第二話 靄の中の爺様
「大沼高志よ、聞こえるか??」
大沼は自分が謎の声に呼びかけられるいることに気がつく。
「ん…ん…ここはどこだ…」
気が付くと、薄いピンク色の靄の中に大沼はいて、一人の見慣れぬ衣装を纏った老人が大沼の傍らに立っていた。
「ひょっほほ。気がついたか。ここは天界じゃ。わしはそなたの暮らす地球とは別の世界の管理者じゃ」
ありえないことを言われ、大沼が懐疑的になってしまうのも当然と言えば当然であった。
どうにも胡散臭い…。
「そなたともう一人、長岡とかいったかの。二人に頼みごとがある。といっても、これは決定事項なんじゃが、地球とは別の世界で、テツドウというものを運営して欲しいのじゃ。そなたが愛して止まぬ、港町線の設備一切を異世界に転移させるので、そなたと長岡に運営して欲しいのじゃ」
こう言われては、流石に大沼も固まる。
「どうやってですか?長岡区長と自分のたった二人が異世界に飛ばされても、電車は動かせませんよ?」
「そこはそなたと長岡で、現地の人たちを教育して雇ってもらうしかないがの。おまけは諸々と付けるぞ」
「そんなこと言われても、電力や資材はどうするんですか?そのあたりがきちんと担保されないと、ガラクタを異世界に送るだけになってしまうでしょう?」
懐疑的でいながらも、管理者と名乗る爺様に都度都度反論する大沼。
「別口でそなたらの世界には「りくるーと」をかけるし、資材調達と電力供給なんぞはわしが保証する」
「それにしたって、自分や長岡さんの住まいや身分はどうするのです?突如出現したガラクタを持ち込んだ廉で処刑…とはシャレになりませんよ?」
大沼にしてみれば至極当然な疑問を管理者と称する爺様にぶつけてみる。
「これは異世界の者たちによる『誓願』なのじゃ。工業水準はそうじゃのお、産業革命前の地球と変わらぬのじゃが、鉱物資源の分布が歪な上に、鉄鉱石や石炭がほとんど採れないという世界じゃ。だからこちらで言うところの蒸気機関という発明はちょっとすぐには実現性はない。まあ、今すぐ決めてくれるんじゃったら、住まいとか一部の設備も、そなたらの時代のものをわしが生成してプレゼントしてやろうかの」
大沼は「どこのTVショッピングだよ?」と頭の中でぼやきつつも、続ける。
「だから電車なのですか?それにしても、路線をそのまま転移させても、その、異世界の街や地形と合わないのではないですか?」
「ひょほほ、心配ない。丁度誓願を受けたところの領主の領都の門のひとつの外側と近隣の港町との距離がこの港町線のクラタケ~ミナトマチ間の距離と一致しておっての。ミナトマチとマエハマの距離もその港町とその隣町との距離に合わせてある。誓願を受けてから、わしなりにリサーチしての。」
それにしても偶然の一致にしても出来すぎている…と大沼は思ったものの、さらに驚かせることをこの爺様は言ってのけた。
「誓願したのは先代の領主での。何度か地球人を向こうに送っておるのじゃが、その一人が領主にテツドウのことをしゃべったようでの…口止めはせんかったから、止むを得ないとこなんじゃが、その領主の代からリサーチして、一致できる路線を探して判らぬ様に会社の経営が歪む様に仕向け、テツドウを廃止せざる状況に追い込んだのじゃ」
何、そのスパイも真っ青な壮大な仕掛け…
唖然として大沼は固まるしかなかった。
「誓願の「条件」として、港町線と地形の条件をほぼ一致させるための工事は先代の領主の頃から丘を削らせたり、荒地を均したり川の流れを変えたりと、テツドウを迎えんがためにそれは壮大な工事をしておるぞ」
それにしても、用意周到と言うか何と言うか…。
さらに続けた言葉が、大沼を「落とす」切欠になったようで。
「おまけの方はの、幾ばくかの礼として、過去に存在したテツドウ車輌での、復活はさせられるぞい。「車籍」が抹消されていて、かつ、現物が存在していないものに限るがの。生物で言えばクローンみたいなものじゃが、テツドウが無事開通した暁には物資も運んでもらう必要があろうでの。」
つまり、クローン復活?させた貨車などを使って、港町線では廃止して久しい貨物輸送をして欲しいということだが、大沼は別な意味で瞳を輝かせ始めたのだった。
…もしかして、港町線以外の往年の名車とかも復活させられる??
「ひょほほ。気付いたようじゃの。さっきも言ったように、今現在現役の車輌や保存されている車輌はだめなんじゃが、車籍を拠り代として復活させられるから長岡とも相談して増やすのもよかろう」
路線の規格とかの問題があるから、オールフリーで過去の鉄道車輌を復活させるのは無理にしても、部品取りも兼ねて多めに取得出来ればとか、あの車輌のあのパーツをこの車輌に使って、浮いたボディーはどう使うか??などと大沼は早速妄想を始めているようである。
「そういえば、長岡区長はどうしてるんですか?」
「ひょほほ、行く気になってるようじゃの。奴さんには、わしの分身が今同じように説明しとるがの、奴さんは腹を決めとるようじゃ」
長岡区長は、先年長年連れ添った奥さんを亡くされている…というのは、大沼も知っていたし、お子さんもいなかったはず。だったら、港町線の行く末をもう少し見たい…とか思ったのかな??と、大沼は勝手に想像した。確か、長岡区長は廃止のあと、残務整理が片付いたら退職する…というのは聞いていたのだ。
「どうじゃろの?長岡とそなたは、見ているものは違うかも知れんが、向いてる方向はさしたる違いはない。長岡一人あっちに放り出すのもやる張本人がいうことでもないかも知れぬが、ちと気が引けてのう。済まぬが奴さんを手助けしてやってはくれぬか??悪いようにはせぬから、この通りじゃ」
爺様は土下座して、頭を地面に擦り付けんばかりにさげたのだった。
大沼とて、この世界にいてやりたいこともたくさんあったが、一方で好奇心が頭をもたげ始めているのもまた事実だった。
苦悶の表情を浮かべながらも、大沼は承諾した。
「すまんのう。でもおぬしが決めてくれたことでようやく実行できるわい。目が覚めたときには、あちらの世界に言って折るからの。何かあれば連絡は…」
爺様の話が終わらぬうちに、大沼の意識は消えていった。
「んんーっ…ここは??」
大沼が目を覚ましたのは、謎の爺様に会う前のいた場所、港町駅の駅裏だった。
周りを見回してみると、港町の町並みはそっくり消えていた。
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