ep.23

「いえーい! アトラちゃん乾杯ー! いぇー!」


「はいはい乾杯乾杯」


 やたらと機嫌の良いマリアさんの雄叫びも、個室ならばそう迷惑にもならない。同室にいる私以外に被害者はいない。

 助けられた礼は言った方がいいだろう、と会いに行ってみれば即座に連れ去られてこの有様だ。気がついた時には高級そうなお店で個室に連れ込まれていた。我がことながらこんな調子で貞操を守れるのだろうか。これでも乙女だというのに。


「どう考えてもこんな騒いでいいようなお店じゃないと思うんですが」


 私に縁のある酒場というのは普通木製の器が使われているのだが、今目の前にあるのはどう見ても銀食器と陶器だ。割っても弁償出来ない怖い。というか個室に運び込まれたが、どう考えても今の私の格好で来て良い店ではない。


「ワタシが居る時点で融通効くからダイジョーブ。この街を救った英雄様に文句言えるやつなんて居ないって」


 分かっていて横柄に振る舞うのだからタチが悪い。

 先日の角の民による襲撃は、危機を察知した英雄マリアの活躍によって退けられたという事になっている。

 大枠としては間違っていないというか、ほぼその通りなので何も間違っていないのだが、なぜだか素直に首を縦に振る気になれない。

 それは多分、目の前でおちゃらけている女性とあの時颯爽と駆けつけた姿が一致しないからだろう。


「ていうかアトラちゃんも割合有名人になったし、ある程度はわがまま通ると思うケド。普通の人は知らないけど、冒険者稼業の人達の間だと下手するとワタシより人気あるかもねぇ」


「……いやいや、何を言ってるんですかマリアさん」


 本当なんだなー、とグラスのワインを飲み干して上機嫌に言う。


「普通に考えたら大金星な働きはしてるんだよ? その場にやってきただけの冒険者連中をまとめ上げて角の民相手に時間を稼ぐ。絵物語の一幕ですなぁ」


「実際に演劇作られるような英雄級が何言ってるんですか」


 それに、あれはそんな活躍だなんてものではない。私はただ、死んでこいと指示をしただけだ。それで実際に死んだ人も居る。

 そんな不満が表情に出ていたのか、マリアさんが少しだけ眉根を寄せて私を見ていた。


「アトラちゃん自身が納得できなくても、他の人から見た場合はそうなっちゃうのよ。主観と客観の違い、みたいな? 本当はそうじゃない、違うんだって言っても覆りはしないもんなんだなー、これが」


「そういうもの、ですか」


「そういうもんだよ」


 やけの実感のこもった言葉だった。


「まーワタシはアトラちゃんは大物になると思ってたけどね!」


 美味しそうに蒸した川魚の身を堪能しながらアホな事を言っている。本当にこれが英雄級なのだろうか偽物じゃないのか。


「だってアトラちゃん、ワタシが英雄だって知っても一切態度変えないじゃない? 普通はいないよ、そういう人」


「だってマリアさんだし……」


「ちょっとそれどういう意味!?」


「意味も何も言葉通りとしか」


 ひどーい、でもうれしーい、と意味不明な言語を口走りながらも、上機嫌にワインを開けていく。給仕の人に無理を言ってテーブルの上に置いて貰ったボトルの中身が目に見えて減っていくのが恐ろしい。

 私も先程少しだけ味見してみたが、普段飲んでいるような混ぜ物の多い安物ではない。透明なお高いやつだ。味が違いすぎて二口目になかなか手が伸ばせないというのにマリアさんはぐいぐい呑んでいる。


「いやー、ワタシ友達とかいなくてさ。やっぱ一瞬で自分を殺せるようなヤツには胸襟を開けない的な? だからさ、アトラちゃんと仲良くなれて良かったなーって」


 えへへーと締まりのない笑顔で言われては、毒を吐く気も失せてしまう。ハッとするような美人にこんな可愛いことを言われてしまっては敵わない。マリアさんはいつだって無敵だった。


「私も、マリアさんと出会えてよかったと思ってますよ」


 本心を少し零すくらいはしてあげてもいいだろう。

 マリアさんは目を見開いた後、すぐにまたふにゃりとした笑顔になってワインを飲む。ペースが早すぎやしないだろうか。


「そういえば少し聞きたかったんだけどね? アトラちゃんはそもそもなんで角の民と交戦なんかしてたの?」


「それはー……」


 どうしよう。助けて貰った手前、答えないわけにもいかない。

 少し悩んだものの、私は結局マリアさんに経緯というか、ほぼ私の一生を語って聞かせる事となった。今はもう無い故郷の事。冒険者時代の事。仲間を失った事。話を終えた頃には、なぜかぽろぽろと大粒の涙を流して泣きじゃくるマリアさんが出来上がっていた。


「大変だったんだねぇ……偉いよアトラちゃん……」


 鬱陶しいことになぜか私に抱きついてずびずび言っている。

 マリアさんが邪魔で高級そうな料理が食べられない。帰ってきて冷めてしまった私のスープ。


「今のご時世だとそう珍しくも無い身の上だと思うんですけどね」


 正直、言わなくて良いところまで語ってしまった。だがまあ、たまにはこういう事があってもいいかもしれない。

 何せ、私の数少ない友人が相手なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

非合法幻想記 Aldog @aldog

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ