第九章 サラマンダー科、ジン属、ジン(7)

 あまりにも唐突で帰れることに半信半疑以前に、突然の別れに躊躇してしまった。親父の言葉に対し自然と後ろにいるサナたちのほうに振り向く。


 当然、サナたちは俺よりも呆然と立ちすくんでいた。俺ださえ状況を完全に飲み込めないのに部外者が飲み込めるはずもないよな。でも……俺の脳内にある人の顔が浮かんでしまう。


「やっぱり、母さんを……放っておきたくはないかな……なんて……ハハッ」

「いいよ。お母さんの所に戻ったら。戻れるうちに」


 サナはずっと優しい笑顔でなんの躊躇もなくそう言いきった。


「だって、母親がまだ生きているんだもの。会えるんだったら、会わなきゃ」


 本当に最高の笑顔を振りまいてくれる。でも……その瞳だけは実に潤いに満たされていた。そこから、ついにひとつの筋が走りだす。


「あ……ごめん……」


 慌てて笑顔のまま涙を拭き取るサナ。


「確かに……悲しくないっていったら嘘になる。せっかく仲良くなって……話が合う同世代の本当の友達ができたんだから……別れるのは寂しい。

 けどね……親には勝てないよ。悪いけど……あたしがお母さんとユウト……どっちを選ぶかとなったら……お母さんを選ぶから」


 急に無理した笑顔へと変わっていくサナ。それでも、決して笑顔はやめなかった。


「まあ、ユウトが望むかぎり、母親のもとへ帰ってやるのはベストだろうよ」


 ガオウもまた、腕を組みながらそう言いきった。だけれども……ミウナキだけは違った。


「ユウトさん……レクスはどうするんですか?」

「……ハッ!」


 俺は弾かれるようにレクスのほうを見た。レクスはゆっくりと俺のほうに近寄ってきていたので、しゃがみ込み優しく頭から首にかけて撫でてやる。


 そうだよな、ここでもし俺が元の世界に帰ったら、こいつは俺と同じように父親を失うことになる。こいつは俺と同じ思いをすることになる。でも……。


「ごめんな、本当にごめんな……やっぱり俺……帰りたいや」


 レクスを抱きしめながら呟いた。帰れるのかと思って母さんの顔を一瞬でも思い浮かべてしまった時から、もう気持ちは半分決まっていた。帰りたい……帰りたくて仕方がない。


「きっとお前は俺と同じ思いをする。それに対し、きっと俺は後悔すると思う。でも……俺はさ……帰りたいんだ。そして、母さんのためにも帰らなくちゃいけない。お前を俺の世界に連れていくわけにはいかないからな……」


 俺は一度レクスから離れるとゆっくり立ち上がり、あいつのほうを見る。


「親父……どうしても家族と離れるしかないっていう状況だけは理解したつもりだ。あんただって、家族を選びたいけど選べない状況にあった、そうなんだろ?」

「ふっ、イッチョ前に言いやがって」


 そんな親父を鼻で笑って返すとレクスのほうを再び向く。


「お前はきっと悲しむと思う。俺を憎むかもしれない。けれど……いつか……俺の思い、俺の立場を……理解してくれるのを祈るよ。自分勝手だってのはわかっているけどさ……自分勝手にならないと……さらに苦しいんだ」


 俺は最後にグッとレクスを抱き上げた。もう、生まれたころよりも随分成長しており、抱き抱えるのも一苦労。本当に……成長した。


「でもさ……俺がいなくてもお前はやっていける。母さんならお前にもいるし、母さんに負担を負わせるかもしれないけど……。これはさ……お前だけの物語なんだよ。


 お前の中ではお前が主人公。


お前の中にある物語は俺のものでもサナのものでもない。レクスだけの物語だ。


だから自分が自分自身で選ぶんだよ。自分の物語をさ。


だから……俺がいなくても関係ない、俺がいなくてもいい、自分がいればいればいいんだ、自分で作ってほしい、自分だけの物語を。……”サナと一緒に”」


 俺はレクスを大事に抱えながらサナのもとへと渡す。


「悪いサナ。でも……頼まれてくれるかな? レクスのこと」


「うん……ええ。もちろん」


「本当に悪い。皆も……突然の別れで悪い。けど……俺は……俺にとってこれは……俺だけの物語なんだ。だから、俺が俺自身で決める。俺だけの物語で俺が選択したのは母さんのもとへと帰ること。

 きっと、母さんにとっても母さんの物語があると思う。けどさ……俺がいなかったら……母さんの物語も進んでいなさそうな気がするから。結局自分勝手だけど」


 レクスの頭をポンとひとなですると俺は親父のほうへと向かう。最初、体はサナたちのほうを向いたまま後ろに向かって歩いていたが、やがてゆっくり体を親父のほうに向けてしっかり踏みだす。

 そのまま……俺は……親父と真正面から対峙した。


「本当に……帰れるんだな」

「おう……帰れるさ、お前の熱い思いと俺の想いが重なればな」

「なにがあんたの思いだ。あんたの思いなどわかんねえよ」


「安心しろ、互いにわかってなくても重なっているさ。さあ、こい」


 親父の手招きにしたがい、俺はゆっくり親父のほうへとさらに近寄った。後一歩でぶつかる手前まで……正直、ここまでゆっくり親父と並んだのなんて初めてじゃないだろうか。でも、俺はここで止まらない。

 もう一歩、半透明の親父と重なるように一歩を踏みだした。


「よし、行くぞ」

「クァァ!!」


 親父の声が聞こえると同時、後ろからレクスの鳴き声が聞こえてきた。思わず振り向くと同時に俺の胸元にレクスが飛び込こんできた。


 かなりの力で押し込まれ、なんとか踏ん張りを効かせる。バランスを保ち体勢を立て直すと改めてレクスを見た。


「お前……今……飛んだのか?」


 確かに俺の目には翼をはためかせ飛び込んでくるレクスが見えた。地面から飛び込んできたのではない。おそらく、サナの腕元から俺の腕にまで飛んできたのだ

「お前……最後の最後に成長を見せてくれるのかよ……」


 改めて顔を撫でると心地よさそうにのどを鳴らすレクス。


「でも、俺はさ、帰らなくちゃいけないんだ。わかってくれないかな? ……無理か」


 真剣に……とにかく俺にできるかぎり真剣な目でレクスの目を見た。しばらく、そのまま硬直が続いたがやがて、レクスはゆっくりと翼をはためかせ俺からゆっくりと離れた。俺の前でホバリングしながら「クァア!」と泣く。

 それを……「行ってこい」って言っているように聞こえたのは俺の自分勝手な妄想なのだろうか……。それでも俺は……手を振った。


 気が付けば親父の姿はなかった。代わりに俺の体が熱くはない……いや非常に暖かい炎に包まれている。そのまま、今度は眩しい光を放ちだし始める。


「俺……これで帰れるのかな? じゃあ、まあ、その……皆、バイバイ」

「待って、ユウト! これだけ、これだけ持って帰って!」


 唐突に何かの紙を差しだしてきたサナ。俺の慌て手を伸ばし受け取る。それを受け取った直後、俺の視界が大きく揺らぎ始めた。元の世界へと……帰るんだ。母さんのもとへと帰るんだ。そう、直感し始めた。


 最後に俺の視界に見えたのは涙を流しながらも笑顔を振りまくサナ、そして……元気に翼をはためかせる俺の子供……レクスだった。

 



 体が一気に不思議な浮遊感に襲われる。まるで上下がわからない世界に放り込まれた。


――俺だけの物語……か、いいよな――


「え?」


――母さんを頼む――

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