第九章 サラマンダー科、ジン属、ジン(6)
忽ち場に無音ながらも張り詰めた空気が広がる。誰もが押し黙って、その目の前にいる半透明の人間に目を向ける。だが、俺は……その姿に驚愕の念を抱いていた。
奥にあった感情がグワァっと一気にお仕上げてくる。とにかくギュウギュウに押し込んでいたものだったゆえに、その反動で押しつぶされるほどに強烈な感情。
一瞬にして呼吸のリズムが狂い、荒い息でなんとか肺に酸素を取り込ませる。
胸が何かで締め付けられる。それを少しでもやわらげたいと手で必死にシャツの胸元を握り締めるがなんの効果も得られない。途方もなく跳ね上がっていく鼓動にまるでなすすべがなかった。
どうすればいいのかわからないままでいると、目の前の男はついに口を動かした。
「おぅ、大きくなったなぁ……」
そのセリフが耳に届いた瞬間、俺の目から理由もわからない一滴の涙が頬を伝った。
周りが驚きの顔を見せ俺と男を交互に見合わせるなか、俺は頼りない足取りながらも数歩男のほうへと歩ませる。
「お前は……あんた……なのか?」
すると男は適当に鼻で笑ってきた。
「へっ、お前、父親の顔も忘れたのか? 確かに数十年ほど歳取ったかもしれないが覚えとけよそれぐらいは……。ったく、しゃあねえな。俺は正真正銘、お前の父親だ」
そうだった。やはり、目の前の男は……八尾神悠聖……俺の親父だった。
「こ……この人が……ヤオガミ・ユウセイ?」
サナの驚きなど今の俺にはどうでもよかった。ただ、首を振りながらあいつを見た。
「当たり前だろ! 忘れたに決まっている。なにしろ……あんたとの思い出もなかったんだからな! ぼんやりとした顔しか覚えていねえんだよ!」
「ふっ……そうかい」
実に適当な返事。もう、それだけで目の前の男は確かにあいつ、親父だとわかった。
「大体、あんたはなんでここにいるんだよ!?」
「お前も、もうわかってるだろう? 俺が『ジン』だからだ」
「親父が……ジン?」
驚愕の事実だった。そのはずだった。でも、なぜかそこまで驚かなかった。逆に……深い溜息をついたのみ。
そうだ、なんとなく気付いていたはずなのだ、本当は奥底でその可能性を考えていたのだ。でも、認めたくないがゆえに、俺はその意見を無理やり外していた。
本当は……下手すれば、あのワイバーン討伐のとき、ジンに囲まれたときから感じていたのかもしれない。……でも、俺はそれを信じなかった、いや、考えたくもなかったから、ここまで引っ張ってきたのだ。
「最初は驚いた。お前がこの世界に来たって知ったときはな。それから何度もお前に会おうと思ってひたすら追っかけたが……なかなかうまく行かなくてよ、今になっちまった」
「黙れ! 黙れよ!」
俺はとにかく、とにかく叫びたかった。
「あんた、ここで何してたんだよ!? 俺たち家族を放っておいて! あんたがひとりで消え去ってから母さんがどれだけ苦労したか、わかってんのか!?
元々、親父は家にほとんどいない奴だったから、正直俺はどうでもよかったよ。むしろ、清々したよ。
でもよ、あんたがいなくなって金がなくなって、母さんが必死になって働かなきゃいけないようになっちまったんだ!
その結果何が起こったと思う!? 母さんすら家にいる時間が短くなったんだ! 俺と母さんが一緒にいる時間すら減ったんだ!
あんたは……あんたは……! 俺から親父という存在を奪っただけじゃない!
母さんとの時間すら奪った! 母さんの時間も奪ったんだ! あんたが家にいつもいないから、唯一のよりどころだった母さんという場所まで……あんたは奪ったんだ!
その意味がわかるか!」
「ああ~、それな。確かにな、でも俺だって帰りたかったさ。でもよ、帰り方もわかんなかったからなぁ。
そもそもどうやってこの世界に来たのかもわからなかったし、ハハッ、どうしようもなかったんだよ、俺もお手上げだよ。家に帰りたくても帰れねえ」
「言い訳なんか……聞きたくない!」
「おいおい、じゃあ、どう言やいいんだよ。大きくなったんだから少しは融通きくようになれって。お前……あんまりそんなツンツンしてると、友達できねえぞ?」
「……親父こそ……少しは謝るってことを覚えたらどうだ!?」
「え? ああ、悪ぃ悪ぃ、な」
「ギッ……、そんなとこが嫌いなんだよ!!」
結局、親父は何も変わっちゃいない。俺が憎く嫌悪している親父という事実に変わりはないのだ。どんな状況に置かれて、どんな形で再開しようともだ。
もしかしたら、俺は親父と会うとこを少しは期待していたのかもしれない。だから、俺は理由もわからず涙して、ジンが傷つくのを見て苦しんだのかもしれない。
でも、結局対面すればこれだ。何ひとつとして……得られたものはない。こいつはたとえどんな状況に置かれようとも結局、何ひとつとして変わらないクズなのだ。
「やっぱり、あんたなんかと顔を合わせたくなかったよ」
「俺は……こうやって話せてよかったけどな」
「ふっ、何がだよ! イライラさせやがって、クソ親父……」
親父はそこで急に黙り込んだ。ため息を吐き、何か言いたいのか頭を掻きながら一回俺のほうに背を向ける。だが、しばらくウロウロすると体をもう一度俺のほうに向けた。
「それより、なあ。お前はぁ……家帰れ」
「……はぁ?」
「母さん家に残してんだろ? だったらさっさと家に帰れ。母さんをひとりにさせるな」
「だ、誰が誰に言っている!? それがあんたのセリフか!?」
突然の言葉、しかも家族を放っておくような奴から言われた一言でもう怒りが頂点。
「大体帰れって、どうやってだよ!? 帰れるか! 自力で帰れるならとっくに帰ってる!」
「ハハッ、やっぱり俺と同じじゃねえか!」
「なっ!? くぅう……ああ……! ああ! もう、チクショウ!」
妙な図星を突かれてさらにイライラが募る。結局、俺が親父に向かって言っているのは……全部独りよがりというわけなのか? 自分を棚に上げた自己中心的な言い訳なのか。
正直言ってそんな気持ちが……ないわけじゃなかった。サナの仕事を手伝いしてなかなか家に帰れないことも体験した。レクスというキアノースの子を持って父親という立場も経験した。
そして、見知らぬ世界に来て帰れないというあいつと同じ状況を経験した。俺が足を踏んできた軌跡は確かに気に食わない親父の足跡と重なっていた。
「帰ってやれ。さすがに母さんひとりにさせるわけにはいかないからな」
「だから……帰れねえんだよ!」
「俺が帰してやる」
「……はぁ?」
またとんでもない事をコイツは言いだした。帰してやるって……。
「俺は今やエレメンタル。ジンだぞ。エネルギーの塊だぞ。今の俺なら……お前を帰すぐらいできる。残ったエネルギー全部を使えばな……。大体、お前がこの世界に来てしまったのも……俺のせいかもしれないからな……」
「訳わからねえ……」
「常識にとらわれるな。とにかく、さっさと家に帰れ。母さんのもとに行ってやれ。早くしてくれないと……今でも俺はエネルギー体の崩壊が進んでいるんだ。
随分と蜂の巣にされちまってごっそりエネルギー削られちまったからな、へへっ。さあ、こっちこい」
「いや……、ちょ、……もう?」
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