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『18歳まで鷹に手を出さない』『そしてもちろん浮気もしない』という条件を20代働き盛りに下すのは拷問であろう。しかし雅は叔母のおかげで性に対してそこまで前向きになれない人間だった。
『なーんだ余裕やん』と鼻歌交じりに考えていた雅に突如のし掛かった壁が、鷹の思春期だった。皆さんも目を瞑って是非想像してみてほしい。たとえどんな脅しがあろうと、目の前に居るのは好きな相手。関係は恋人。若く、脂も乗り、大人の色香を身にまとい始めた1番オイシい時期。瞳を潤ませ頬を染めた恋人が熱い息を吐きながら、己の内に渦巻く欲を処理してくれ、と見つめてくるのだ。そして自分は、子孫繁栄に一番勤しむ時期に、もうずっと己の右手だけが御相手なわけだ。空腹なオスライオンの檻にかわいいウサギちゃんを放り込んで「待て!仲良くしなさい!」って言っているようなものだ。
そんなもの、「知るかボケェ!!」って飛び付くのが男の性。しかし雅は完全に調教されたサーカスのオスライオン。向こうに見えるは鞭を持って笑う支配人、佐助。鷹からの誘いに幾度となく飛び付いては、唇を重ねたところで佐助を思い出し、一人寝室に逃げ込む。そんななんとも情けないことを繰り返して、繰り返して。
『主様、誕生日プレゼント、ありがとう。』
『っ…鷹…!……雅、やっぱりあの約束、二十歳…いや、三十歳まで引き延ばせないか』
鷹はめでたく、十八歳になった。
そして雅はめでたく、悟りを開いていた。
我慢に我慢を重ねた結果、加齢も相まって、雅の性欲は驚くほどに衰えを始めていたのだ。
(いや、約束を守り抜いた勲章として、鷹のことはちゃんと美味しく頂いたけれど。)
三十歳間近。仕事も重役なんてレベルじゃない重役につき、それも板につき始め、雅は完全に『オッサン』と化した。夜は眠りたい。セックスは腰が痛いし、一回でもう翌朝に響く。
対して鷹は、興味が実現に代わり、その快楽を身をもって覚え(同時に鷹は痛みも覚えて、雅は正直二回目は無いと思っていた、が、努力家な鷹は雅の手を煩わせることなく、快楽を感じられるよう『努力』してみせたのだ。有難いことに。)年齢も相まって、禁じられて居た頃よりも雅を悩ませることになった。
(だってほらセックスなんてしたあとの布団は寝られたもんじゃないしかといってセックスのあとはしばらく腰を動かしたくないし煙草も吸いたいしそうなると諸々の前後準備含め「休みの前の日なら…」ってなってくるわけでしかし雅の仕事には休みの前の日というかまずシフトという概念がないわけで…)
相変わらず雅が帰ってくるまでうつらうつら起きていてくれてる鷹がソファーで物欲しげに見つめてきても、寝静まったあとトイレに起きたら見計らったように寝室の前に居た鷹が物欲しげに見つめてきても、雅はその頭をポンポンと撫でて眠りにつくので精一杯なのだ。
(でもそれって、)
そして雅は思った。
あの日、佐助に言われたことを。
「やっぱり、10も年の離れた恋愛なんて、異常なんかな。」
このすれ違いは他でもない、年の差が生んだ弊害だ。そんなものは本人たちの努力で変えられない、仕方の無いこと。それは同時に、どんなに想い合っていても付きまとう、乗り越えられない壁ということ。その壁に対し今、雅と鷹は互いに疲弊している。 どうしようも出来ないことに対し、どうにも出来ず、打ち負けてしまっているのだ。それはもう、根本的にこの年の差を受けいれられない、ということなのだろう。
鷹は若い。まだいくらでも正しい道を歩める。チノメアの力を借りたら、いくらだって普通の社会へ歩み出し、家庭を育むことが出来る。
完全に裏社会の人間と化した雅が鷹を想ってしまった。ずっと一緒に居て欲しいと願ってしまった。それだけで鷹を縛り、そのくせ満足に愛を注いであげられないのなら。
「別れたほうが、いいんかな。」
雅のつぶやきに、洗濯物を畳んでいた鷹の手が止まる。鷹はその目が確かに自分に向いていること、その呟きは自分たちのことを指していることを確認して、パラソルハンガーから外した雅のボクサーパンツ(赤チェック、年齢の割に派手すぎると鷹は思っている)を、ボール型に丸めた。パンツボールはスッキリ収納できて取り出しやすい、と昼間のテレビで言っていたのだ。赤チェックパンツボールを、100円ショップで買った収納ボックス(パンツ入れに最適と、昼間のテレビで言っていた)に収めて、パラソルハンガーを畳んで所定の位置に戻す。今日も完璧に終わった洗濯に小指を立てて、新聞を読んで黄昏れている、中年キモロン毛の隣に座る。本当はすぐに掃除機をかける予定だったけれど、まぁ、一日くらいはサボっても大丈夫って、昼間のテレビで言っていた。そんなことよりも、主夫にはやらなきゃいけないことがある。
「…主様に、なんか言われた?」
「ううん。改めて自分たちのこと、冷静に考えたんや。」
「冷静に?」
「そ、冷静に。」
「冷静に考えて、どう思った?」
「…俺みたいなオッサンが、未来ある鷹の将来を潰すのは、罪なことやと思った。」
テーブルに置いた飲みかけのコーヒーは、もうだいぶ冷めている。猫舌だからふぅふぅと冷まして、忘れて、美味しい時を逃すからだ。飲みたいから淹れたクセに、飲めないから放って、飲みたくなくなるのだ。
「雅のくせに、今さら罪とか気にするんだね。」
それでも鷹はコーヒーを淹れる。
雅の飲み残した、冷めたコーヒーが好きだから。
「多分僕の将来を潰すより償わなきゃいけないこと、いっぱいしてるくせに。知らないけど。」
「っ…それは、まぁ、そうやけど…」
「あんまり自分のことオッサンオッサン言うと本当にオッサンになるよ。もう本当にオッサンなんだから。」
「お前もオッサン言うとるやん。」
「僕はいいの。」
新聞を取り上げて、手持ち無沙汰になった雅の腕の中にお邪魔する。
まったくもう、主夫は本当に、忙しいなぁ。
「オッサンが、好きだから。」
十歳なんてね、あっという間。鷹は知っている。鷹だってすぐにオッサンになって、そうしたらもう、十歳離れていようと、二人ともただの、オッサン。
「僕がいないと生きていけないクセに、生意気言うなキモロン毛。」
雅がずっと我慢していたぶん、今度は鷹が我慢する番なだけ。セックスが出来なくても、こうしてハグしてくれたら、昔のように頭をポンポンと撫でてくれたら、鷹は満足。美味しくなるよう作られたアイスコーヒーには出せない、雅が飲み残した冷めたあのコーヒーが、鷹は好きだから。
「……ホンマ、お前には敵わんわ、いつも。」
「あたりまえ。」
鷹はなんでも知っている。だてにテレビで学んでいない。上手な献立の回し方も、ホコリの残らない掃除の仕方も、雅の考えてることも、なんだって。だから大丈夫。これからももっと、学んでいくから。雅は黙って、たまにこうして抱き締めてくれていれば、いいのだ。
「…あーもう、…好きやわぁ、ホンマ。」
「…あたりまえ。」
そうして鷹は、いつまでもそうして、小指を立てていたら、それだけで2人は、いいのだ。鷹は知っている。
だって二人は、チノメアチョコのオマケを手にした、運命なんだから。それはもうこれからずっとずっと先も、変わらないんだから。
雅は鷹が好き。鷹も雅が好き。
それ以上も以下もない。チョコのオマケは、永遠のしあわせなんだから。
チョコのオマケは召使い 砂糖菓子屋 @chinomea
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