悩める基山と夏の夜

 少しの間基山と花火に見入っていたけど、今日は二人できたわけじゃ無いのだ。八雲や霞達は、今頃どこで花火を見ているのだろう?


「そういえば、皆はどこにいるの?」

「騒ぎがあった場所からしばらく歩いた所にいるよ。でも水城さんが中々戻ってこなかったから、皆で手分けして探してたんだよ」

「そうだったんだ。ごめん、ケータイ忘れてきてた」

「うん。電話したら原田さんが出てビックリしたよ」


 そうだったのか。どうやら思っていた通り、着替えた後に忘れて行ったようだ。帰ったらちゃんと取りに行かなきゃ。


「皆が探してくれてるのなら、合流した方がいいかな?案内してくれない?」

「了解」


 私達は並んで歩く。

 さっきまで震えがちだった足も、今では問題なく、人混みを掻き分けながら進んで行く。

 時おり花火の音で空に目をやると、綺麗な花が夜空を彩っているのが見える。


「水城さん、こっちへ。離れないで」

「あ、ごめん」

 いけない。あんまり空ばかり見ていると、はぐれてしまいそう。まてよ、それじゃあこうすれば……

 私は手を伸ばして、基山の浴衣の袖を掴んだ。


「ええと……水城さん、これは?」

「こうして掴んでおけば、はぐれないって思って。手を繋いだら基山嫌がるだろうから袖にしたんだけど、平気?」

「平気なことは平気だけど……」


 そうは言うものの、少し顔が赤い。やっぱりちょっと無理をしているのかも。だけど基山はこう言う。


「水城さん、

 相手が僕だからいいけど、他の人にあまりこういうことしない方がいいと思う。勘違いされるといけないから」

「勘違い? 何言ってるのか分からないけど、大丈夫よ。気を許していない人にはこんなことしないわ」

「それって、僕には気を許しるってこと?」

「そうだけど?」


 何を今さら。そもそも気を許していなかったら、一緒に花火を見に来てない。だけど基山は、なんだか複雑そうな顔をする。


「水城さん、あんまり僕に気を許しすぎない方が良いかもよ。だって僕は……吸血鬼だから」

「はあ?何言ってるのよ」

「いや、だから僕は吸血鬼だから、あんまり気を許さない方がいいって話。水城さんの血は僕らにとって特別だから」


 それは前に聞いた。私の血は吸血鬼に大きな力を与えるし、その上とびきり美味しいものだって。だけど。


「それでどうして気を許すなって話になるわけ?」

「それは……僕がいつか理性を失って、血を求めて水城さんを襲う可能性が無いとは言えないから」

「ハハッ、何言ってるの? そんなことあるわけ……」


 無い。そう言おうとしたけど、基山の真剣な表情を見て、喋る口が止まる。これは、冗談を言っているようには見えない。


「……もしかして、何かあったの?」


 いきなりこんなことを言い出すなんて、どう考えてもおかしい。それに態度を見るに、冗談を言っているようにも見えない。


「たまに……本当にたまにだけど、水城さんの血が欲しくてたまらなくなる時があるんだ。ふとした時に、血を吸いたいって強く思って。もしかしたらいつか、欲望に負けて理性を無くして、水城さんを襲わないとも限らない。だから……」


 だから気を許すなって言いたいわけね。

 私はそっと、辛そうに語る基山の頬に手を伸ばす。そして。


「何バカなこと言ってるのよ!」

「い、痛い痛い!」


 思いっきりつねってやった。基山は当然痛がっているけど、それでも止めはしない


「血を吸いたくなる? それっていつから?」

「ご、五月の終わりごろ」

「大分前じゃない。どうして今まで黙ってたのよ?」

「それは……」


 まあ言いにくい気持ちもわかるけど。実は血を吸いたがってるだなんて、胸を張って言えることじゃないし。でもね……

 つねるのを止めた私は、大きなため息をついた。


「基山の事だから、どうせ言えずに悩んでたんでしょ。違う?」

「違わないけど……」

「あのねえ。そういう大事なことは、早く言いなさい。言っとくけど、聞いたからって別に基山を怖いだなんて思ってないから。むしろムカついてる。何一人で抱え込んでるのよ」

「……ごめんなさい」


 基山はシュンとなって項垂れる。本当はもっと文句を言ってやりたかったけど、こうして正直に話してくれたんだ。これ以上責めるのはよしておこう。それより問題は。


「ねえ、やっぱりそれって、私の血が特別だからなの?」

「たぶん。他の人の血を吸いたいとは、特に思ったりしないから」

「つまり、私にさえ注意を払っていたらいいってことね。それじゃあ簡単じゃない。私も気を付けるから、基山も何かあったらすぐに報告する。これで解決でしょ」


 これで何も問題は無い。だけど基山は不安そうな顔をする。


「そんなんで大丈夫なのかな? 吸血衝動がいつ起きるかは、自分でもよくわからないのに」

「二ヶ月も前から症状はあったのに、実害は起きてないんでしょ。ならきっと大丈夫よ。だいたい基山に襲われたって、返り討ちにすればいいだけの話だし」

「………………」


 無言のまま、ひきつった表情で私を見る基山。

 何よその目は? 何か言いたげだけど、実際対処のとりようなんて無いんだから仕方ないじゃない。


「言っとくけど、この事を気にして距離を置こうなんてしたら、絶交だからね」

「ええっ⁉ で、でもそれって、何だかおかしくない? 距離置こうとして絶交されたんじゃ、返って僕の願い通りになるんじゃないかな?」

「うるさい! 男がそんな細かい事を気にしない!」

「は、はい……」

「分かればよろしい。さあ、もうこの話はおしまいね。いつまでも辛気臭い顔してたら、せっかくの花火が楽しめないじゃない」


 夜空を見上げると、連続して花火が上がっていた。

 気にしてしまう気持ちもわかるけど、不安に刈られてこの花火を楽しめないのはあまりにもったいない。

 基山に視線を戻すと、ニコッと笑顔を作る。


「大丈夫だから」


 とたん、基山の顔が赤く染まる。本人は随分と心配しているみたいだけど、こんな姿を見て警戒しろと言う方が無理と言うものだ。


「それじゃあ行こうか。皆が待ってるわ」


 私は再び基山の浴衣袖を掴む。すると基山の、ボソボソとした呟きが聞こえた。


「……僕はもう少し二人でもいいけど」

「え、何で?」

「……何でもない」


 変な基山。けど、何だかちょっと元気が戻ったみたいだから、よしとしよう。


 その後私は基山の案内のおかげで、無事皆と合流することができた。その際に八雲からケータイを忘れたことを怒られたり、鞘が『随分時間かかったじゃないか。皐月と何してた?』なんて言って基山ともめたりもしたけど、ちゃんと皆で花火を楽しむことができた。


 普段はバイトや勉強ばかりしているけど、たまにはこうして息抜きをするのも悪くない。

 空に輝く花火を見ながら、そんなことを思っていると、ふと香奈が話しかけてくる。


「ねえ皐月、さっき太陽と二人で、何を話してたの?」

「えっ、何って……」

 

 基山が時々、私の血を吸いたいって思ってるって話はしたけど。けどこれって、ベラベラと話して良い事なのかな? 香奈だったらこれくらいで偏見を持ったりはしないだろうけど、基山はあまり良い気がしないかもしれない。これは、黙っておいた方がいいかな?


「ほらほら、どうしたの? 何があったのか、話してみてよ」

「うーん、ナイショ」

「ええーっ!」


 とっても不満そうな香奈。だけどすぐに何かに気づいたように、顔をほころばせる。


「内緒にしておきたいって事は、やっぱりそう言う事があったって事?」

「そう言う事? いったい何を想像してるのよ?」

「いや、だからね……」


 何かを言いかけた香奈。だけどすぐに苦笑しながらため息をついた。


「まあ、そんなわけないか。鈍い皐月と、ヘタレの太陽だからね」

「どう言う意味よ?」


 花火から目を離してそんなやり取りをしていると、慌てたように間に入ってくる奴が一人。もちろんと言うか、基山である。


「ちょっと、香奈さん! 何をしてるの⁉」

「それはこっちのセリフ。せっかく二人きりになったって言うのに、何をやってるんだアンタは? 本当にヘタレなんだから」

「そ、そんな事無いよ。僕だってちゃんと言おうとしたんだよ。失敗しちゃったけど……」

「ダメじゃん!」


 焦ったような基山と、呆れた様子の香奈。何の話かは今一つよく分からないけど、私も言いたい事がある。


「香奈、基山がヘタレなのはいいとしてさあ」

「僕がヘタレなのは確定なの⁉」

「基山うるさい。私が鈍いって言うのは聞き捨てならないわね。何かと言うとすぐそんなこと言ってくるじゃない。基山からも何か言ってやってよ、私ってそんなに鈍い?」

「ええっ、僕が⁉ え、ええと。確かに水城さんは、少し鈍いかもしれないけど……」


 なんと、基山までそんな事を言ってきた。最初は心外だって思って、少し腹が立っていたけど、ここまで言われると今度は悲しくなってくる。

 しかしションボリしていると、基山が慌てる。


「嘘、嘘だから! 水城さんは全然鈍くなんて……」

「太陽、甘やかすな!」


 私と香奈に板挟みにされる基山。何だか困っているみたいだけど、はっきり答えなさい。だけど凄みをきかせればきかせるほど、委縮して何も答えられなくなっていくみたい。

 そんなに怯えないでよね。これじゃあまるで、私達が虐めてるみたいじゃない。


 そしてそんな私達を、少し離れた所から八雲や霞達が見ていた。


「さーちゃん、またあんな事を……」

「姉さん……僕は恥ずかしいです」

「そ、そんな事無いよ八雲くん。あれはあれで、皐月さんの良いところなんだから」

「竹下、無理にフォローしなくていいぞ。俺は基山の事なんてどうでも良いけど、それでもあれは、さすがに哀れに思えてくるぞ」


 皆に好き勝手言われている事にも気づかずに、基山に問い続ける私と香奈。

 そんないつもの通りのやり取りをしながら、夏の世は更けていくのであった。




                          花火大会編 終わり



 ※読んでくださってありがとうございます。『お隣の吸血鬼くん2』は、しばらく休載します。

 また続きを書いたら公開していきますので、これからもどうかよろしくお願いします。

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お隣の吸血鬼くん 2 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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