第十章 俺だけの物語
第十章 俺だけの物語(1)
俺の耳元で何かが鳴っている。すごくリズム的で一定のテンポを保ったまま耳に刺激が入ってくる。
ピコン……ピコン……そんな音。何かの機械音だろう、しばらく耳にしていなかった系統の音ゆえに脳がそれを理解するのに充分の時間を有した。
次に瞼に意識が移った。少し動かし目を開けることができそうだとわかり、ゆっくりと瞼を上げていく。そこに入ってくるのは光。非常に眩しくて完全にホワイトアウトしたが、すぐにその光にも慣れて俺の網膜に天井の情報を映しだす。
そこにあったのは白く光る棒……蛍光灯だ。電気の……明かり。ガス灯でも石油ランプでもない。俺は……元の世界へと戻ってきたのか? 俺のいた世界で……間違いないのか?
「悠斗? 悠斗!? 目を覚ましたの!? 悠斗!!」
ふと誰かの声が耳に入ってきた。続いて視界にある女性の顔が映しだされる。俺はその顔を見て……自然と涙が溢れでた。懐かしい……ただ、懐かしい、会いたかった。
「……母さん……」
言葉を発してみたが妙に声がこもった。それが救命維持に使われるマスクのせいだとしばらくしてわかったが、そんなもの関係なかった。母さんの耳には届いていたのだ、俺の言葉が。
「悠斗……悠斗ーー!」
母さんに抱きしめられ、耳元で何度も俺の名前を呼びかけてくれる。俺も精一杯の力で腕を持ち上げ、母さんを抱き抱える。
ああ、暖かい、すごく暖かい。まるでジンに包まれていたときのように暖かい……あれ? なんで今、俺……ジンを思い浮かべたんだ?
そんな疑問を考えるまもなく、母さんは抱き抱え続ける。しばらくすると、病院の先生、看護師もやってきたのだった。
結局俺は目を覚ましたあとも数日は様子をみるため入院を続けた。
どうやら、俺は山奥で発見されたとのこと。昏睡状態でそうとう危険な状態だったらしい。しかも、俺はある日突然、行方不明になっており、実に数ヶ月ぶりに発見されたとなっていた。
「やっぱり……平行世界に行っていたのか……」
「ん? なに? 何か言った?」
「いや、何も!」
俺は今病室のベッドに座り込んでいる状態。横にいる母さんに俺の呟きを聞かれたようで適当にごまかす。
別の世界に行っていたなんて言っても信じないだろうし……なによりも俺の中でとどめておきたかった。
俺だけの物語として、あの世界でのことは俺の中だけのものなのだから。ゆえにここ数ヶ月の記憶がないで通している。
すると、母さんは思いだしたように何かを取りだした。
「そうだ、これ。先生から頂いたんだけど、発見したとき悠斗が持っていた物ですって。何かの手紙かな?」
母さんの手に握られている物を見て思いだした。サナが別れる間際、俺に私てくれた紙だ。
あのときは余裕がなかったからはっきりと見ていなかったが、それは確かに手紙になっていた。サナからのメッセージか何かか?
でも……あんな短期間で書けるわけもないし、もとから渡そうとしていた奴なのだろうか。
「そうだ、悠斗。何か、買ってこようか? 何か飲みたい物ある? それとも食べたい? 一階にある売店でなんでも売ってるよ」
「えっと、じゃあ、頼もうかな……なんでもいいや」
「わかった。悠斗が好きそうな物買ってきてあげるから」
母さんはここのところ、仕事にも熱が入っていなかったようで、俺が発見されてからはずっと仕事も休んで俺の隣でいてくれているらしい。
とにかく、早く元気にならなくちゃな。
そう思いつつ、母さんからもらった手紙に目を向けた。随分と古臭い紙でできており、封筒になっている。それを特に考えもせず、ただ開けてみた。
中に二枚の紙が入っており、それを取りだし広げる。それを見て俺は手が止まった。
その二枚の紙はそれぞれ半分にちぎられていたらしいのだが、セロハンテープで止めてあり、元の状態に戻っている。そして、その手紙の差出人は……。
「親父……」
あの手紙だった。俺が怒りに任せて破いたあの手紙。歴史家からもらったあいつからの手紙……。なんで……なんでサナは最後に……こんなゴミを……渡したんだよ!?
俺は怒りすら通り越しため息をつき手紙を横にあるテーブルに投げ捨てるとベッドに転がる。あえて視界に映らないようテーブルに背を向けて体を横にする。そこで視界に広がったのは窓から見えるこの世界の景色だった。
青い空、ところどころにある雲。やはり、平行世界だったというだけで空は同じ。実に広大で美しい青が広がる。だが、そこに炎の天井などはない。
しばらく、ぼーっとその空を見続けていたが、どうしても気持ちがソワソワする。どうしようもない感情が俺を次々と襲い、否応なく体を起こし、手紙を手にとった。
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