【0 ちょこのおまけのおまけ】

目の前に居る生き物に名前を付けるのなら、『同居人』より『恋人』より、なんなら『空野鷹』よりも『時間』というほうがしっくり来るだろう。そんな思いを最初に抱いたのは、一緒に暮らし始めて1年目だった。

1年で目の前の生き物は身長が十センチ以上伸びた。チノメアと共に泣いた。買う服買う靴全てが一瞬で入らなくなる。しかし1番泣いたのは本人だろう。毎晩足が痛い腕が痛いと愚図っては、いつの間にか七分丈と化していたパジャマにため息を吐いた。恐らくその辺のDJがレコードを擦った数よりも、雅が鷹の関節を擦った回数の方が圧勝しているだろう。なんなら複数人でかかってこい、状態だった。

2年目にはまたさらに体積を増やし、十センチ以上伸びた身長はまたさらに十センチ以上伸びた。何度か伸びる瞬間を目視した気がするほど、観葉植物並みに成長した。いつか天井を突き破られる気がして本当に怖かった。

3年目は組長としての仕事が本格的に忙しくなり、一ヶ月家を空けることもあったから、そのたび出迎えてくれる鷹がそっくりな別人でドッキリを仕掛けられてるのでは無いかとぎこちないリアクションを取っていた。声変わりしていた時は絶対別人だと確信して、ネタばらしに佐助さんが飛び出してくるのを一週間待っていた。佐助さんとは普通にチノメアで会い、普通に会話をし、普通に別れ、その後もとくになにも無いから、ドッキリでは無いのだと気付いたのは一ヶ月近く経ってからだった。

とにかくそんな感じで、鷹は目まぐるしい成長を経て、雅も佐助さんも若干見上げるくらいの高さになった頃、ようやくその成長を止めた。天井は突き破らなかったけれど、自分のサイズに慣れない鷹の頭突きによって、壁に付けた棚は三回壊された。三回で済んだのは、三回目で棚自体を諦めたからだ。

しかし、身体をほぼ完成させてからも、鷹は雅を戸惑わせることを忘れなかった。外見の次は、中身だ。

成長期の終わりにやって来るのは、そう、思春期。10年前のその時期をわりとアンダーグラウンドに過ごしていた雅には、それがどんなものなのか体感した覚えは無いが、鷹のを一般的とするなら、思春期とは実に『厄介』なものである。まぁ、鷹が一般的であったことはこれまでなにを取り上げても存在しなかったから、思春期もまた、特殊なものなのだろう。

Google先生の力を借りて思春期を調べてみたけれど、『洗濯物を別々にする』はなく(そもそも洗濯は鷹がしている)『反抗的な態度を取る』はいつも通りで『身だしなみを気にする』はむしろ雅の方があれ着ろこれしろと指示をしているくらいだし『恥じらう』は…うーん…多少はあるけれど、元が照れ屋だから、変わったとは感じない。

鷹の思春期が該当したのは、佐助さんと命がけの誓約を交わした雅には、拷問のような箇所。

『性に対する興味』だ。


『10も年が離れているお前と鷹の交際なんか俺は断じて認めない』

『鷹が抱いているのは恋慕じゃなく年上への憧れだ』

『お前が抱いているのだって愛情よりは同情だろう』

『大体10も年が離れている相手に欲情するとしたら異常性癖じゃねぇか』

(じゃあ佐助がオイラに欲情するのも異常性癖だお)

『…え?え、社長、え?うそ、え、社長何歳?ちょ、どこ行くんですか!?社長!』

『……。』

『……ま、まぁ、中にはそういうこともあるかもしれない。けど、お前たちのはただの憧れが生み出した思い上がりにしか見えない』

(ここで烏田雅による息継ぎのない8分37秒の説得が入る。8分38秒目で八藪佐助が睡眠を始めた)

『……わかった。そこまで言うなら証明してもらおう』

『お前と鷹の交際は、そもそも現時点で犯罪だ。お巡りさんに告げ口したら即効豚箱行きだろう』

(鷹のことがなくても雅は即効豚箱行きだけれど)

『十八歳。』

『鷹が十八歳になるまで、』

『……っ…、』

(佐助はここで史上最強に怖い顔をし、雅は一瞬で壁際まで逃げた)

『それまでに一度でも手を出してみろ…』

『最後までやってないからセーフ♡だとか…』

『先っちょだけ♡だとか…』

『いやもうそれ以前の行程も含めてだ…』

『いっっっかいでも手を出してみろ…』

『…………』

(佐助渾身の壁ドンに雅は昇天寸前だ)

『お前…確かに鷹と生涯を添い遂げるんなら…』

『その、ぶら下げてるちんけなモンはいらねぇよなぁ…』

『……引きちぎってやるよ…』

『だからといってオンナ買って引っかけてみろ…』

『そんなことして鷹を傷付けたら…』

『それに相当する傷をお前につけてやるからな…』

『せいぜいその右手に慰めて貰えこの【自主規制】』


……いつか、佐助さんと交わした約束を、今一度鮮明に噛みしめる。ほんと、あの人が演技でヤクザをやっていたなんて信じられない。演技力スキルが著しく高いわけではないから、天性の才能だと思う。実にもったいない。

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