白川津 中々

第1話

 なんでも屋と、俺はそう呼ばれていたのだった。

 

「町田さん、嘲われてますよ」


 そう聞いたのは春子の口からだった。暇を覚え、仕事帰りに誘った酒の席での事で、彼女はまるで自分が悪く言われているように苦しい顔をしてそう吐き出すものだから、腹立ちよりも申し訳なさが先立ち、「まぁいいさ」と無理やりグラスの酒を飲ませて帰らせたのだったが、一人になって、改めて「嘲われている」という言葉を頭の中で繰り返してみると、隣の席の肥満や、その隣の肥満が、糞をひるような声を上げ俺の背を指差していると思うと、胸の奥で、痛みのような、痒みのような感覚が生じ、途端に俺の理性が遼遠へと飛散してしまって、強い怒りが、いや、殺意が、五月雨が如く心を打ち叩き、そして満たし、あの肥満供を、凄惨に、無惨に、醜悪な脂肪だらけの肢体を解体し、三流喜劇ばりの悲劇性を持った死に様を晒してやらねば我慢ならなくなってきたのだった。


 殺さねばなるまい。生かしておいて、奴らの嘲笑う声を聞くわけにはいくまい。俺は自らの尊厳の為に戦わなければならない。利用するだけ利用して、影で侮蔑しているあの豚二匹を屠殺しなければならない。そうだ。侮られたまま諂い続けるなどできるはずがない。殺す。あの二匹の醜い生物は、必ず殺す。殺さなければ、俺の心が殺される。


 俺は包丁を持って飛び出した。会社に向かって、遮二無二走り、殺す覚悟を決めていた。


 街明かり。人の声。雑踏。二度と見る事はないであろう、この景色。


 刻もう。


 記憶に。






 最後に見た娑婆の景色は、人混みと汚言にまみれたものだった。だが、吊るされるまで、その光景を、俺は決して忘れなかった。俺の権利を、尊厳を勝ち取る前に見た全てのものが、俺にはとても、尊く思えた。

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白川津 中々 @taka1212384

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