第3話 飛び跳ねスタッカートフレーバー

 二日経った。

 金曜日の今日は部活のない日だが、なんとなく自分は音楽準備室にいた。

 いつもの様にぼーっとしていると、ごそっと部屋の外から音がした。おそらく黒部だろう。

「黒部?」

「……。」

 返事がない。

 いつもの様に扉の外で待ってるなら、と、音を出さないよう忍び足で扉に歩いていってみる。

 ドアノブに手をかけると息を溜める。

 いち、に、と心の中でタイミングをとり、さん、で一気に扉を開く。

「ぎゃぁっ。」

「うぉっ。」

 黒部は本当に驚いたのか数センチ飛び上がった。綺麗な髪はその動きに合わせさらっと揺れる。いい香りがした。一方、驚かせた自分も黒部の声に驚きこれまた変な声を出してしまった。浮いたりはしていない。

「び、びっくりしたぁ……。」

「おぅ、ごめん。」

 なんだこの流れは。返事をしなかったのは黒部なのに、なぜか自分が謝る展開だ。睨まれてる。がっつり睨まれてる。

 睨んだと思ったら、ふん、と言って黒部は顔をいつもの表情に戻した。

「寝てなんかいないから。」

 え、えっと、寝てたと思ってる、と勘違いされているのか。

「返事がなかったから誰かいるのかと思って扉開いただけだよ。」

 嘘だ。いるとわかっててあえて急に開いた。

「うそ。」

 目を細める黒部。バレてる。

「物音がしたから呼んでみたはいいものの、返事がなかったから扉を開けてみた。驚かせようと。そんなところでしょ。」

 仕方なく満面の笑みで答える。すると脇腹に痛みを覚えた。

「今日は部活休みのはずなのにここに来る悠を見たから追っかけたはいいものの、何も音がしない。」

 すこし不服そうな顔。

「そのまま帰れば良かった。」

 ぷんすか。そんな感じの可愛らしい顔をしている黒部。怒っている様には思えない。いつものことといえばいつものこと。

 どうやら、あとをつけてきて自分がいつもの様に何か演奏すると思って待っていた様だ。残念、まだその気分にはなっていないんだ。

「まぁまぁ、今日は部活じゃないし、そんな気分じゃないから……。」

「そう。」

 キレては、いないかな?

 機嫌を取り戻すべく少し提案をする。

「今日は部活ないし、せっかくだし、新都によってアイスでも食べ行こうぜ。」

 できる限りの笑みをしてみる。

 黒部はこちらの態度を伺っている。野生のポケモンの様だ。

「まぁそういうことならいこ。」

 袖を少しキュッと握った黒部。少し嬉しそう。急いで広げていた書類を片付けて身支度をする。

 部屋に夕日が差し始めた。



 ◇



 いきなり扉が開き思わず変な声を出してしまった。多分濁点付きの変な声。恥ずかしい。

 思わずギロッと悠のことを睨んでしまう。が、すぐに我に帰り顔を緩める。怖いと思われたらどうしようと少し心配になったが、その心配はいらなそうで一安心した。

 ふん、と照れ隠しに顔を一度背け、また顔を向けごまかしの文句をいう。

「寝てなんていないから。」

「返事がなかったから誰かいるのかと思って扉開いただけだよ。」

「うそ。」

 ごまかしを続けてしまう。まだほおが熱い。

「物音がしたから呼んでみたはいいものの、返事がなかったから扉を開けてみた。驚かせようと。そんなところでしょ。」

 悠も笑顔で返してくれているが、もう少し照れ隠しに付き合ってもらおう。

 とりあえず脇腹に一発。

 鈍い音がした。ごめんね悠。

「今日は部活休みのはずなのにここに来る悠を見たから追っかけたはいいものの、何も音がしない。そのまま帰れば良かった。」

 言いすぎた言いすぎた言いすぎた……。

 少し焦る。

 パッと口からでた言葉に自分でも驚く。

 思わず顔色を変えた。

 が、その瞬間、悠が答える。

「まぁまぁ、今日は部活じゃないし、そんな気分じゃないから……。」

 そう、としか言えなかった。引かれてるかとおもったが悠は優しかった。少し嬉しい。悠のそういうところが音楽にも表れてると思う。

「今日は部活ないし、せっかくだし、新都によってアイスでも食べ行こうぜ。」

 悠は複雑そうな顔で笑っている。戸惑いつつも悠の顔を見つめ真意を汲み取ろうとして見るも困っているとしかわからなかった。

 悠の提案は嬉しかったし断る理由もない。いこ、と申し訳なさを感じつつ悠とアイスを食べにいくことにした。テンションは一気に急上昇。

 顔に出ない様に袖を握りしめて我慢する。

 足元に置いてあるカバンをとって部屋に入ると悠は片付けをしていた。ささっと広がっていたテキストをカバンに戻した悠は、お待たせ、と笑って、行こっか、と肩をポンとやって部屋を出た。うん、と返事をし、並んで昇降口を出た。

 駅までの道も、新都までの電車も、なんとなく会話が続いた。るんるんの気分は会話が微妙であっても補正をかけてくれてる。


 新都のショッピングセンターには多くのお店が並んでいるが、一目散に私はアイス屋さんに向かった。目の前のアイスのショーケース。子供の様に張り付いて眺める私に、店員さんが試食を勧めてくれる。いろんな味を吟味して二人で一個ずつのフレーバーを頼んだ。

 私の頼んだレモンと木苺のフレーバーは、すっきりと、甘酸っぱかった。

 美味しい。

「ん?なんか言った?」

 心の声が漏れてた様だ。

「うぅん、美味しいな、て。」

 悠も頷いてくれた。

「美味しいね。」

 部活もない日なのに、楽しい一日だった。

 悠、ありがとう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

めくる楽譜の初めの音は 縹嶺 あかり @_AkaiAoiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ