第九章 サラマンダー科、ジン属、ジン(4)

「……なんか……俺……」


 そのジンの姿を見てなぜか、妙に胸が苦しくなり始めた。やはり、エネルギー体とはいえ、生き物とされているジン。生き物が殺されるのに対して受け止めきれないのだろう。

 揺らぎ崩れていく炎の塊が苦しみをあげているように見えて仕方がない。


「結局……殺すのか……うん? ……あ……あれ?」


 不意に俺の頬に水滴が流れたことに気が付いた。一瞬汗かなと思って手で拭うがその水滴が目から伝ってきていると知り、俺の心にどよめきが走る。


「なんで? なんで……涙が?」


 まるでわからなかった。なぜ、今俺は泣いているのか。そもそも、これはどういう感情で涙が流れたのだ? いや……、ただにゴミが入っただけなのか? ジンがエッジワースに入り込んだことによる影響が身体にまで及ぼしているのか?


「あれ? ……懐かしい……けど……なんだろう……苦しい」


 違う、これは俺の奥にある感情が涙を流させている。でも、なぜなのだ? なぜ、あのジンが崩れゆく姿を見るだけで……こんな気持ちになるのだろう。


 ふと、その疑問の鍵がありそうなレクスを見た。やはり……生き物が殺されるのは悲しいよな。親が……殺されるのは……悲しいよな。

 レクスは人間の手によって親を奪われたのだ。こんなかわいそうなことはない。そんな悲劇はできるかぎり避けるべきなのだ。


「って……親!?」


 いやいや……関係ない関係ない。なんでそこであいつが出てくる。馬鹿げている。


 大体……ジンには子供がいるわけじゃない。いや、そういう問題じゃない。とにかく生き物を殺すという事実に……俺は……苦しい想いを抱いているのだろうか。


「ユウト……? どうしたの?」

「あ……いや、ちょっとレクスの親が討伐されたときとジンが重なってしまっただけだよ」


 俺は理由もわからず流れた涙を拭うと再びジンに目を向けた。


「気持ちもわかるけど仕方ない。ジンが逃げようとしない以上、討伐しなきゃあたしたちの命のほうが危うくなるからね。残念ながら生物ひとつの命と複数の人間の命なら後者を選ぶのがとう考えても妥当になってしまう」


「悲しい人間の言い訳だな……否定はしないけど」


 話している間にも討伐は進んでいく。集中砲火を浴びたジンは既に直径百メートルほどにまで縮んでいた。

 もう高度も俺たちの位置から数十メートルほどにまで落ちている。絶え間なく続く銃声に合わせダンスをするように揺らぎ散っていく炎。


 気持ちは落ち着かせたはずだ。流れた涙も拭ってジンの討伐に覚悟したつもりだ。


 でも……なぜなのか……。目に見えて弱っていくジンを見ると……再び涙が溢れてくる。この感情はなんなのか。ジンが崩れゆく姿になぜ、ここまで涙を流すほどの感動を覚えるのか。俺の中で……俺の心の奥で何が騒いでいるのだろう。


 胸をグッと右手で握り締めて自身を見つめる。生物を討伐するのは仕方がない。レクスの親が殺された過去ももあるけど、仕方がない。俺は確かにそれを覚悟している。なら、それ以外の感情が俺の奥を蝕んでいるのだろう。


「あ……ジンが……!?」


 サナがふと叫び、再び視線をジンに戻した。するとジンの様子に変化があった。


 さっきまで滅多打ちに合ってなすすべなく削られていったジンだったが、急に残った炎のエネルギーを凝縮し体積を一気に縮こませる。さらには空中を旋回し、砲弾、弾丸の雨を避けながら上へと飛び上がっていった。


 さらに、こちらの空港の建物に向かってくるかもと思えば、忽ち俺たちの頭上に当たる建物の上をかなりのスピードで飛んでいった。


「ついに逃げたのですかね?」


 ミウナキがガラス窓から見える範囲で一番上の空を見ながら呟く。サナも「かもね」と返していたが、俺の中にはそれよりも胸の奥で何かに引っかかっていた。

 ジンを逃がした討伐隊が一斉に動き始める。


「おそらく追撃の準備を始めているのね。エレメンタル類は放っておくとまたエネルギーを回復させる。その前にトドメを指すつもりね」

「と、トドメ……!?」


 俺はその単語に対し想像以上に心臓の跳ね上がりを感じた。まさにナイフを突きつけられたかのようにドキッと心臓の鼓動がなり、全身を一瞬硬直させる。


 続いて俺は自然とジンが向かっていったほうに体を向けていた。先には街が並んでおり、その向こうには森が残っている場所。俺はその森に視線を惹かれていた。


「……そこに……?」


 なぜか走りだしたくなる。何かに引かれるように建物の外をでて、森に向かって一直線に走りだしたくなる。その衝動は抑えられず、次の瞬間にはその意思にしたがい飛びだした。


「ちょっと、ユウト!? どこに!?」


 サナの声が背中のほうから聞こえてきたが、俺はそれでも止められなかった。とにかく、討伐隊よりも早く森の中へ行かなくては、討伐隊よりも早く……奴に会わなくては。そんな根拠のない使命感に犯され、俺はただ、走り続けた。

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