第九章 サラマンダー科、ジン属、ジン(5)

 街を抜け森の中に入る。その後もどこに向かえばいいのかすぐにわかった。ただ、その直感にしたがって森の中を突き進む。するとジンの光が木々の隙間から覗くのが見えた。


 感じたのはサィミオ村のジャングルでジンを追ったときとまるで同じ感覚。炎に引っ張られるように俺は一歩一歩ジンのほうへと足を進めた。


 ついに対面、ジンは既に直径二メートルほどもない。あのサィミオ村にいたときとは違い、実に弱々しい光になっており、生物として弱っているのだろうとすぐにわかった。


 気が付けば俺は手をジンに向かって差しだしていた。それも昨日とまったく同じ行動。このまま触れれば……あのときと同じ感覚が走るのだろうか?


 だが、今度は違った。触れる瞬間、ジンが一気に膨張し始めたのだ。それはなけなしのエネルギーを精一杯振り絞ったかのような行動。


 非常に薄い炎の煙幕が広がる。だが、やはり炎、俺は不用意に近づいたのを今さらながら後悔しかけた。炎に包まれてしまう!? そんな恐怖が俺の身を縮こませる。


「ユウト! そのまましゃがんでいろ!」

「え?」


 急に聞こえてきたガオウの一声。その直後、耳に突き刺さる一発の銃声。それはガオウの手に握られる拳銃から放たれたもので、俺を包み込もうとしていた炎に突き刺さり、多く揺らがした。

 ガオウがすぐに俺のもとに寄るとジンの前に立ちはだかる。


 続いてサナとミウナキもやってきていた。サナが腰につけたリボルバー拳銃を取りだすと、中の銃弾を抜き落とし、別の弾丸セットを詰め込み、同じようにガオウの隣を陣取る。


 それは例のアクアプシケを宿した弾丸だったようで、次々に発射される弾丸が否応なくジンを強制的にダンスさせていった。


「ユウト、大丈夫? 怪我は?」

「だ……大丈夫……」


 サナに声をかけられ、自分の体を自分の目で確かめてから言葉を返す。ミウナキとレクスが俺の体を支えるよう、そばにたってくれるなか、ゆっくりと俺は立ち上がった。


「サナ、このまま発砲を続けろ。俺たちでトドメを差す」

「わかった……そのほうが良さそうね」


 サナとガオウが銃口を弱るジンに向ける。そのまま、何発もの銃弾が叩き込まれ始めた。まるでもがき苦しむように乱れる炎。

 やはり、ここでトドメの刺されるのか? いや、だったらなぜ俺はここまで走り寄ったのか? 先に俺たちでトドメを刺すため? 違う!


「サナ! ガオウさん! 辞めてくれ!」

「「え?」」


 響く銃声のなか、なんとか二人に届くよう張りあげた声を放つ。渾身の一声が聞こえたようで二人の間から銃声が途絶えた。銃口から溢れる煙が鼻を刺激し慣れない匂いに顔を歪めながら俺は二人と顔を合わせた。


「ユウト、ここでトドメを刺すべきだ。それとも討伐隊到着を待てとでもいうのか?」

「そ……それは……」


 ガオウに言い寄られ返す言葉を必死に探すもののまるで見つからない。なにしろ、自分でもなぜトドメを指すのを拒否したのかわからないぐらいだ。ただ、なんとなく、俺の奥にある思いが重なり合って、自然と叫んでいた一言。


「ユウト……やっぱり……生き物が殺されるのが……辛いの?」


 サナに言われ唇を噛んだまま俯いた。もちろん、それもあるが、それだけじゃない。


 俺がどうすればいいのか悩むなか、横にいたミウナキが一歩前に出た。


「え? ……待ってください! ジンが!」


 ミウナキの指差しに合わせて俺たち三人がともに顔をジンのほうに向ける。するとそこには、ただの炎の塊であったジンに形が生まれていく姿があった。


「え? これ……なに?」


 サナも知らないらしい現象。うねうねと動く炎は長細くなり始め、俺たちがよく知っている形に変わっていく。片方の先端が丸っこくなり、もう片方が二股に別れる。さらには途中から二本の棒が飛びだす形。


 それは……四肢を持つヒューマノイド。人型だった。


「おい、サナ。ジンに何が起こっている。人みたいな形になっているぞ」


 ガオウが拳銃を人型のジンに警戒し向ける。レクスも未発達のエリマキに翼を精一杯広げ、最大限の威嚇をジンに向けて続けている。だが、サナは恐れるように首を横に振った。


「知らない……こんな現象は……知らない……」


 誰もが困惑をしているなか、俺は心臓の鼓動が限りなく速くなっていた。ジンは炎で輪郭こそあやふやだが、もがき苦しむ人のように地面をのたうち回る。その姿を俺はただ一心不乱に見続けた。というより、視線が完全にジンに奪われていた。


 やがて人型のジンのもがき具合が小さくなり始める。だんだんとよりはっきりした人型へと変貌し、四つん這いになり体を上下させるジン。そして……顔が俺たちのほうに向いた。


 途端に警戒をする俺たち四人だったが、それは既に遅かった。まるで瞬きする一瞬の出来事。俺たちはジンの炎に包まれていた。


「しまった!? 油断した、ジンに包まれた!?」


 サナが素早く反応し銃口を包まれた炎の壁に向けて引き金を引く。だが、カチッと音が鳴るだけでなん変化も起きなかった。


「あ、弾切れ……!? クソッ、さすがにアクアプシケを宿した弾のスピードローダーはひとつしか用意してない……ガオウさんは!?」


「まだ、弾は残っている。だが、この状況を突破するのは厳しいぞ……」


 銃を構え警戒するも動けなさそうなガオウ。そのとき、ふと何かの存在を認識した。俺、サナ、ガオウ、ミウナキ、レクス。それ以外の何か。


 それは同時にガオウも反応したらしい。


「誰だ!?」


 銃口を向ける先にはある人影があった。半透明で後ろの炎の壁が透けて見えるほど。だが、それは間違いなく人の姿だった。ある男性の姿。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る