第十章 俺だけの物語(3)

 俺の中にあった最後の栓が弾けとんだ。

 奥に溜まっていた感情という海がすべて解き放たれ、俺の心を満たしていく。それはとめどもない涙となって外へ溢れ落ちる。俺が怒りに任せて破り、床に落ちたのを踏みつけたときにできた足跡に水滴が吸い込まれていく。


 もう、この感情ははっきりとわかる。涙の意味は……はっきりとわかる。


 俺はあいつの子供だ。そして……親父に会いたい。親父と話をしたい。親父に会えなくて寂しい、悲しい、辛い、でもあの世界で生きていたと知ったとき、俺は嬉しかったんだ。そして会いたいという気持ちが炸裂した。


 会いたかった。そして……最後に会えた。


 ジンと接触したときに流れ込んできたあれは、親父の想いだったんだ。親父が……俺や母さんを想っていたから、俺に懐かしい感情が流れてきたんだ。


 この感情、この事実、もっと早く気付いていたら。あのとき、気付いていたら……もっと、俺も……親父に対して素直になれたのに。もっと……親父と話していたかった。


 チクショウ……もう……遅いんだよなぁ……俺も……あんたも……。




「悠斗、美味しそうなプリン、買ってきたよ。クリームたっぷり……って、どうしたの?」


「え? あ……母さん」


 母さんが病室に帰ってきて涙が止まらない顔を母さんに向けてしまった。慌てて涙を拭うが一向に止まる気配もない。

 それでも……俺は心の底から笑って見せた。


「大丈夫だよ」

「いやでも……痛むの? 苦しいの? ナースコールする?」

「本当に大丈夫だから」


 壁にぶら下がっているナースコールボタンに手をかける母さんを止めながら、俺は笑顔を続けた。


 俺はあの世界での経験は俺の中だけでとどめておこうと思っていた。それは俺だけの物語だから。


 でも……俺の物語はやっぱり母さんがいなければ本当の一歩は進まない。俺の物語は俺が主人公で母さんが登場人物のひとり。

 それはサナ、ガオウ、ミウナキも同じ。サナ、ガオウ、ミウナキがいたからあの世界で俺だけの物語が進んだように。


 母さんだけの物語も同じなのだ。俺が母さんの物語の登場人物にならなければ、母さんだけの物語が進むことはない。

 本当はそこに親父も登場してほしい。けど、どうしてもできないから、せめて俺だけでも母さんの物語に入らなくちゃいけないと思う。登場人物が主人公だけだと物語は進まないから。


 悔やんでいても意味がない、仕方がない。とにかく前を向いて自分だけの物語を進めなければならない。


 だから、俺は……やっぱり話そうと思う、俺だけの物語を母さんには。

 そこから、この世界では止まっていた俺だけの物語と母さんだけの物語が進み始める。




「母さん、俺、実は別の世界に……行ってた。そこで……親父に会ったんだ。これから話すのは……、自分だけの物語、俺だけの物語」

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