病のねじれ

あとがき

常々考えてはいたが、人間の行動というのは道徳律や社会規律に順じない。

ヘレン・ハル

Os iusti meditabitur sapientiam,

正しき者の唇は、叡智を陳べ

Et lingua eius loquetur indicium.

其の舌は 正義を物語る

旧約聖書「詩篇」37-30より

Beatus vir qui suffert tentationem,

幸いなるかな 試練に耐え得る者よ

新約聖書「ヤコブ書」

Kyrie, ignis divine, eleison

主よ 聖なる炎よ、憐れみ給え

グレゴリオ聖歌「キリエ・エレイソン」より

あとがき

世界保健機関が同性愛を「精神疾患」のリストから除外したのは1993年のことだ。日本の文部省が「性非行」から除外したのは翌1994年のことである。19世紀のアメリカで、女性同士の親密な関係は「幸福の予行練習」とも呼ばれ、歓迎されていた。その後の心理学や性科学の発展で、同性愛は「異常」のスティグマを押された。

一時期アメリカでは、同性愛者であることを理由に、教職や軍隊など公職から追放された人たちも多かった。そんな時代を経て、LGBTと形容されるマイノリティの人々は一定の市民権を得るまでになっている。

作中で主人公のマーサが、レズビアンであるサラに対して「一番まともだ」と言い放つシーンがある。これはフェダマンの「レスビアンの歴史」で実際に精神病院に入院していたある患者が、収容されていたレスビアンの女性に対して語った一部である。

正常と異常というのは容易に変わり得る。そして、事実から規範を導き出すことの愚かさと恐ろしさに私たちはまだ気がついていない。