第三話 爺さんの名は創造神グスタフ!?

確かに港町の町並みは消えていたが、一方で今まではなかったはずの建築物が何棟も増えている。見た感じは煉瓦造りの農業倉庫…それ自体は過去の遺物として港町駅の構内に元からあったが、まるでコピペで増殖したかのように増えている。


それから学校の校舎のような建物、ご丁寧に校庭の隅には線路が引き込まれている…など、見回しただけでも周囲の景色は一変していた。



「おい、大沼。大丈夫か?」


不意に大沼は声を掛けられる。長岡区長である。


「長岡区長。そのぅ…区長も変な爺さんに話掛けられました?」


「ああ。どうやら、あの爺さんの言うことは嘘じゃないようだが、いろいろ様子が変わってるなあ?」


「ええ。でもこれからどうしますか?我々二人だけじゃ何もできないでしょうし…」


確かに、港町線の施設一切合財が無傷で転移していたとしても、たった二人では鉄道を運営することなど不可能である。

その昔は運転士だったという文字どおり叩き上げな長岡はさておき、手伝いのようなことをしてはいえ、大沼は正規の鉄道員ではないためプロとしてのきちんとした教育を受けたわけでもない。


「まずは、何があるかチェックして、それから沿線や施設の状態の確認とかになるかな?あの爺さんの言い分からしたら、こちらの人間から接触あるかもしれないしなあ」


こともなげに長岡区長は言う。


「まあ、その後はお前さんも含めて鉄道の勉強してもらわなくちゃなんないが」


まあ、それは当然として…



「ひょほほ。二人とも無事に来れたようじゃの?」



気配もなく姿を現したのは、例の爺さんである。


「何がどれくらい必要になるかは皆目見当が付かんかったのでの、必要そうなモノを適当に見繕ってあの倉庫群に押し込んでおいた。目録と倉庫の鍵を渡しておこうかの」

分厚い目録とジャラジャラと鍵がたくさん連なった鍵束を受け取りつつ、大沼は目を剥いた。


「それと、これはお主らのねぐらの鍵じゃ。長岡はここに近い場所がいいとのことじゃったから、元の住まいを駅舎の近くに転移させたが、大沼はドミトリーじゃ。後から来る連中の面倒を見てほしいし、その寮監みたいなことも押し付けることにはなるがの…建物はほれ、あれじゃ」


爺さんが指差す方向には、転移前にはなかった戸建ての家と、独身寮のような建物、まだ使うことはないにせよいくつかのマンションのような建物や倉庫が建っていた。


「思いっきり「ブラック」と言われかねんことをしとるでの、せめてこれくらいはさせてくれんかの。あ、あと電気・ガス・上下水道はそのまま使えるかぞい。それと、ささやかながら冷凍と冷蔵、常温の食糧倉庫があるから好きに飲み食いしてよいぞ」


誑し込まれたとはいえ、普通の人間がしていれば立派な拉致・監禁…とも言えなくはないが、もうすでに飛ばされてる以上、四の五の言っても始まらない…と半ば大沼は諦観していた。


「あと、それとの、元の世界とやり取りは出来ぬが、ネットの類は使えるし、各部屋に1台ずつパソコンも置いてある。携帯の通話もワシとのみは出来る。テツドウの元からあった無線設備とかは使えるし、同じものはアレ等にも付けといたぞい」


ある意味、至れり尽くせり…ではあるが、建物脇の駐車場・・・というか、空き地には現代日本の車が何台も置かれている。とはいっても、どちらかと言えばゴツイ車ばかりではあるものの、陸軌車や高所作業車というものまである。

こうなってくると、最早呆れるしかない。


「はあ…なんか凄すぎて言葉が出ませんよ。それにしても、不躾な言い方かもしれませんが、なぜあなたはここまでしてくれるのですか?」


「そうじゃのう。この世界に対するささやかな罪滅ぼし…とでも言っておくかのう。それに付き合わせてしまうお主たちに、生活様式まで変えろ…とは、とてもわしには言えなんだ」


「どういうことですか?」


「この世界を作り出したのはわしじゃ。じゃが、いささか歪な形で出来てしまってのう。それなりに均衡ある発展はして来たのじゃが、鉱物資源が不均衡に点在してしまったせいか、なかなか化石燃料を使った産業というところまで行き着きそうになくてのう。地球の産業革命のようなことになるまでになるには見当も付かん状態じゃ。そこにここの先代の領主から請願されとったテツドウの話と絡めての、一石を投じたら、その小さな波紋はこの世界にどのような変化をもたらすのか、見てみたいのじゃ」


「鉄のレールや車輪を使ったトロッコや鉄道馬車みたいなものはこの世界でも出来うるのでしょうが、蒸気機関が広く普及し得ない世界…という解釈でいいのでしょうか?他の様式での原動機…みたいなものも当面は無理なのかなあ??」


大沼は、率直に思った疑問を爺さんに振ってみた。


「こればっかりはわしにもなんとも言えんが、基礎工業力とでも言うかの、それが上がらんのじゃから目覚しい発展というのは、余程突飛もない発想を持った人間でも出てこん限りは難題じゃろうし、見ている範囲ではその兆しがまるでなかったのじゃ」


「そういえばこの鉄道を動かすのに必要な電力や、今鍵を下さった建物の照明などの電力ってどのように確保されているのですか??」


「詳しくは言えぬがの、それでお主等が何かするわけでもあるまいから、ええじゃろ…大まかに説明すればじゃ、この世界とは異なる次元に幻獣が居っての、それが発するエネルギーを回収して電力として供給しておる。だから難しいことは考えずともよいぞ」


だったら、それをもっと効率よく大規模に行えば、エネルギー問題は解決できるんじゃ?…と、大沼は言い出しそうになったが、爺さんの側にそれが出来ない理由でもあるのだろうと思いとどまった。


「あとのぉ、あの自動車や一部機関車等の使う燃料はこの駅の地下に広大なタンクを油種別に作ってあって、ガソリンや軽油は自由に使えるぞい。尤も、あまり話が広がって攻撃されるようなことになっても困るから内緒だぞ」


車庫の方を見ると、ついさっきまでの港町線の電車だけでなく、ディーゼル機関車やディーゼルカーも何輌かいるようだ。他にもどっか見たような電車や貨車なんかも増えているような気もするが、まだそんなに重大なことではない。

そんな一角に、飛ばされる前はなかったはずの給油設備があったり、自動車が置いてある脇にもガソリンスタンドと思しきものが見えたりするが、ここで「営業」するわけでもないので設備は簡素だ。


「そういえば、引っ張り回しておいてまだ名乗っていなかったのう、長岡、大沼よ。

わしはこの世界の創造主、グスタフじゃ。今後も何かの折には現れるし、さっきも言ったとおり、携帯で喋ることができる相手はわしだけじゃ。ホントは、もっと長ったらしい名前じゃが、グスタフ爺でよかろう?」


今更になり、謎の爺さんは「創造神グスタフ」と名乗った。

名乗られたところで何か変わるわけではないものの、なぜか不思議と近親感が湧いてきた。

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