淡く、吟味す。
@Matun274
第1着 面接は呑み会で終了。
気付けば背後には、自身が辿って来た奇跡が確かにあった。
あの牢獄の50日間から、3年。
失った物を取り戻す為だけに、生きてきた姿が、間違いなくそこには存在した。
場所は青山。
皮肉にも綺麗に整備された無粋なオフィスビルが建ち並ぶ内の一つ、三階大会議室の東窓から射し込む、如月の陽を羨ましげに頬をついたまま眺めるのは午後二時を過ぎた頃。ここに来るまでの電車の中では
受験戦争最終局面に背水の陣を敷く学生、週の折り返し、水曜日に憂鬱をきたす会社員、泣き噦る赤児をあやす母親、日常が広がっている中に私も紛れているのだ、などと考えて居た。
「来月から販売対策をMMSに組み込んでいくように。そしてスタッフさん全員に落とし込むように、でないと意味を持ちません。今期はMWSとDWSの連動が運営の精度を左右していきます。時代は目紛しく変わっており・・・」
そんな分かりきった案のやり取りを、会議で右から左に聞き流しているのが当方、羽入朱色である。僭越ながら、私の経歴を話すと二十一歳に店長試験を合格し、最速最年少の肩書きを欲しいがままにした経歴をを持ち、日本酒とインドアをこよなく愛する若輩者だ。烏滸がましく聞こえるだろうが、残念ながら傲慢さも持ちあわせている。現在二十三歳、数ヶ月に一度の店長会議の為、今朝広島を出て、青山の本部にいる次第である。
先に説明を入れておくと、堕落の為に頰づえを書いているのではない。生産性の薄い、時たま来るこの時間に嫌気が刺しているのだ。
そもそも、会議などと言うものは、各々の興味感心のある案件以外、退屈な時間他ならない。幹部や取締役、主催側が立派に用意したスケジュールに沿って大きな顔をしたが為に開いてるのはないか、と感じる点ではまだ社会人として角が立っている、と指導を受ける点だろう。もちろんそこに納得は無いが、生きにくい社会だ。眉間にシワを寄せ、難しい顔で、難しい用語を放てば事足りる。
そんな禅問答をしている時だった。
「羽入くん、今してる話、全然興味ないでしょ。分かり切った事言うなって顔に書いてあるよ。」
私にしか聞こえない声量で、苦笑いごしに話しかけてきたのは、私の上長にあたる大越さんだ。上司、先輩、師匠、指すべき名称が上手く見つからないが、兄、この表現が一番はまる。組織に八人しか存在しないBMGで、中四国統括にあたる。つまり優秀なのだ。私とは偶然職場が同じで、入社前からの付き合いになる。大越さんと私の「引き抜き事件」が原因で、同じ組織で仕事をする事になってから二年目に差し掛かる。大越さんは私の事を「稀覯な面白い奴」、私は大越さんを「いつか負かしたい人」という関係性が続いている。
組織の中で一番の理解者である。
「だから、広島の分析資料に目を通している最中です。そういう大越さんも、どうすれば来週の出勤時間を抑えられるか、って顔に書いて居ますよ。」
こちらも苦笑いで言葉を放てば、
「ご名答。」
などと、肯定するロクでもない言葉が返ってきた。
仕事には、それぞれのスタイルというものがある。いかに時間を有効活用できるように、柔軟にスケジュール管理を行う者。未開拓地を、己が先駆者となり開拓する者。プライベートと仕事の二足の草鞋を履きこなそうとする者。多種多様ではあるが、許し難いものも存在する。その中でも一番タチの悪いのが、残業を誰よりも行い、自身の生産性の低さを、あたかも賞賛されるべき姿勢と誤認しているスタイルだ。私はこれを嫌悪する。そう言った人間に対して、新しいスタイルで挑めば、生意気だ、これだからゆとりは、意識高い系、などと言った脳筋発言で新参者を抑え殺すのが、バブルを満喫していた日本の老害どもだ。もちろんこういった考えを持つ者も、昨今では減少傾向にあるがせめてもの救いだろうか。
「働き方改革」などという流れが吹き始めている。当然、仕事をする為に生きているのではなく、生きる為にやむ終えず仕事をしている点では、
この改革というものは、「生き方改革」などと烏滸がましいように言い換えれるのではないだろうか、と考えてしまう。
そんな思考を巡らせていると、
「それでは15分の休憩に入ります。次は人事課より考課目標設定についてです。」
「大越さん、一服。」
「行こう。」
一握りの執念と、
吹けば飛ばされるような野望を持ちアパレル店長として勤めて2年。
大越さんが居なくては今の私は居ないだろう。無論、口には出さない。
「店長になりたいならウチに来な。ルール的には最速で1年でなれるんだ。」
そう私に告げたのは3年前のことである。前職場で野望剥き出しで働く私を、彼は見つけた。見つけてくれた。
それは目標であった”アパレル社員”になれる絶妙なタイミングであった。アパレルでは1店舗の中に正社員が所属できる枠が極めて少ない。
その一人になれる時であった。彼は株式会社フクロウの給与、福利厚生、教育制度、店舗のチーム状況を淡々と述べ、ホワイトさを提示し、
手を差し伸べて来たのであった。それも何ともないプライベートで初めて一緒に呑みに行った時に。
断る理由がなかった。
「3月入社を希望します。2月は今の職場と掛け持ちでも良いですか?また面接の時にお話しましょうか?」
「面接?あっちの出勤の休憩時間に履歴書だけ持って来な。出勤は掛け持ちで2月から、面接はこの呑み会ってことで。ははは。」
とんでもない人だ。と同時にこの人に憧れを持ち、共に働きたいと思った。
「いいかい?まず目指すのはグレード1B。試験は6月末、あと3ヶ月でやろう。普通は半年かけてプランを進めるんだけど、
キワキワでやるのって指導側も楽しいし、羽入くんもその方が燃えるタイプじゃないの?」
楽しいかどうかは別として、断然好きだ。
「んー、了解しました。俄然、燃えます。」
グレード制度には説明が必要であろう。
フクロウでは正社員は全員グレードによって区分されており、分かりやすく言えば実力がその数値である。最高は取締役社長で15、新入社員は1A、次に1B、そこから2、3、4、と上がっていく。アルバイト→1A→1Bの流れの中で、一つ目の矢印は推薦一つで済むが、二つ目の矢印は試験が必要となってくる。一度1Bになってしまえば、成果次第で今後の昇級が可能だが、試験を受けず1Aのままでいると、一向に次に行くことが出来ない。
現在私、羽入はグレード4、大越さんはグレード6である。
掛け持ちの服屋の仕事を終えたのが18時、フクロウの出勤時間は18時30分。朝9時30分からハシゴし22時30分まで労働する2月が始まった。
予定では今月の休みは3日のみ。異常である。が、不思議と苦はなく、そこには期待と希望に満ち溢れていた。
「おはようございます。今日からお願いします。」
「おはよ、よろしくね。とりあえず荷物をBR(バックルーム)に置いて来な。」
机の上に用意されていた【羽入】と記された名札を左胸に付け、深呼吸をひとつ。始まった。
「店長になるとは言っても、通常の仕事がもちろんメインだから。初出勤だしレジ操作と会社の説明はしておくね。おたたみや接客は俺より出来るから教える必要なんてないでしょ?ははは。 もう1Aへの3月登用推薦は提出済みだからね。」
こう言ったプランニングの速さには舌を巻く。大越さんの専売特許である。
「あと、MsのVMD(ビジュアルマーチャンダイジング)を作ってもらおうかな、今日新作が入ったばかりだから好きなように作っていよ。レイアウトしたいんでしょ?」
「あの・・・ 初出勤でそれは良いんですか? 何でそこまで任せられるんですか?」
「だって面白そうじゃん。」
この時の心の中での凱旋を今でも忘れたことがない。自分も自分のような後輩が出来た時には同じようにしたいのだがら。
藍原店はスタッフが計6、7人のレギュラー店舗だ。店長に1B以上のサブ、1Aが2人にあとは主婦さんと学生アルバイト。いたって普通の店舗なのだが、地方独特の生産性の異常な高さが絶対的強みの店舗でもあった。
大越さんはここのオープニング店長であり、4年目に入る。
「とりあえず3時間下さい。VMDを作りながら店頭の商品、導線、接客に慣れます。」
私の口癖でもある。3分、30分、3時間、3日、3週間、3ヶ月。この区切りの1つを選択し、自身に制限をかける。今回は3時間。
1B試験までの3ヶ月も自分にしっくりハマった。
「coonの接客で分からない事があれば秋園さんに聞きな。彼女もオープニングからのサブリーダーで、先月セールススターに任命された販売モンスターだから。」
「羽入さん、一緒に働くことになると思ってなかったのでビックリです。大越さんも本当に引き抜いたんですね。サブの秋園です。よろしくお願いします。」
高めの声と安心感のある笑顔で迎えてくれたのは秋園さん。
実は面識は1年前にあった。
販売モンスターっぷりは認知済みである。
館のRPG(ロールプレイング)大会での上位常連であり、
私も掛け持ち店舗所属で参加していた時に、
上位に入り込んだ為決勝で会っていた。
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