第四話 創造神と領主の密談

話は、港町線と大沼たちが転移する少し前に遡る…


「とうとう、この地にテツドウというものがやってくるのか…」


領都ウィン・フィールドの自分の執務室で、この地の領主、ベンジャミン・ゴールドウィンは感慨に耽っていた。


先代である、自分の父親が異世界からの「来訪者」から聞いた話として、テツドウという大量輸送機関なるものの存在を知り、それをどうにかこの地にも導入できないかと言う事をよりにもよって創造神グスタフに誓願した…ということをけろりと言いのけたときは、呆れて開いた口が塞がらなかったものであるが、先代領主が創造神に縋ってまで渇望したのにも理由があった。


…この地に限らず、この世界に於いて長く続いている沈滞ムードをどうにかしたいという事なのは、ベンジャミンも理解していた。その方法論の是非は兎も角として。


沈滞が悪い連鎖を生み、戦乱が蔓延る…ということには、幸か不幸かならなかった。

なぜかというと、戦争を引き起こして勝ったとしても新たに得た領土にて住民を食わせるだけの経済力…この世界のどの国にも国の富というものが備わっていない…ということを、どの国を統べる者にも明々白々だったからである。

国庫が空っぽで食糧の備蓄も満足にない状態で戦争を始めた挙句に、新たに得た土地の住民を食わせるほどの余裕など、どこの国の王にも無かっただけの事である。


中には、戦が生きがい…という王が、周囲とさほど国力は変わらないにもかかわらず、無理難題を吹っかけては戦争を仕掛け、瞬く間に自国を衰退させただけ…という愚かな王が治める国というのがないわけではなく、事実、愚王の治めていた隣国ミド王国は瓦解して、領土は周辺国が吸収した。そういうようなことはあったものの、ここしばらくは戦乱が蔓延ることもないが、どこかの国が突出して発展を遂げた…ということもない。

その中で、隣り合ったところにあった愚王の自滅によりベンジャミンの領地は僅かながら広がり、漁港として有名な港町のストン・ハーバーと古から海岸として名高いビーチ・フロンテを領有することが出来た。

もとより、愚王の悪政に辟易し、すぐ脇で地味ながらも堅実に政を行っていたベンジャミンの父の名声は領地の内外で民の間では実は殊の外高く、愚王の王国が崩壊した際、ストン・ハーバーやビーチ・フロンテの住民たちは一も二もなくゴールドウィンの領地になることを熱望したのである。


さらに、事後処理のついでにこの地を訪れた時の国王は、ゴールドウィンの領地になったビーチ・フロンテの海岸の一角を私的に買い取り、別荘を建てて年に何度かは訪れるようになった。


目と鼻の先にありながら、異国だったストン・ハーバーとウィン・フィールド結ぶ街道を整備する段になり、先代のゴールドウィンは突如として非業の死を遂げてしまう。

急遽嫡男として領主を引き継いだベンジャミンであったが、その慌しい中に突如として先代の誓願が受理された旨の通知を受けたのである。


創造神グスタフからのお告げで…


「近いうちに領都ウィン・フィールドから、港町ストン・ハーバーを経て、海岸のビーチ・フロンテまでのテツドウを敷設出来るようになるかも知れん、領主ベンジャミン・ゴールドウィンにおいてはこれを受け入れるべく土地や人員、並びに渡来人受け入れの準備を成せ。地慣らしや街道の改修が必要な箇所についてなどは追って教会を通じて文書にて通知する」


という文書が、教会の伝書士により届けられたのはもう何年も前のことだが、ベンジャミンにはいまだ半信半疑ながらも、お告げに従い港町ストン・ハーバーと領都ウィン・フィールドを結ぶ街道整備の傍ら、「テツドウ」を受け入れる準備も進めていた。


ようやく最近になって、創造神グスタフからの新たなお告げが届き…


「春の第四の月、1日の未明にテツドウを転移させる。但し、最初の段階ではかかわりのあった人間は二人ほどしか転移は出来ぬので、支援できるような人員を用意しておいて欲しい。おそらくは200人程度は必要となろう。それらに必要な教育や訓練を施さねばならぬので、すぐには実用とはならぬであろうが、長い目で見て有益であるから絶やさず支援は続けて欲しい」


というお告げが、教会の伝書士から届けられたのはつい数日前のことである。



「…なんでも、彼の地の言葉では、「テツドウ」とは「金を失う道」という文字を書くらしいが、果たしてどれくらい掛かるものなのか?それに、街道の整備や、港町ストン・ハーバーへの投資や周辺の環境整備、陛下が別荘の敷地として一部は買われたものの、ビーチ・フロンテの海岸周辺もそのままと言うわけにはいかん。陛下からの代金としての金子きんすの下賜は賜ったが、それだけではとても足りぬなあ…」



平和であるとはいえ、先代領主である父から引き継いだここは、それほど豊かであるとも言いがたい。ベンジャミンは愚直なまでに配下に丸投げにはせず、一人悩むのだった。



「ひょほほ、そうじゃのう、ベンジャミン・ゴールドウィンよ」



不意に、声がベンジャミンの耳に入る。


「何者だ?いや、あなた様は…まさか!?」


そこには実体化した創造神グスタフの姿があった。




「いきなり現れてしまって驚かせたかの、ベンジャミンよ」


直立不動から一転、片ひざを付いて恭しく頭を下げるベンジャミン。

国王に臣下の礼を行ったときよりも、内心は緊張していた。


「そう畏まらんでもよい…とは言っても、いきなりすぎてしまったな。今後はもう少し楽に接しやすいように顕現するゆえ、そのような礼は不要じゃ」


「しかし…」


「先代も頑固者じゃったが、そなたも負けず劣らずじゃの。まあ、その意志を曲げずやり遂げんという確固たる決意を見せたから、わしもテツドウを引っ張ってくると言う大それたことをする羽目になったのじゃが…」


「それにつきましては、亡き先代である父の誓願を聞き入れていただき、感謝に堪えません」


「またそれじゃ…もう少し砕けた、そうじゃの、親類の叔父とでも話をするような感じで話せんかな?」


「はあ…できるだけ努力いたします。しかしながら、ご存知のことかと存じますが、ゴールドウィン家は長年亡き隣国であったミド王国の脅威に晒されておりました。すぐそばにストン・ハーバーという港町がありながら、大昔の失政によってミド王国の領土となっており、この領都ウィン・フィールドまで大軍を易々と送り込める…という状況が続いておりましたからな」


自分が粗忽者であることをグスタフに説明しようとするものの、またしても当のグスタフに遮られる。

グスタフは、そんなことなど勿論先刻承知である。


「もうよいわ…話を本題に移すとするかの」


「はっ!」


「先刻認めたとおり、いよいよテツドウをこの地に持ってくる。で、その中にも書いておいたのじゃが、将来的に運営を担ってもらうような人材はかき集めたのかの?わしの書き方も抽象的過ぎたのじゃが、単に屈強な兵隊や騎士を200人揃えられても困るからのう・・・」


「と、いいますと?」


「わしも細かく、詳細には掴んでおらんのじゃが、仕事の種類によっては屈強な男でないとこなせぬものもあるじゃろうが、それこそ多くの仕事は女子おなごでもこなせるそうじゃ。もっとも、読み書きや計算、テツドウに関することわりなどを習得させねばならぬから、まずは全員を学校に入れさせる格好になるじゃろうがの」


「学校…ですか」


ベンジャミンの顔が曇る。


「そうじゃ、何しろこれからテツドウと共に飛ばされてくる連中は、見てくれはこちらの人間とそう変わらぬが、頭の中身はそれこそ別物…と言っていいくらいな者たちでな。こちらで言えば、凡庸な平民でしかないがの、こちらのことわりをひっくり返さんほどの知識と技術を持っておる。それを学べるという事は、すぐではなくともいずれおぬしの領地、はたまた国やこの世界全てに大きな影響を及ぼすじゃろうの。いろんな形で」


「平民でそんなに凄いのですか!?」


「うむ。テツドウそのものもそうじゃが、彼等の住まう建物やその中の道具とかを見ただけでもおぬしらは腰を抜かす者も出るかも知れん。わしも初めてのことじゃて、何をどれだけ転移させればよいのか見当が付かぬが、少なくとも人さえ確保できれば何十年かは維持出来るよう手配りはしておくつもりじゃ」


これは一騒動どころの話ではないのだな…とベンジャミンは思いつつも、グスタフの言葉を聞き逃すまいと、前のめりになって聞き入っていた。



当のテツドウや、一緒に転移されてくる予定の二人の人間がまだこちらには来ていないので、分からないことは多々あったものの、受け入れ側としてのグスタフとベンジャミンのやり取りはどうにか終わった。


「ご高配、重ね重ね感謝いたします、創造神様」


「うむ…しかしのう…今はよいが、今後も出くわす機会は多いじゃろうから「創造神様」ではなく、「グスタフ殿」と呼ぶようにしてくれぬかの?わしは困らぬが、おぬしが誰かに見られたら何かと拙いこともあるかも知れぬぞ?『誓願』が周知の事実であったとしてもじゃ」


「はっ!お気遣い恐れ入ります、創…もとい、グスタフ殿」


これはしばらく要らぬ苦労をするかもしれない…と、グスタフは思わず苦笑した。

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異世界電鉄、出発進行!? たかきち @takakichi

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