第十章 俺だけの物語(2)

 最初のほうの内容は既に知っているので適当に目を通しながら、続きの文を探す。


『どうだ? すごいだろう。少し前まで動物研究やっていた俺が世界を動かす一大プロジェクトをになっているんだぜ。へへっ、すげえもんだよ』


 ここまで読んだんだ。ここまでずっとあいつのやってきたこと、成果ばっかりずらずらと書き連ねていった内容だ。

 その先も同じようなのが続いているだけだろう、そんな思いで続きを読み進めていく。


『いやあ、しっかし、本当にとんでもない世界だよ。

 俺はここの人たちに知らないことを教えていく立場だが、俺だって新しく知ることはいっぱいあった。おもしろい、本当にな。


 ああ、やっぱダメだな、俺は。チクショウ、紙の上でも素直になれねえ。いや、素直になる。この手紙ぐらいは素直にならなきゃいけねえよな。


 いや、素直になる。

 素直になる。

 二枚目になったら素直になる!


 へっ、なに書いてんだろうな、俺は』


 素直になる? 急に雰囲気が変わり始めた。その流れのまま、二枚目へと目を移す。


『約束だ、素直になる。すまなかったな、悠斗』


「え?」


『本当に悪かった。俺は結局一度もお前に父親らしいことができなかった。毎日毎日研究研究、世界中あちこちに飛び回っていたから、ほとんど家に帰ることもできなかった。

 お前とも遊んでやれなかった、それどころか、一緒に飯食ったことあったかな? いや、なかったな。本当に父親としては最低だ。子供の面倒はすべて母さんに任せっきりだったからな。


 今さらいいわけななんざしないさ。研究にすべての情熱をかけること、自分の好きなものに夢中になれることがかっこいい男の姿。

 そんな姿をお前に見せたい、そういう背中を見てもらいながら成長して欲しいなんて思っていたけど、違ったよ。まず、お前には背中も見えねえよな。


 それが、この世界に来て、本当に二度と一秒たりともお前の姿を見ることができないと知って初めて理解した。遅いよなぁ、ああ遅すぎる。チクショウ。失って初めてわかることがたくさんあるっていうけど、本当にそのとおりだよ。


 なあ、母さんはどうしてるよ? 俺がいなくなっちまったら家計はどうなるんだ? やっぱり、母さんには無理をさせることになってるかな。

 母さんにも悪いことした。もし、お前がまた母さんに会えるのだったら、すまないって伝えておいてくれよな。


 って、お前がここに来ちまったのに、母さんとまた会えるわけないか。


 てことはお前がここに来たら母さんにひとりになるのか? そりゃダメだ! 絶絶対ダメだ。来るな、お前は来るな! この手紙を読むな! この世界には絶対来るんじゃないぞ!


 本当になにを書いてんだか……ああ、帰りてぇ。チクショウ、帰りてぇ。

 家族に対して何にもできず、母さんにも悠斗にも迷惑かけてばっかり。その穴埋めすらできないまま、この世界で俺は死ぬのか? 本当に帰りてぇ、そして謝りたい。


 せめて会いたい。悠斗、お前にだけは会いたい。この世界で死ぬことになってもいい。最後でいい、最後でいいから、お前の顔だけは見たい。どうせだったら、少し成長したお前の姿を見てみたいな。

 大学生のお前? 成人するお前? 結婚するお前? いや、もう贅沢など言わない、中学生になったお前でも十分だ。最後にお前の顔を一目見たかった』


 なんで……なんで、こんなところで素直になるんだよ……。だったら、最後に出会ったあのときに言えばいいじゃねえかよ。

 俺が「謝れ」って言ったときにこれを言えばいいじゃねえかよ! なんにも素直になれてねえじゃねえか!


『もう、いくら言っても無駄か。もういい。とにかく、もしこれをお前が読んでいるのなら、きっと母さんもおらず、お前ひとりなんだろう。だから、そんなお前に最後に父親として励ましのアドバイスだ。


 お前の中ではお前が主人公だ。


 お前の中にある物語は親のものでも友人のものでもない。自分だけの物語だ。

だから自分が自分自身で選べ。自分の物語を。


 だから……俺がいなくても関係ない、俺がいなくてもいい、自分がいればいればいいんだ、自分で作れ、自分だけの物語をな。


 でも、できたら”母さんと一緒に”』



 『自分だけの……物語』?


 なんで親父がこの言葉を……?


 『自分だけの物語』、俺が大切にしている言葉。その言葉は誰かの偉人が言った言葉だったか、はたまた何か本や漫画で見たセリフなのかは覚えていないが、大切にしている言葉。


 俺が心にとどめている言葉……なのに……なぜ、親父が……?




「お前は、俺がいなくても大丈夫だよな」

「何がだよ! そうやってまたいなくなるんじゃねえか!」

「まあ、そうカッカするなって。別にもう帰らないってわけじゃないだろ?」

「帰ってもどうせすぐ、また出ていくだろ!」


「でもすぐ帰ってくる」

「親父のすぐは一ヶ月以上だ!? 話にならねえよ!」

「わかったわかった。今度は早く帰ってくるから」

「そんなの何度も聞いた嘘だろーが! そんなに俺と母さんが嫌いか!」


「ああ、もうピーピーうるせえな。母さん、悠斗のことよろしくな」

「おい、逃げるなよ! 逃げるなよ! 親父!」


 …………


「わかった。わかった。なあ、でも悠斗、これはな、お前だけの物語だ。

お前の中ではお前が主人公だ。


 お前の中にある物語は親のものでも友人のものでもない。自分だけの物語だ。

だから自分が自分自身で選べ。自分の物語を。


 だから……俺がいなくても関係ない、俺がいなくてもいい、自分がいればいればいいんだ、自分で作れ、自分だけの物語をな。母さんと一緒に」


「ああ? なんだよそれ!?」


「俺がいなくてもお前の物語は続くってことだ。母さんには母さんの物語があって、俺には俺の物語がある。

 残念ながら、お前の物語に俺は直接登場しないかもしれない。でも、母さんの物語にはお前が登場して、お前の物語には母さんが登場する。


 だから、俺がいない分もお前と母さんでそれぞれの物語を作れ。それが家族だ」



 思いだした……思いだした。


 あれはこの世界で親父と顔を合わせた最後の日……。二度と帰ってこなかった親父の最後の出勤日。俺と親父が最後に交わした言葉。


 俺はあいつが憎くて、あいつのことをできるかぎり忘れたくて……ほとんどなかった思い出も顔も……記憶から消し去った。でも……残っていたんだ……、俺の中で……親父が。親父が俺に残してくれた……言葉が。


 手紙にはついに最後の文になった。それを溢れていく涙で湿らせながら読み進める。



『寂しい思いをさせて悪かったな、悠斗、母さん。すみませんでした。

八尾神悠聖 最低な悠斗の父親より』

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