかったものではない。それに、ほとんど分かれた状態だったとはいえ、ナナのことも気がかりだ。
きっと心配してるに違いない。なにせ9年も付き合っていたのだ。
今、思えばなぜナナと結婚しなかったのか。素直にナナと結婚していればこんなことにはならなかった。今頃市役所職員として、家庭をもって幸せに過ごしたはずだ。
きっと、ナナは面会に来るであろう。
虫のいい話ではあるが、その時にちゃんと思いを伝えよう。
無事ここを出たら、その時こそちゃんと結婚しようと彼女に伝えよう。
しかし、ナナは面会に来なかった。
特に面会ができないという状態ではなかった、それなのに捕まって1週間が経っても、ナナもレニも面会には来てくれなかった。
代わりに来たのはマサだった。
マサは透明な板の向こう側で俺の姿を見ると同時に涙を流していた。
「……ごめんな、まさかお前をバーレスクに連れて行ってこんなことになるとは思わなかった。俺はただ、お前の人生が少しでも楽しいものになればと思ってただけなのに」
声を震わせながらマサは言う。
「あの時からのお前を見てるのはずっとつらかった、まるで魂が抜けたかのようなそんな気がしていた……でも、バーレスク行くようになってからは笑顔が戻ってたような気がしてたんだ。はまりすぎかもとは思ったが、それでもいいかと、俺は思ってた、すまん、ちゃんと忠告すべきだった」
そういって、マサは顔をうつむけた。
すべての責任は自分にあると、まるでそういってるかのように。
「いや、マサのせいじゃないよ。レニには、ショックを受けたけど。まさか子供がいるとは思わなかった……出会った時からこの恋は実るはずがなかったんだ。知ってれば夢中にもならず、こんなことにもならなかったのに」
悪いのは真実を言わなかったレニ……俺はそう思っていた。
そう思わなければやってられなかった。
しかしそれを聞くと、マサは首を傾げた。不思議そうに……、いやあきれたようにといった感じだが……。
「なぁ、お前は昔からどうして都合の悪いことは忘れてしまうというか、目を背ける感じなんだ?レニちゃんに子供がいるなんていうことは公然の秘密であったろう。レニちゃん本人だってお前に言ってたし、俺もそのことは話してたじゃないか」
先ほどのうつむき加減から一転して、マサは顔を上げて俺に言った。
「……マサ、お前はいったい何を言ってるんだ。そんな話を聞いたおぼえは全然ない、俺はこの間のテレビで初めてその事実を聞いたんだよ」
そう、俺はザ・リアルを見るまで、レニの事実なんて知らなかった。あれを見るまで俺とレニはただただ楽しい日々を過ごしていた。そんな事実しかない。
俺はレニに騙されていた。
レニに子供がいるとか、結婚してたとかそんな話は聞かされてなかった。
「そもそも、レニのお客さんはみんな知ってたはずだぜ。あえてレニちゃんが自分から言うわけではなかったが、別に隠したりもしなかった。そういえばあとで、俺はレニちゃんに言われたよ、『お友達の方は、私の事情を知ってるはずなのになんであんな厳しいことを言うんでしょうか?』って、すごい困ってたぞ」
厳しいこととは、テレビでの発言のことだろうか……。
な、なんだよ。本当に何を言ってるんだろうか、マサは。
ま、まるで俺が悪いみたいな言い方をして……だって俺は本当にレニの子供の話を何も知らなかった。なんで、マサは俺にうそをつくのか。
そ、そうだ、いまマサに聞くべきはレニの話なんかじゃない。
ナナの話だ、なぜナナが面会に来てくれないのか、マサならその辺の事情を知っているかもしれない。そもそもナナはマサの奥さんの紹介で出会ったんだから。
「なぁ、マサ。ナナは、ナナは今どうしてるんだ?俺がこうなってるのに面会にも来てくれないんだよ、何か聞いてないか」
俺は思わずイスから立ち上がって、マサに詰問するかのように聞いた。
じっと、マサの目を見つめ、マサの答えを待つ。
マサは、じっと目を閉じる……。
何も答えたくはない、そんな感じにも受け取れる。
ゆっくりと、マサは口を開いた。
「―――なあ、いつになったらお前は現実を受け止めることができるんだよ。バーレスク行って、レニに会って、そしてあげくそのせいで留置所まで入ったというのに、それでもまだナナにとらわれてるのか。……何度でも言ってきたが、ナナは死んだんだよ。7年前に、ナナは自殺した。それを目の前で見たはずじゃないか」
ナナが自殺しただと?
―――ナナは死んでいる―――?
脳の中でマサの言葉がリフレインする。
「ナナは死んだんだよ」
マサは、何を言ってるんだろうか一体、さっきからわけのわからないことばかり。
そんなわけないじゃないか、俺はずっとナナと会っているし、話もしている。少し最近仲が冷えてきただけだ。
思わずマサに対して声を荒げてしまう。
「……こんな目にあってる俺をこれ以上苦しめるっていうのかよ!?ナナはもう死んでいて、レニは俺のことだましてないとか、冗談はやめてくれ!!もういい帰ってくれよ。これ以上マサと話すことはない!」
マサがそんなやつとは思わなかった……。いったい何をしにこの場所に来たのか、会いに来てくれたのはうれしいが、傷つけに来たのならまっぴらごめんだ。
俺はマサに対して拒絶を示す言葉とともにきつい視線を送る。
そしてそれを聞いたマサはひどく悲しそうな眼をしながら、すっと席を立った。
「……ごめんな」
それだけを言うと、マサは面会室をあとにした。
今生の別れになりそうな、そんな背中のように見えた……。
本当にもう誰も信用できない……。
9年も付き合った俺に会いにも来ないナナは薄情者だし、運命の相手だと思ったレニはとんだうそつき、長年の親友だと思っていたマサは人の彼女が死んでいるとかいうほら吹き野郎だ。
俺の周りは本当信用できないやつばかりだ。裏金作りをさせる上司もそうだし、さらに役所の連中は俺にすべてを押し付ける始末だ。
冗談じゃない、冗談じゃないぞ!
こんな
すべて夢であってほしい。
そうだこんな結末は夢に決まっている。
夢から覚めたらまた、バーレスクに行こう。
今度はナナと一緒に。
「狂騒曲バーレスクTOKYO」 ハイロック @hirock47
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